−意識の埋没が起こった場合、意識の萌芽は必ず起こり得る。  ただしそれがいつ、どこで起こるかは、誰にも特定することは出来ない− “…うん? ここはどこだ…? なーんも見えねぇ、聞こえねぇ……” 彼は名前を、白菜といった。いやもちろん本名はこんなものではないのだが だが通称のこの呼び名があまりにも定着してしまったので、今や本名よりも こちらのほうが有名になってしまったと言うべきだろうか。 “…あー。そうだ。だんだん思い出してきた…。確か俺は魔王候補・ミスパの 一人としてアナゴの下について暴れ回ってたんだが、学校エリアで陰陽師 一校の四人に負けちまったんだっけな…” さて、その白菜であるが…、彼は魔王候補でニコニコ侵略者のミステリアス パートナーズの一人で、早い話が悪の幹部という役柄にあったわけであるが …しかし今回、完膚無きまでに敗北してしまった。完全敗北というやつである。 “で…、その結末がこれか。目も開かねぇ、手足もろくすっぽ動かねぇ……。  あれか。俺が今まで散々相手に遭わせてきた目に俺が今なってるって  ことで…。つまりは死の一歩手前か、それとも既に死んでんのか……。  …まぁ、んなこたどっちでもいいか。どっちにしたって結果は変わらんさ…” 完全敗北したということは、彼自身も認識しているように意識を失う以前でも 相当手ひどい傷を受けていたという意味になり、ならばその後の末路など 彼でなくても想像はつくもので…。白菜はそこでふっとため息を一つついた。 “…くそ、つまんねぇな…。魔王になってこのニコニコ世界を席巻してやるはずが  この体たらくかよ…。…それに、うどんげの奴のことも…… そう言う白菜の脳裏に浮かんだのは、自身が真の魔王として君臨している姿と… もう一つは、一人の少女の姿。妙な服とうさぎの耳を着けたその出で立ちに 最初は戸惑いを覚えていたのだが、しかしそれも最初のうちだけ。次第に 意気投合してお互いまんざらでもないと意識しあうようになり、双方の間の距離は みるみるうちに縮まっていたのだが…、しかし “…ま、この戦闘が俺の役割だったからな…。結果はこうなっちまったのは俺だって  不本意だが、仕方ねぇよな…。あいつはどう言うか…、まぁ考えねぇようにするか…” 二人の関係は…、白菜がうどんげを想う気持ちももちろん強いものではあるが、だが うどんげが彼を想う気持ちはそれより遙かに上を行くもので。…ならばそんな彼女が 白菜を失ったら? …考えたくなくなるのも無理なからぬことだと言えようが。 しかし今ではもうどうにもならないと、彼はにっと笑ってまたため息を…一つ。 “すまんねぇ…。だがまぁ、俺はもう駄目だからよ。新しい誰かでも見つけてくれや。   …その一言だけを頭に浮かべると、白菜は元々あまり入っていなかったが、しかし いよいよ全身から力を抜いた。短い人生もこれにて終焉か。そう考えながら 意識をふっと手放そうとした……その時だった。 「てゐ! あんた…、この部屋で何してるのよッ!!」 「わ、わわ! な、何!? た、ただ怪我人の様子を見てただけだよ!  そんなに怒らなくても……」 “…? 何だ? 今のは…怒声…? それも…うどんげの…!?  …おいおい。あいつが俺の死の世界への水先案内人だってか? はは…” 「他人に悪さばっかりしてるあんたがここにいるってことは、今度はこいつに何か  しようって企んでんでしょ!? …でも、それでもし白菜に何かあったら……!!  私は絶対、お前を許さないからね!! どれだけ泣いて謝ったって、絶対に!!  それこそ永遠とも思える時間を使って拷問にかけてやるッ!! これは脅し  なんかじゃない、間違いなく実行してやるからねッ!! 絶対、絶対ッ!!」 「わ、分かったって! 分かってるよ! そもそも私だって、こんな酷い怪我した人に  悪戯なんてしないよ! だからそんなに目くじら立てることないじゃんか!」 “…に、しても…、何だってこんなにクソやかましいんだ…? それともあれか?  