正直、バレンタインはおろかホワイトにもかすっていないので 時期はずれもいいところだけれど、ネタが浮かんでしまったから仕方がない。 中身はもはやいつもどおりのベタベタ甘甘。苦いお茶でも用意してね。 「いまさらバレンタインネタかよ!」という方は回れ右でお願いします!    EDF駐屯地 厨房  いわずと知れた、軍の原動力ともなる食事を作るこの場所は、メンバーの 中で料理の心得がある者が自由時間に料理や菓子を作りに来ることもある。 メンバーの中で桂言葉が厨房に来たときには、最悪の場合にはハザード マークをつけた防護服を着た部隊が出動することになることも、あるとか ないとか……。真相は定かではない。  それはさておいて、今日厨房に詰めているのは彼女ではなかった。弾幕は ブレインを信条とする人形遣い、アリスであった。 「うーん。我ながら、本当にいい出来に仕上がったわ…。  これならあいつだって、きっと気に入ってくれるわね……」  大鍋に湯せんで溶かしたチョコの海に、色々な材料を入れ匂いを確かめて お玉ですくって味見をして、アリスは実に満足げに何度も首を縦に振って 見せた。裁縫のみならず、料理の腕前にも定評のあるアリスがここまでして いるということは、相当な味のあるものに仕上がったのだろう。 「これで後は、型に入れて冷やして固めて出来上がり…と。  ああ、待ち遠しいわね。早くこれを渡したときのリョウの顔が  見たいわぁ……!」  そしてこのチョコをもらえる幸運な男が誰かといえば、これもいわずと 知れた?、空手家リョウ・サカザキ。古城エリアで共闘して以来の付き合い であり、現状は彼女がリョウにベタ惚れしているといったところである。 …それはもう、リョウの方もともかくとして、特にアリスが… 「アリスってツンデレキャラじゃなかったっけ?」  「ツンはどこ行った?」 と人に言わしめるほどにデレているのである。 「…あいつにチョコを渡して、頭なでなでしてもらって、それから…  きゃー! …だ、だめ! 今からこんなじゃ、あいつを目の前に  したら…!」  そして顔を真っ赤にしてとろけそうな笑みを浮かべて、はっと 我に返って頭を抱えて身悶えて……  どう見ても恋する乙女のテンプレです。本当にありがとうご(ry   「バカジャネーノ」 「ダメジャネーノ」  傍で使い魔の人形たちがぼそっと呟いた声も耳に入らず、アリスは 冷蔵庫から固まったチョコを取り出すと、可愛らしい絵柄の包装紙と リボンを取り出した……。 ……………………………………………………………… “さぁ、チョコはできた…。我ながら惚れ惚れするような出来だけど  問題はこれを、どうやって渡すか…ッ!”  場所はところ変わって、カフェテリア。大体いつも夕方くらいの 時間になると、鍛錬を終えたリョウがここで休憩しているのだ。 …それも、大体一人で。ブレイン少女は観察も怠らないのだ。 そして今日も、狙い通りに彼は一人でカフェテリアのいすに座って 休んでいた。他のメンバーはもとより、KY常習犯の谷口も八雲家に 呼び出すようアリスが紫に声をかけておいたから、問題なし。 状況としてはまさに絶好と言わざるを得ないのだ……が 「あううぅぅ…! ど、どうしよう…! これまでいっぱい頭で  シミュレーションしてきたのに、いざ本当に渡すとなると…!  あ、頭、頭が熱くなって、何も考えられないよ……!」  アリスもリョウとの付き合いは長いので、いつもならこうはならない。 いつもだったら、彼がカフェテリアに一人でいるのを見つけたなら 喜んでリョウのところに駆け寄って隣に座って、飲み物でも飲みながら 実に楽しく話が出来る…のだが、今日は出来ない。 たかだか手にチョコを持っているというだけで、それを渡すというだけで 彼のことを意識し始めた当初のように、まるで足を前に出せない。誰かに 贈り物を贈ったのだって初めてじゃないから、要領はわかっているはず なのに…、チョコを作っている時は自信満々だったのに、体が動かない。 「う…、うろたえない! 幻想郷人はうろたえない…ッ!  うろたえな…い…! う、うう、うろろ…!!」  