……人生、万事において油断をするのはよろしいことではありません…… 「ほうほう。私考古学は全くの素人だけど、ここはすごいって分かるなぁ…」 ある日のピラミッドエリア。泉こなたはその中を一人で探索していた…… いや正確に言えば一人というわけではなく、勿論同伴者がいたのだが。 「おーい! 泉さーん! どこにいるんだー!?」 「きししし……。探してる、探してるねぇ…」 その同伴者だろう遊戯が、大声を上げながら自分を探しているのを こなたは物陰に隠れて小さく笑って見ていた。…さて、何故こうなったかと 言えば、元々こなたが何かその類のゲーム…ドラ○エ3でもやったのか とにかくピラミッド探索に興味を持ったのがきっかけだったのだ。 勿論現実世界であればピラミッド探索など叶わなかったが、ここニコニコ 世界ではまさに要望通りのピラミッドエリアがあったし、またこなたの 彼氏(…にしておくべきか?) 遊戯がピラミッドに精通していたとあっては もはや阻むものもなく、二人してピラミッドに乗り込んだのである。しかし… 「ねぇ、遊戯君。何でいきなりそんなゆっくりになっちゃうのかな?」 「…わ、悪いが泉さん。少し静かにしててくれないか……」 …おそらく歩き慣れているだろう道を歩いているときにはすたすたと 歩いていた遊戯が、こなたが隅々まで見てみたいと脇道にそれた途端 足取りが重くなった。極端なところでは10メートル程度の長さの廊下を 実に10分以上もかけて歩いていたのだ。 “うぅ〜、もっと早く動いてくれないと全然見れないで終わっちゃうよ〜!” そののろのろ行進は早く隅々まで、もっと色々なところを見てみたい彼女に 退屈を覚えさせ、また苛立ちを募らせてしまい…… 「ふふふ…。遊戯君。その足取りの遅さは罠でも警戒しているんだろうけど  この泉こなたをなめちゃいけないよ? 毎日ゲームや実戦で罠回避を  鍛えている私が…、仕掛けられているかもしれないけど何千年も前の  古典的な罠に引っかかると思う?」 「え? い、泉さん? 何を言って……」 …結果として彼女に 『独走』 の選択肢を生んでしまうのである。 「ここまで付き合わせて悪かったね。でもここからは私一人で行くよ!  万が一迷ったって、私結構方向勘あるから大丈夫だしね。じゃ!」 「ちょ、ちょっと泉さん! 一人で行くのは……!」 そんなものは自殺行為だと遊戯は手を伸ばしたが、しかし彼の制止も虚しく こなたは足早にピラミッドの奥に走っていってしまった…。 ……………………………………………… 「くそっ…! 泉さんはもうどれだけ奥に行ってしまったんだ…? …いや  もしかしたらもう迷って入口まで戻っているかもしれない。とりあえず一旦  俺も戻ってみるか……」 そして今に至り、さっきから自分を探していた遊戯が部屋から姿を消すと こなたはようやく物陰から姿を現した。 「いやー、ははは。ごめんね遊戯君? でも本当に私は大丈夫だから……。  …さぁ! 気合い入れていってみようかなッ!!」 今はおらぬ遊戯に対して謝罪しつつも、彼女はすっと立ち上がると自分の 頬をぱしぱしと叩いて更に奥へと足を進めた。 「いやー、流石にピラミッド。楽しくなるくらいに仕掛けだらけだねー…」 それからしばらく。成る程鍛えていると豪語するだけのことはあって こなたは各所に仕掛けられた罠を、実に身軽に回避していた。 「しかし古典的だとかさっきは言ったけど、こりゃ侮れない……、立派に  現代でも通用するねぇ。今度軍曹にでも紹介してみようかな…、と!」 仕掛けられた罠の精巧さや威力に、彼女は感心したようなため息をつき 床に腰を下ろしたその時、その床から何かが崩れる嫌な音が聞こえた。 「え? こ、これは……?」 そう。いくら石造りとはいえ、ピラミッドはこのニコニコ世界のそれも造られて からかなりの年月が経っているのだ。一軒頑丈そうに見える床も、その実 崩れかかっている可能性も大いにあるわけで…… 「! わ、わ、わぁぁぁぁぁあああああ!!??」 危ないと思ったその時には、もう遅かった。こなたが座った場所には大穴が 空き、しかもそれに留まらずにがらがらと瓦礫が穴の中に崩れ落ちていった。 ………………………………………………… 「………ん、ん…? ここは…? いたたた……」 どれくらいの時間が経っただろうか、こなたはどこか暗い場所で全身の 痛みに目を覚ました。 「私、確か穴か何かに落ちて…。とにかく、ここは……?」 …暗いとは言っても、ピラミッドの照明の蝋燭の明かりは届いており 徐々に目が慣れてくるにつれて、周りの様子がはっきりとしてきた。 「これは、縦穴…ってわけじゃなさそうだね。壁が人工的じゃない…。  …ってことは、本当に自然に出来ちゃった穴ってことだね……。  周りも瓦礫だらけ。まず間違いない……かな?」 確かに上下左右天と地と、四方が瓦礫に囲まれている点からすれば そうには違いないが、彼女にはそれほど絶望的な状況ではなかった。 「これなら、まぁ……大丈夫そうかな……。」 四方を囲んでいる瓦礫の壁、高さはせいぜい2〜3メートルと大したもの ではなく、寝っ転がっているこなたの視界にも 「外の世界」 が半分は 埋もれていたが、それでもちゃんと見えていた。…少々危険ではあるが 一応EDFでもその手の訓練は経験済みなので、周りの瓦礫を伝っていけば 登れない距離ではない。それに傍らには、護身用に一応持ってきておいた レバ剣も転がっていた。 「…うん。問題ないね。…大分遅くなってるかもしれないから…、遊戯君  心配してるかもしれないから、早く帰らないと……」 服や顔についた埃を払い、彼女は体を起こして立ち上がろうとした。だが 「!!」 その、立ち上がろうとした瞬間…、不意に足から鈍い痛みを感じ、いや それ以前に動かない。先程までは全身が痛んでいたので気付かなかった が、何かと思ってみてみたら、…何ということだろうか。 こなたの足の上には、大きな瓦礫がのしかかってしまっていたのだ。 「え!? ちょ、ちょっと……!」 まずは足を引っ張り出そうと試みるが、やはり瓦礫は相当に重いようで 全く動く気配がない。ならば腕力で動かそうとするも、従来の重さに加えて その大きな瓦礫は周りの他の瓦礫とぴったり食い込んでしまっている。 男ならともかく、少女のこなたにどうにか出来る代物ではないのは明白だった。 「う、うーーん! うーーん!! …ほ、ホントにダメなの…!?」 …脚を瓦礫に挟まれている鈍い痛みは感じていたが、足の指に力を入れると 普通に動かすことが出来たので、脚は折れてはいないようだ。 …この状況でも、骨折をしていないのがせめてもの救いか。一つため息をつくと こなたは傍にあった、愛用のレバ剣に手を伸ばす。 「…………、えいっ! やっ!」 渾身の一撃。彼女は瓦礫に向かってレバ剣を数発打ち込んだ。だが……… 「……え? ええ………?」 …こなたは確かに剣術の心得もある。しかし彼女が全力を出せるのは 五体が自由になって初めて可能なのであって、こんな足を挟まれた…… 全身が使えない状況ではその全力の数分の一も出せず、いくらレバ剣と 言えども、この瓦礫には文字通りに傷一つもつけることは出来なかった。 「ど、どうして……、えいっ!!」 その後も何発か打ち込んでみるが、いずれも虚しくはね返されるだけで かすり傷ほどもついた痕跡がない。 「こ、こんなの………、こんなの、マズイよ………!」 徐々に焦りの色が濃くなっていくこなた。レバ剣を右に左にぶんぶん振り回した。 ………………………………………………… 「はぁ……はぁ……はぁ……」 それから更に、どれほどの時間が経ったろうか。 こなたは相変わらず瓦礫に足を挟まれたまま、大の字に寝そべっていた。 ……あれから何発も何発も、両手共が痺れて握れなくなるまで瓦礫を叩いた。 レバ剣で何度も叩きまくった。だが状況は依然として変わらない。 彼女が全力を使い果たしてへとへとになってつぶれてしまったのに、瓦礫は まるで涼しげに、相変わらず彼女の足の上にのしかかったまま。 ……憎らしいほどに頑丈なその瓦礫は、こなたの剣撃を幾度と受けた はずなのにまるでどこ吹く風。ようやく表面にかすかな傷が見えただけだ。 「…………………う、ううぅぅ………………」 ……疲弊しきり、寝そべったこなたの目から涙がこぼれる。 「やだよ……。こんなところで……死んじゃうなんて……」 …この瓦礫の山を、自分だけの力でどかすのはもはや不可能だと判明している。 