ここが地獄で、このうどんげの声も実は偽物だからこんな……?” 「分かったら、さっさと出てけッ!! 白菜を…、白菜を…!!」 「ちょ、ちょ、ちょっと落ち着いてって! こんなんじゃ出て行くことも……!!」 “…だが、地獄にいるにしても何にしても…、クソ耳障りで仕方ねぇな……!” 「うるせーーッ!! ちったぁ静かにしやがれぇっ!!」 開口一番。横になっていた白菜は額に血管を浮かべながら大声で跳ね起き… その大声に、今さっきてゐを部屋から追い出したうどんげは勢いよく振り返った。 「!! は、白菜ッ!!」 「あん? …うどんげ、お前…、本物か? …あれ? それで俺の体にゃ包帯が  巻かれてて…、俺は生きてんのか…、ぐッ!?」 今までの考えからすれば、彼は自分が既にあの世に行ったものだと思っていたの だが…、しかし自分にはまだ足が付いていて手当をされた形跡まであるし なにより目の前には見間違えるはずもない、本物のうどんげがいるのだ。 まさか自分だけならまだしも彼女まであの世に来るとは考えにくく、それではと 白菜は考えを巡らそうとしていたが…、しかしそこで急に顔を歪めると冷や汗を 浮かべて、自分が元いた場所…ベッドの中に再び倒れ込んだ。 「!! あ、は、白菜!! とりあえず師匠にもらった薬、これ飲んで!」 まぁ、怪我人の身で大声を出すなど言語道断であるのはどこの世界でも変わり なく…。自身の発した大声で白菜は、傷の痛みにまた倒れ込み。最終的には うどんげの差し出してきた薬を飲んでどうにか落ち着いた。 「やれやれ、ったく…。…で、ここはどこなんだ? 学校の一室…じゃねぇよな」 「あ! こ、ここは永楽亭っていって、私がいつも住んでるところなの! それで  何でここにいるかっていうことは、その…、ええと、あの……」 とりあえず意識を取り戻して容態が安定したら、次に知りたくなるのは自分の 所在だろうが、しかし白菜の覚醒で胸がいっぱいになっているだろうから無理も ないのだろうが、彼が問うもうどんげの言葉はまるで言葉になっていない。 これでは埒が開かないと白菜は呆れ顔でため息をついたが、その時 「何をまごついてるの、鈴仙。そんなだから薬の調合も間違えちゃうんでしょ?」 今まで二人だけの世界だと思っていた病室に、突然何者かの声が。突然聞こえて きたそれに二人が振り返ると、病室の入口に赤と青で色分けされた服に身を包み 長い銀髪を三つ編みにして下げながら二人を見てくすくすと笑っている女性が一人 おり…、彼女の顔を見た瞬間、いや正確には声を聞いた瞬間からだったが、とにかく うどんげの顔色がさっと変わった。 「し、師匠!? いつの間にここに!?」 「何!? 師匠って…、お前が以前から話してた、永琳とかいう…!?」 うどんげはもちろんのこと、以前から聞かされていたのだろう白菜もぴくりと眉を 動かしたのを見ると、師匠・永琳は笑顔のまま歩き出して二人の前に立った。 「そうよ。その様子だと自己紹介の必要はなさそうだけど、一応しておこうかしらね。  私の名前は八意永琳。職業は薬師でこの鈴仙の師匠でもあるわ。…それで…  成る程。君が鈴仙の話してた白菜君ね。ふーん……」 そして、自己紹介。動けない体ではあったがしかしうどんげと共に白菜がベッドの 中から自分に視線を向けているのを確認すると、彼女は側に置いてあった椅子に 腰を下ろし、今度はそのままうどんげの方を向いて口を開いた。 「…さぁて、鈴仙? …私は今からちょっとこの白菜君と話をしたいと思うから…  悪いけれど、ちょっと竹林まで行って水でも汲んできてくれるかしら?」 「!! え、ええと…、…分かりました! でも、白菜のこと…頼みますよ…?  あ、あのもし彼に何かあったら、私、私……!」 ようやく白菜が目覚め、ほっと一安心したところでいきなり師より出された外出命令。 彼女としては逆えるものではないし、また今までは素直に従ってきたのだが、しかし 今は状況が状況なので、白菜を案ずるあまりなかなか動き出せずにまごついていた のだが、そんな彼女の心境を見透かしたような顔で永琳がにやりと笑みを浮かべた。 