そして結局は、この体たらくである。ブレインでも普段が冷静沈着でも 年頃の娘には違いない。この辺の反応は彼女もまた例外になり得なかった ようで、ボフッ! ボフッ! ボフボフボフ…… 水蒸気爆発である。 【アプリケーション名:リョウ・サカザキにチョコを渡す  CPU使用率:120パーセント。  メモリ使用率:1,000,000k(タスクマネージャ)】 これ単体でもはや熱暴走でも始めるかというような、アリスが フリーズ寸前に動けなくなっていたその時。 「ダメジャネーノ」 「ヘタレジャネーノ」 「え? …きゃ、わぁッ!?」  何といつぞやと同じように、上海と蓬莱が主人の背後から体当たりをし… 完全に虚をつかれたアリスは、そのまま前のめりに床に倒れこんでしまった。 そうなれば…… 「? アリス…? お前、そんなところで何やってるんだ?」 「あ、あうぅ…。…な、何でも…ないわ…。大丈夫」  当然、気づかれる。いぶかしげな表情をしながらも、しかし自分の ところに近寄って伸ばしてくれた手をとって、アリスは起き上がり… そのまま手を引かれるままに歩いて、彼の隣に座った。 「…で、いつもだったら走ってくるお前が、あんなところで何やって  たんだ? かくれんぼってわけでもないだろ…?」 「う、うん。それは…、そうなんだけど……」  リョウの隣に座ってから、しばらく。アリスはようやく多少は 落ち着いてきたようだったが…、でも、まだ駄目だった。 「熱でもあるのか…というわけでもなさそうだな。大丈夫か?」 …いつもだったら、何てこともないのに。それが今日に限っては彼の隣に 座っただけで妙に胸が騒ぐ。加えて優しい言葉をかけてくれ、肩を優しく ぽんぽんと叩いてきて……。 …普段は、されれば心安らぐだけのそれら動作も今の彼女にとっては…。 アルコールを飲んだように茹だってしまっているアリスにとっては、この 時点でKOされかねない威力を有していた。 ああ、哀れなるかな。せっかくあれだけの時間をかけて作ったというのに 本懐を遂げないうちにオーバーヒートして陥落してしまうのか。 そう思われた、しかしその時。 「あ、ああ、あのね、リョウ…。今日は私、あなたに渡すものが  あるから…、う、受け取って…くれる?」 「渡すもの? それが何かは分からんが…、いいぜ。見せてくれ」  それがどういうものであれ、こういう言いにくいことは最初の大きな 一歩さえ踏み出してしまえば、後は勢いでどうとでもなる。 息を大きく吸い、いよいよ。リョウにきれいに包まれたチョコを 差し出した。 「おや、こいつは…、開けてもいいか?」 「う、うん。開けて……」  リョウが体に似合わず丁寧にリボンを解き、包装紙をたたんで 出てきたのは…、やはりチョコレート。ド直球にハート型であり しかも結構な大きさの代物だった。 「チョコ…レート。! …ああ、そうだな。確か今日は………」 「そ、そうだよ。今日はバレンタイン・デーだからさ…。チョコ…  作ったの。…ど、どうかな…?」  不安そうに手を組んで、上目遣いでちらちらとリョウの顔を見て…。 並の男ならこの状況、チョコごとあなたをいただきますと言いかねない この状況だったが、流石にそんな展開になるはずもなく…。 しかしそれはさておいても、開封されたアリスのチョコレートは 漂ってくる匂いだけでも食欲をそそられる一品に仕上がっており ならば味はといえば、そこらの高級洋菓子店にもひけをとらないほどの ものであることはまず間違いないのだが… 「…………………………………」 しかし当のリョウは…、何故かどこかに影のある…苦笑いしていると 言った方がいいような笑みを、分からないくらいにかすかに浮かべたのだ。 いったい何故かと思われたが、それは…… 【リョウの苦手なもの:妹の作る極限!甘口カレー】    子ども時代のリョウは、甘いものも好んで食べていた。しかしユリが 料理を作るころになってから、何度頼んでも妹は超がつくほどの、もはや ハヤシライスと呼んだほうがいいような甘口のカレーを作るため、それを 食べ(させられ)ていたリョウは、いつしかそれが軽くトラウマになって しまっていたようで…。