ならば残る手段と言えば誰か他人に助けてもらうことなのだが、それも怪しい。 自分が今いるピラミッドは承知の通り迷宮で道はいくつにも別れており、一本道を 違えるだけでまったく別の場所に出てしまう。勿論自分がどの道をたどってきたかは 覚えているが、しかし他の人間が寸分違わず自分と同じ道でやってこられるか…? 可能性はかなり低い。もし、このまま誰も来なければ…… しかも、それだけでは終わらなかった。 「! う、うぅっ!? げほごほっ、ごほっ!?」 …ピラミッドは先にも述べたとおり、作られてからかなりの年月が経っている。 当然その中の空気も…、人が頻繁に行き来するところならまだしも、こんな ある種全く空気の流れの無いような場所では、汚く淀んでしまうのだ。 カビでも微生物でも何でも、とにかく汚れた空気を吸えばどうなるだろうか? 「あ、ああ………!!」 息を我慢しても、永遠に続くわけではない。こらえきれずに吸ってしまえばまた 喉や鼻を焼き、激しく咳き込む。脱出できない限りはこれを延々味わう羽目になる。 「……た、助けて!! 誰か、助けてぇぇ!! 遊戯君! 助けてぇぇ……!!」 汚れた空気を吸うリスクもよそに、必死に何度も何度もこなたは叫んだ。 だが、返ってくる声は…… …………………………………………… さてこなたが絶望に叫んでいた、その一方では…… ピラミッドの中の少し広い部屋に、オワタ王や遊戯達ピラミッドメンバーが 集まって話をしていた……。 「ハァ!? そのこなたって奴、何考えてんだ!? お前もしっかり止めろよ!!  ここがどんだけとんでもねぇ場所か、知らないわけじゃなかっただろ!?」 「す、すまない。てっきりすぐ根を上げて、帰ってくると思って……」 闇サトシの怒声に、しおらしくうなだれた遊戯。他のメンバーもそれを見て皆 憮然とした…しかし同時に焦っているような風を見せていた。 <それはともかく、遊戯! 早く見つけねば取り返しがつかなくなる!!   このピラミッドには人を死に至らしめる罠が山と仕掛けられている故に   時間が経てば経つほど、それらに引っかかる可能性が高くなる!> 「時間との勝負か…。そいつはいいが、しかしどうやって探すんだ? この  ピラミッドの広さは相当なものだろ? その中からあいつを捜し出すのは…」 「…正直、砂場でお米一粒を探すのと同じようなものですし、下手に探索に  出てしまっては文字通りにミイラ取りがミイラになりかねません。…せめて  どこの一角にいるか、程度でも分かればよいのですが……」 魔理沙の発言を受けて古泉がそう言うと、皆黙り込んでしまった。誰もこなたを 見捨てるつもりなどないが、何の手がかりもなく探しに行ったところでどうなる ものでもない。全員は何も言えずにしばらく静寂が流れたが 「……もしかしたら、追跡できるかもしれませんよ?」 「何ッ!?」 しかし不意に、しばし何か考え事をしていた風の言葉が口を開くと 全員が、彼女の方を向いた。 しばらく後 「確かになぁ。言われてみりゃあ確かにその通りだけど気付かなかったぜ。  言葉、お前なかなか目の付け所いいと思うぜ?」 「ありがとうございます。お役に立てて何よりですよ……」 おそらく探索に出ているのだろう一行の中で、魔理沙が言葉の肩をぽんと 叩くと、彼女は嬉しそうに頬を赤らめた。 「…まぁ、俺もオワタ王も最近ついぞ罠にかかったことなんかなかったから  それなら最近動いた形跡のある罠を見つけてたどっていけば、自ずと  そのこなたって奴の居所が分かる…、言葉の姉ちゃんの言う通りだぜ!」 「ええ。それにしてもここの罠の技術はすごい。EDFの備品にも匹敵しますよ…」 やはり言いようのない恐怖を感じる故か? 何故かわざわざ「姉ちゃん」などと つけて言葉を呼ぶ闇サトシと、いつぞやのこなたと同じように罠の水準の高さに ため息する古泉と。一同が順当に歩を進めていた、その一方…… …………………………………………… は………ぁ……はぁ……はぁぁ……… ……穴の中から、苦しそうな声が聞こえてくる…… その発信源は言うまでもなく、その穴の中で遭難しているこなただ。 「だれ……も……、うぅ……わぁぁぁん………」 先程から助けを求めるべく叫びすぎ、それに伴って汚れた空気を大量に吸った ためか、彼女の声はひどくつぶれていた。