「はいはい。ちゃんと分かってるから安心しなさい。あんたの意中の白菜君を粗末に  扱うわけないでしょ? …まったく、他人を狂わせる能力を持つあんたをここまで  惑わせるなんてね。興味があるからこの子…私のツバメ君にしちゃおうかしら?」 「し、師匠ッ!? ちょ、ちょっと待ってください!! そんなの、そんなの…!!」 …その口から紡がれたのは、実際は弟子をからかっているだけなのだろうがどうも そうは聞こえないような世にも恐ろしき一言で…。しかし対するうどんげは本気で 本気で焦った様子を見せ、永琳は苦笑いを浮かべながら手を横に振った。 「はいはいはい。真に受けるんじゃないわよ。…まぁ、今のは私も悪かったけれど。  とにかく余計な心配はしなくていいから、さっさと仕事してらっしゃい」 「は、はい! それじゃあ後を…、本当にお願いしますね、師匠!!」 自分が師と仰ぐ者が同室しているのだから、その意味での安全は保証されたような ものなのだが…、しかし後ろ髪を引かれる思いはそう簡単に振り切れるものではなく。 うどんげは退出の際にも何度も念押しし、そしてようやく出て行った……。 「…やれやれ。ちょっとは外の空気でも吸ってらっしゃいっての。…で、白菜君…  だったわね。改めて始めまして。鈴仙の師匠をやってる八意永琳よ。これからは  永琳と呼んでくれればいいからね?」 理由が理由故に仕方がないと言えるのだが、見ようによらずとも異様な熱の入れ方を している弟子を呆れたような目で見送り、永琳はそのまま今度は白菜に目を向けたの だが、…どうも彼の様子がおかしい。いや、体に異変が生じているという意味ではなく ただじっと、永琳の顔を見つめていたのだ。 「? どうしたの? 私の顔に何か着いてるかしら…?」 話の相手が自分の顔をじっと見つめているとあれば、そこに疑問が生じてくるのは 至極当然と言うべきか。永琳が身を乗り出して問いかけると、白菜は眉を少し 動かすと、彼女の顔を見たままぽつりと一言呟いた。 「いや…。うどんげから聞いた限りじゃあんたの年齢はとんでもない値だったから  どんなババアが待ち受けているのかと思ったけど、その実全然違ってたからよ…」 八意永琳、年齢不詳。推定では億単位との声も。しかし外見は20代後半程度。 …自然法則には真っ向から喧嘩を売っている彼女らに、これは白菜に限らず 幻想郷外の者なら誰しも抱く感想であろうが…… 「いやしかし、どんな若作りの方法があるんだ? あれか? 左官用のコテで  顔面に化粧を塗ったくってるとか、まさかそんな……、ッ!?」 …しかし、感想を胸だけに抱くのと口にするのとではその意味合いが全く違って くるものであり、実際に白菜の言葉は途中で止まった。…永琳が笑顔のまま手に した鋏を、白菜が寝ている枕に突き立てたからだ。 「…あら、ごめんなさいね白菜君。思わず手が滑っちゃったわ……」 「………………!!」 “手が滑った” というにしては永琳が手にしている鋏はあまりにも見事に白菜の 頬をかすめて一筋の傷を作る程度の距離で枕に突き立っており、同時に彼女の 目は…彼女は鈴仙とは違って本来その瞳に何かしら特別な力は有していない はずなのだが、しかしその眼光の威力たるや魔王アナゴでも直視を避ける眼光を 持つ白菜を完全に居すくませてしまっていた。…彼が呆然と硬直、小さく震え始めた のを見て永琳は再度鋏を握る手に力を込めて白菜に顔を近づけた。 「…それで、白菜君? 今何か質問してたわよね? 何だったかしら……?」 「い、いやその、何でも…ねぇ…、い、いや! 何でもない…です!」 …もはや完全に、役者が違う。今まで散々蛇として相手を睨んできた自分が、まさか 蛙として睨まれることになるとは思いもしなかっただろう。上には上がいるということで 傍若無人が服を着て歩いているような白菜もすっかり形無しになって言葉遣いまで 変え始め。