食べられないわけではないのだが、甘いものを あまり好まなくなっていたのである。  では今回のチョコはといえば、前述したとおりかなり大きめの一品で 何回かに分けて食べるにしても、結構な量になる。アリスが心を込めて 作ったもの故に、彼のことだから決して口には出さないだろうが… …あわや大誤爆。ブレインにあるまじき痛恨のミスを犯してしまった… ここに来て大失敗か。誰もがそう思ったその時、しかしその陰で アリスは何と口の端を上げてにやりと笑ったのだ。これは如何に? “ふぅ…。まさか渡すときにあそこまで緊張するとは思わなかったけど  でも、何とかここまでこぎつけた。うまくいったわ…。  ふふふ。リョウがすごいお人よしだってことや、甘いものをそこまで  好まないのは、今まであいつを見てきた経験や聞いた話から百も承知。  …そんなリョウに、甘党でも一人で食べるには大きすぎるチョコを  渡したら、どうなるかしら…?   人のいいあいつが影でこっそり誰かに渡したり、まして捨てるはず  なんかない。必然的に 『アリスと一緒に食うか』って気持ちになる!  だから私がさも申し訳なさそうに、一緒に食べようといえば…!    ふふ、ふふふ…! 途中でどんなアクシデントがあっても、最後に  成功すればそれでいいのよ! 過程や方法なんて、どうでも(ry”    …どうやら、一見失敗に見えたあの大きなチョコも、実は計算ずくで 作られていたようで…。暴走しているようで、しかし抜け目はない。 そんなまどろっこしいことをするくらいなら、最初から分けて素直に そう言えばいいのにと言いたげな目を人形たちはしたが、これも主の 性格だとため息をつき…。  さぁ、これで後は伝えるだけだ! アリスがはやる胸を抑えて口を 開いた、しかしその瞬間、リョウが手を前に出してアリスの言葉を 制してきたのだ。いったい何かと思えば… 「…あわよくば。『これだけ大きなチョコは、甘党じゃないあいつ  一人じゃ食べられない。だから二つに分けて、私と一緒に食べよう』  …お前が考えてたのは、大体こんなところだろ?」 「ッ!! え、ええ、な、なな、何で…!?」  まさかの、予期せぬ出来事。まさかリョウに自分の策?がばれていた なんて。完全に予想外の状況にアリスが今度こそフリーズしていると リョウは…何と次の瞬間、アリスのチョコを握る手に力を入れ真っ二つに 割って見せたのだ。…せっかく作ってくれたチョコに何をするだァーッ 許さん! と思われたが… 「やっぱり、か。俺の頭もまんざら馬鹿じゃあないな!」 「…………!!」  確かにチョコは、真っ二つに割れていたのだが…、よく見るとその 割れ目が、やけに滑らかなものになっていたのだ。まるで刃物か何かで あらかじめ割れ目を刻み付けていたように…。 加えて割れたその形が、これもまるで○ルナレフのイヤリングのように きれいに噛み合うように割れていた。リョウが極限流の技術を使って こんな形に器用に割ったのか? …否。彼は半分苦笑いし、半分は にやついた顔で、あたふたとしているアリスの顔を見ながら話し出した。 「いくら俺が単純馬鹿だからってよ、お前との付き合いは長いんだ。  だからお前が、俺が甘いものはそこまで好きじゃねぇってことを  理解してくれてることは、よーく知ってるんだぜ? 今まで色々  作ってくれた料理も、みんなそいつを反映してくれてたからな…。  そんなお前が、こんなでかいチョコを俺に渡してくるってことは  嫌がらせでもなきゃ、何か狙いがあるって思うのは当たり前だろ?  …それでチョコを触ってみたら、中央に妙な感触があるじゃねぇか。  こりゃいよいよ間違いないと思って力を入れてみたら、妙にあっさり  しかもきれいに割れた…。やっぱり予想通りだったってわけさ。    …さて、俺の推理は如何でしたか? アリス教授?」 「あ、あう、あうぅぅぅ……」  如何も何も、完全に大当たりです。本当にご苦労様で(ry 顔はおろか耳や首まで真っ赤にしたアリスの様子が、それが正解だと いう何よりの証拠で……。