永琳はしばらくそんな白菜の目を見つめるとようやく体の力を緩め、その 場にすっと立ち上がった。 「…よろしい。君はまだ若いからはねっ返るのも結構だけれど、やっぱり人間素直が  一番よ? 特に目上の人間と接するときはね。フフ…」 「…は、はい! 仰るとおりだと、その、思います…!」 主従関係?これにして成立せり。永琳は先程とは打って変わった優しい笑みを見せ ながら口を開き、ある意味では年相応の態度になった白菜はその話を聞いていたが… 「うふふふ…。それにしても、これならあの子が夢中になるのも無理ないわね。  愛する者のためなら命がけ、か。危険を承知でも庇おうとする気持ちも分かるわ…」 「!? え…? そ、それって…、どういうこと…、ですか? まさか俺が気を失って  いる間に、何か……!?」 しかし突然永琳が発した一言に、かっと目を見開いて聞き返した。 「あら。…まぁ、白菜君は今の今まで眠ってたから知らないのも無理はないわよね。  いいわ。話してあげる。あなたがあの四人に敗れてからの話になるわね……」 …………………………………………………… 「さて、これにて戦闘終了…かの」 「ホントに…、元魔王候補って肩書きは伊達じゃあなかったな…!」 時間は今より少しばかりさかのぼり…、場所は学校エリアにて、ストーム1ら四人が 今まさに激闘を終えたと言わんばかりの様子でぼろぼろに傷ついた白菜を それぞれ見下ろし、またぐっとその手に力を込めていた……。 「…正直やりたくはありませんが、このニコニコ世界の平和のため。最後の  一押しもやらねばならないのですよね…」 「…そうだよ、ボブさん。こいつにとどめをささないと、平和が……」 四人は戦闘には勝った。しかし、目の前で倒れている白菜はまだ事切れていると いうわけではない。…誰しも、今まで数多くの戦いを経験してきたストーム1でも 敵にとどめを刺すのは嫌なものであり、出来ることならやりたくはないと思っている のだが…、だが並の雑魚であればこのまま見過ごすことも出来ようが、今の相手は 敵の中核・ミステリアスパートナーズの一人なのだ。このまま放っておいて復活された 日にはどんな惨劇が訪れるか想像もつかないので、きっちりと締めねばならず… しかし四人が武器を構え、それぞれ振り上げたまさにその瞬間だった。 「お願い!! やめて、やめてぇぇ!! おねがーーい!!」 …それは四人が四人とも、いやおそらく白菜に意識があっても彼ですら想像でき なかったことだろう。何もない宙に突然一筋線が入ったかと思うと、大きく開かれ… その中から学校エリアの雑魚が着ているような制服を着たうさぎ耳の少女、通称 うどんげが飛び出してきたのだ。 「な、何じゃ? この子は一体、どこから…?」 「この空間魔法…、紫師匠の? な、何だってこいつが、これを…?」 投了の一歩手前で起こった、まさかの事態。…幸か不幸か、ここのメンバーは 皆うどんげを撃破した後に参入してきたので誰も彼女のことを知らなかったの だが、とにかく彼女は白菜をかばうように膝立ちになって両手を広げ、大きな 目から涙をぽろぽろとこぼしながら大声で話し出した。 「お願い、もうやめて! これ以上やったら白菜が死んじゃうよ!! ここまで  やったらもう充分でしょ!? 白菜にもう、酷いことしないで! お願い!!」 「む、むむ……! これはまったく、驚いたことになったのう……」 その様子は、文字通りに必死そのもので…。そんな彼女に流石のストーム1も 思わず唸り声を上げ、周りの…後ろに立っていたボブ達三人の方を向いた。 「まさかこんなことになるとは思わなんだが、ここは…どうするべきかの…?」 「うーん。私はあのお姉ちゃんの言うとおりにしたいだけど、でも白菜はミスパ  だよ…? ここで逃がしたら、今度は魔王として現れることもあるかもだよ…?」 「そこが難しいですね。また彼が侵略者として現れたらたまりませんし、その時は  私達だけではなくピコ麻呂さん達にも迷惑をかけることに……」 「そうだな。…爺ちゃん。その辺踏まえてまた質問してみてくれないかな? その  返答によっちゃ逃がしてやりもするし、あるいは……っていうことで…」 …皆が話し合って、出た結論はやはりと言うべきかとりあえず話を聞いてみようと いうもので。一応の結論が出たストーム1は再度うどんげと向き合った。 「…お嬢ちゃん。まずは訊いておきたいんじゃが、お嬢ちゃんとその白菜は…  どういった関係になるのかの?」 「それは、その、…私たち、付き合ってるの。今までは住む世界は全く違って  いたんだけれど、混沌の力で世界が繋がって、知り合うことが出来て……」 ストーム1の質問にうどんげは顔を赤らめて目をそらしながら答えたが、とはいえ あくまで確認程度だったのだろう。そもそもさっきの様子を見れば一目瞭然で 既に全員分かったというような顔をしていた。 「それで次じゃが…、儂らが何故その白菜と戦っておったのかは知っているね?  まぁ、それでじゃ…、儂らとしてはこのまま彼を解放してやってもよいのじゃがな。  ただその場合、報復目的ないしは侵略者としてまた儂らの前に現れたらまずいの  じゃよ。その時はわしらだけじゃなく、他の皆にも迷惑をかけてしまうことになる  からの。…お嬢ちゃん、それに関しては何か考えというか、あるかの……?」 …流石に根幹に関わるだけあって、言い終えたストーム1の表情は厳しかった。 答え如何によってはとその指も引き金にかかっているし、他のメンバーもそれぞれ 身構えたが当のうどんげは何を気にしたり動じたりする様子もなく、静かに口を開いた。 「それは、大丈夫! 私が説得するから! 勿論私だけじゃなくて私の師匠も協力  してくれるから、皆が不安に思っているようなことにはならないよ! 絶対、絶対!  もしこいつがそんな馬鹿なこと考えたら、狂気の瞳でも罠でも薬でも何を使ってでも  阻止するから! 私だってこいつに死んでほしくないもの! これからもいっぱい  いっぱいこいつと一緒に遊んだり色んなところに行きたいし、傍にいてほしいから…。  だから信じて……! 信じて、お願い…!!」 厳しい視線を向けてくるストーム1に、うどんげはその大きな目に涙をためて、しかし 凛とした様子で返事をした。…そのまま双方はしばし何も話さず、沈黙したが… ストーム1はふっと表情を緩めると、くるりと3人の方へと振り返った。 「…分かったよ。…なのはちゃん、谷口君、ボブ。彼らを行かせていいかの?」 ストーム1は三人に声をかけたが、それはほとんど問いかけというよりは確認程度の 代物だったようで。皆武器を下げたり構えを解いたりと、彼の意に沿った様子を見せ それを見たストーム1は再度振り返ると、うどんげに優しく微笑んでみせた。 「フム。お嬢ちゃん、話は終わったよ。待たせて済まなかったの。早く白菜を  連れて帰って手当をしておやり。まだ充分間に合うはずじゃからな……」 「あ……、ありがとう!! ありがとう、おじいちゃん!! みんな!!」 それを聞いたうどんげは四人に向かって頭を下げた後、早速白菜のところに 走りより、細身のその体で懸命に彼の腕を肩に担いで立ち上がった。 「それじゃあお嬢ちゃん。今度は二人でゆっくりと、平和に時間を過ごすんじゃよ。  …気をつけて、お帰り」 「うん! …それじゃあ皆、本当にありがとうね!! さよなら!!」 かくしてうどんげは白菜を担いで、何度も何度も頭を下げながら空間の割れ目に 姿を消していった……。 ……………………………………………………… 「…まさか、俺が気ぃ失ってる間にあいつがそんなことを…。それで…、うどんげが  瀕死の俺をここまで連れてきたってことで…?」 よもや自分が敗れてからここに至るまでに、そんなことがあったとは知るよしもなく。 白菜が問いかけると、永琳は目を瞑りながら頷いた。 「そうよ。…それで、白菜君もさっきのを聞いてたでしょうから分かると思うけれど  君をここに連れ帰ってからアレに限らず、本当に大変だったのよ? 治療初めから  それこそ口を開けば治るのか大丈夫なのかとかそればっかり連発してね。