頭から湯気を噴出しているアリスはしばらく 黙ってうつむき、もじもじと指を動かした後…小さく口を開いた。 「…そう…なの。…あなたと一緒に食べたい、とは思ってたんだけど  ただ普通にそう言うんじゃ面白くないかな、って思って……  それで、その……」  策が見抜かれた策士は、戦場においてはもっとも脆い存在となり。 アリスもまた、今隠しても全く意味がないと観念した様子で… 別段何か悪事をしでかしたわけではないのだが、しおらしく事の顛末を 話し始めると、腕を組んでそれを聞いていたリョウはおもむろに 立ち上がり、カフェテリアの奥のほうに足を進めた。一体何かと思えば… 「さてと、それじゃあ俺も…こいつを出すかな」  奥の方へと歩いていったリョウは、帰ってくるときに何かを手に 提げていた。見るとそれはポットのような容器と、乾燥した葉のような ものが入っている…袋。まさかとアリスが感づいたような顔をすると 彼もにやりと笑って見せた。 「なに、あまーいチョコレートを美味しく食べるに当たっては、お茶が  必要だろ? …色々試してみて、こいつが一番チョコの味と合うと  思ってな。お前も気に入ってくれるとは思うものを用意しといた…」 「あ…!」  今まで、こんなイベントとは無縁だと言っていた。また実際に 付き合いを始めてからも朴念仁そのものだと思っていたのが、まさか こんなものを用意していたなんて! 感激と驚きで胸をいっぱいにした アリスの頭を優しくなで、リョウは二つ分のカップに茶を注ぐと チョコを手に取り…、早速、一口。 「……お。やっぱりいいぞこれ。お前のチョコ単体でもめちゃくちゃ  美味いが、この茶と一緒に食うと実に合うぜ…!」 「! 本当…! この組み合わせ、すごく美味しい!」  リョウがチョコをほおばり、茶を飲んで歓声をあげてみせると アリスもまたそれに続いて食べ始め、同じようにはしゃいだ声をあげ… カフェテリアにはしばし、二人の楽しそうな談笑が聞こえていた……が。 「はっは…。実は俺、甘いものは少し苦手だったんだが、これなら  全く抵抗感じないぜ。俺が言うのも何だが、い〜い組み合わせだな!」 「う、うん…。チョコも我ながら美味しいし、このお茶もすごく  美味しいし、ほ、本当に、あなたの言うとおりで、いいよね…。  …だ、だだ、だから、リョウ…? こ、こここういうのは、どうかな…?」 「? 何だ? いきなり何を…、!?」  そして、二人がチョコや茶を食べ初めてからしばらく後。…アリスが 突然顔を伏せた後、口ごもりながら何やら意味ありげな事を言い出した。 一体何かと彼が思っていると、次の瞬間…。アリスは小石大にチョコを 割ると、そのかけらを口に挟んで顔をリョウの顔に迫るようにずいと 近づけてきたのだ。これはまさか!! 「ね、リョウ…? …あーん、して? ね? あーん……」 「お、おいアリス! 一体どうしたのだと言わざるを…!」  やはり、そのまさかだったようで…。驚くリョウを前に、当のアリスは 目を閉じて今か今かと言わんばかりの様子で彼を待っており…。 …この状態で彼女の言うようにしたら、それだけで済まないのは誰が 見ても明白。色々な意味で世にも甘い甘い●●をすることになるだろう。 …こと女性に関しては朴念仁、ほぼ若葉マークのリョウがいきなりこんな ガチのヴァカップルがするような行為を迫られては、たじろいで 何もできなくなってしまうだろうことは、容易に予想がつくことで…… “ま、まずいぞ…! これ以上やったら、間違いなく年齢制限板に  飛ばされるのは確実だが…、し、しかし! アリスがここまで  やってくれたのを無碍に断るのは、男として…!!”  目の前には誰もがうらやむ美少女が待っている。しかしそれに手?を 伸ばせば、神の見えざる手が自分に差し迫り……。 さて、アリスを喜ばせるか、それとも倫理を取るか……。 天国のような地獄のような究極の状況。リョウがどちらを取ったの かは、ご想像にお任せします……。 オワタ  バレンタインネタが浮かんだから時季外れを覚悟でやった。 今も反省していない。