あんまり  うるさいから治療室から出したら、今度は治療室の前で一心不乱に目を閉じて手を  組んでは祈り続けて…、最後にはここで、君の横にずーーっと張り付きっぱなしよ。  ずっとね。…まったく、私の教えにもそれくらい熱心になれば優秀になれるのに…。  とにかくあの子がここまで心配するなんて、過去一度もなかったのよ…?」 最初は静かに、しかし最後の方は目を瞑って笑いながらうどんげの様子について語り 出し、最後に白菜と目を合わせると表情を真剣なものに変え、身を乗り出して呟いた。 「…それで白菜君、一応訊いておくけれど…。あなたまさか、この傷が治ったらまた  戦いに…あの魔王アナゴとかいう男の下に返り咲こうなんて考えていないでしょうね?  私も一応個人の意志は尊重する方針で今までずっとやってきたけれど、でもね……」 …その問いは、まさに今後の根幹に深く関わる代物。やはりその類の能力は持って いないはずなのに、うどんげの狂気の瞳とは次元の違う力の宿る目つきで問う永琳に 白菜は一瞬息を呑んだが、しかし彼も目を据えて返答と口を開いた。 「あ、ああ。それならない…です…。勝ったんならまだしも負けた俺がアナゴの所に  行けるはずもないし、それに戦いに行くなんて言った日には、うどんげに何を  されるか分かったもんじゃないですからね……」 その返答は、“正解”。脳裏に、うどんげの絶叫している形相が再度浮かび上がって きたのか、思い出しただけで体を震わせた白菜を見て永琳はくすくすと笑った。 「あら、あら。魔王候補の男を震え上がらせるなんて、あの子もなかなかやるじゃ  ないの。馬鹿弟子馬鹿弟子って思ってたけど、なかなかどうして…」 「あ、いや、その…。あいつは…、永琳さんは馬鹿馬鹿言いますけど、あいつは  結構しっかりしてますよ…? 俺は自分の気持ちを伝えるのが下手だからそういう  のは言い出せないんですが、あいつに助けられてる部分も結構あるわけで……」 永琳にとってはうどんげを馬鹿弟子と呼ぶのはまぁ日常の風景であるとも言える ものだろうが、しかし白菜にとってはそうではなく…。素直でないと自称したのを そのまま体現したように身をこわばらせて顔を赤らめ、目を永琳からそらして せいいっぱいに言葉を発したのだが…、そんな彼を見ると永琳は実に嬉しそうに にんまりと笑みを浮かべ、白菜に近づくと彼の顎にすっと指をかけた。 「!? え、永琳…さん? 一体何を…!?」 何となく怪しい空気を感じた白菜は回避行動を取ろうとしたが、しかし今の体で 出来るはずもなく。ますます顔を近づけてくる永琳にごくりと息を呑んだ。 「うっふっふ…? ほーんとに君って、何て可愛い男の子なのかしらねぇ…?  お姉さん、いけないお薬とか使いたくなってきちゃったかも…?」 「え!? ちょ、ちょっと! そ、それはマズイと……」 他の誰かがこれを言ったのなら、タチの悪い冗談だと思えなくもないが…、しかし 薬に関しては天才的な才を持つ永琳がこれを言うと、その言葉には恐ろしい 重さが加わることになる。冗談だろう、いやしかしこの人は本気でやりかねない さしもの白菜のCPUも焦りや混乱でフリーズしてしまうかと思われた、その時 「? 何、この音…? 地鳴り…? 何でこんなところで…?」 …白菜に迫っていた永琳は、ぴくりと眉を動かしてその場に立ち上がった。 その様子に白菜も耳を澄ましてみると、確かに音が…地鳴りのような轟音が 聞こえてきた。それは竹林の方からどんどん永楽亭に向かって大きくなって きて、ついには永楽亭内に入ったかと思うと次の瞬間、彼ら二人のいる病室の 扉が勢いよく開けられた。その開けられた先では半泣きになりながら大きく息を しているうどんげが姿を現し、永琳をきっと睨み付けて大声で叫んだ。 「し…、師匠ッ! そんなのは…、そんなのはやめてくださいって言ったじゃ  ないですかッ! い、いくら師匠だからって白菜にそんなことしたら、私、私…!」 その言動からするに、今永琳が白菜にしようとしていたことを聞きつけて 大急ぎで戻ってきたのだろうが…、しかし嗚咽を漏らしながら尚も自分を睨み 続けるうどんげを、永琳は…いや白菜もきょとんとした目で見つめていた。 「…永琳さん。ここから竹林の距離ってどれくらいあるんですか……?」 「…さぁ。正確な距離は分からないけど、でも歩いて15分以上はかかるわよ。  水も汲んできたみたいだから、この子は確かに竹林まで行って…、そこで  私達の今の声を聞き取って大急ぎで帰ってきたっていうことになるかしらね。  …いくら兎の聴力と脚力を持っていたとしても、無茶苦茶でしょう…。それとも  まさか、エ●ルよろしく心綱(マントラ)に目覚めたのかしら…?」 …うどんげの発揮したある意味 “超能力” に、二人は目をぱちくりとさせながら 少しばかり話をし…、そして直後小さな笑いが起こり始めて、それは次第に 大きくなり。ついには大爆笑にまで盛り上がった。 「あーっはっはっはっ!! ほんとに…! 恋する乙女に壁なんかないとか  言うけれど、それって本当の意味でもあったのね! あははははは!!」 「はっはっはっは…! 確かこっちの世界にゃチルノとかいう馬鹿がいるとか  聞いてたが…、こいつはそれ以上だ! はっはっはっは……!!」 笑う、笑う。永琳もともかくとして怪我人の白菜も腹を抱えて涙を流して大笑いし その中でただ一人、うどんげは最初何故彼らがこんな大笑いをしているか 分からずに戸惑ったような様子を見せていたが、じきにそれが自分を笑って いるのだと理解し…、顔を真っ赤にしてまた大声を上げた。 「な…、何で私があいつみたいな馬鹿になるのよッ!! 私は、私は…!!」 自分が笑いのタネにされていい気分になる者などそうはおらず、うどんげも 最初は顔を赤くして怒っていたが、じきに体を震わせ、嗚咽を漏らし始め… そこまでくると他二人も笑うのをやめて、まず永琳が椅子から立ち上がって うどんげを座るように促し、座ったうどんげに白菜が笑顔を投げかけた。 「けっ、こんなことでぴーぴー泣いちまってよ…。本当にお前、あの四人相手に  一歩も引かずに渡り合えたのか? 何か今の姿見てるとよ…」 目の前のうどんげに対し、けらけらとからかうように笑ってみせた白菜に彼女は 元から赤かった目を更に真っ赤にして、目つきを鋭くしてきっと白菜を睨んだ。 「は、白菜の…馬鹿ァッ! 誰のおかげで今生きていられると思ってるのよッ!  私があの時出て行かなかったら、あんた…、今頃……!!」 今頃…、とっくに四人の手によって別の世界へと送られていただろうが…、まさか そんなことを白菜が理解できていないはずもなく。…普段なら顔を赤らめ目を 彼女から背けていただろうが、しかし今回はしっかりとうどんげの顔を見ながら 今まで他人にはしたことがなかったような優しい笑顔をして…言った。 「…やれやれ。だからお前は馬鹿だって言ってんじゃねぇか。まだ20年も人生  生きてねぇところで死にかけたのを助けられて、どこの誰が感謝しねぇんだ?  …感謝してるに、決まってんだろうが。お前は俺の命の恩人なんだからよ。  ありがとうよ。うどんげ。ありがとうよ……」 「………!! 白…菜! 白菜〜ッ!!」 …感激にしても絶望にしても、その落差が大きければ大きいほど本人に与える 影響は大きくなる。…今までたまっていたものが、ここで一気に決壊したようで あふれ出る嬉しさに大泣きするうどんげの頭を撫でてやりながら、白菜は永琳と また顔を合わせ、ふっと笑いながら一言ずつ呟いた。 「永琳さん…。こいつって昔からこんな風だったんですかね?」 「…そうねぇ。昔から叱られたり怪我したりではしょっちゅう泣きべそかいてたけど  でも。こんな盛大な嬉し泣きは私でも未だかつて見たことがなかったわね…」 終わり  これがおそらく初めての白菜×鈴仙のブツ。 アリスがデレで水銀燈が跳ねっ返りなら、鈴仙は一直線という風に書いているつもり…。 …まぁ、最終的にはあまり変わりはなくなるけれど……。