これでは今や大声はおろか、普通の 話し声すら出すことは難しいだろう。 「…わたし……馬鹿だった…。……このピラミッド…よく知ってる遊戯君が  あんなに……慎重に…なってたのに…、私は……うぅ…えぇぇ……」 声も出せない、体も自由に動かせないこなたにできるのは、ただ後悔に すすり泣くことだけ。一人でこんなところにいるのがこんなにも心細くて冷たい。 自分は馬鹿だったと、彼女がぶるぶると震えながら涙を流していると…… 「やれやれ、大分深まってきたな……」 「気をつけてください! どこに罠があるか分かりませんからね!」 「!?」 突然こなたの耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。 “あの声…、遊戯君と古泉君だ! と言うことは……!” 彼女がぱっと顔を明るくすると、声は他にもどんどん聞こえてきた。 「あぁ? ここもちっと崩壊して先の道をふさいでやがんな。もし  ここから先に行ってたとしたら、こっから行くのは難しいぜ……」 <とりあえず、ここを探してみるとしよう。…この辺りは目に見えて老朽化が   進んでいるな。皆、気をつけよ!!> ……………………………… “あ、ああ、そうか。声の方向からすると、遊戯君達のいるところからじゃ  瓦礫が邪魔になってこの穴が見えないんだ。…だったら私の方からも  声を出して、ここにいるって教えないと……!” 疲れ切った体にむち打ち、こなたは助けを呼ぼうと喉に力を入れた。しかし “!!? な、何今の!? これが私の声なの!?” ……今のが自分の喉から出た声だと、彼女自身も信じられなかった。 だが、まさに吹きすさぶ木枯らしのような声…これは紛れもなく、自分のもの。 原因はとっくに明らかになっているが、先程の大声によるものだ。 “わ……あぁぁ……! ……お願い、気付いて!!” それでも尚、こなたは声を出そうと頑張ってみるが……無駄だった。 どれほど頑張っても、出てくる声は木枯らしのような酷い声。それも 穴の外には届いているかどうかも怪しいような小さな音しか出ない。更に 「きゃ……あッ!!」 「お、おい大丈夫か、言葉!!」 調査中に、老朽化した天井近くの壁が剥離して崩れて言葉の頭上に落ちてきた。 何とか魔理沙のおかげで避けられたが、そうでなくば潰されていただろう…。 「危ないですね…。これ以上ここを下手にいじくり回すと、部屋が崩壊して  全滅してしまう可能性もあり得ますよ?」 「そうだな…。…それじゃあ、ここの調査はやめて一旦引き返すか…。  泉さんは勇敢だけど、こんな明らかに危険だって分かっている道をわざわざ  かいくぐることを選ぶほど命知らずじゃない。引き返して別の道を行ったと  思うぜ……」 “え……?” こなたは頭から、血の気がさーっと引いていくのを感じた。 “ま、待って!! 私はここだよ! ここにいるんだよぅ!!” だがどれだけ伝えようとしても、彼女の声はまるで出てこない。わざと 咳き込んで音を出そうとしても、空気が全く喉に絡みつかない。 「……よし、引き上げるか……」 「これで駐屯地に戻ってれば、いいんだけどね……」 ……皆が残念そうな口ぶりで、遠ざかっていくのが分かる。 足音がどんどん、小さくなっていくのが分かる……。 “うわ……あぁぁ………、わぁぁぁ……………” ………………………………………… 翌朝 「…………………………」 時間の経過は分からなかったが、眠れぬ絶望の夜を過ごしたこなた。 相変わらず挟まれている足がどうなっているかと言えば、指が動いている ようなので壊死はしていない様子だ。だが彼女自身に何の変化もないかと 言えば、そんなはずがない。 「あ、うぅ…………、はぅ………………」 さんざっぱら痛めつけられた喉では、もはや雑菌の侵入を防ぐ関門の 役割も果たせず。こなたの目は焦点がどこに行っているのやら。 更には顔は真っ赤で、呼吸も荒く……早い。 「あ、あぅぅ………、うぅ…………  あたま、痛いよ………、目が、くらくら……するよ……。  だれか………、だれか、助けて…………、うぅぅ………」 ……締め付けられるような頭痛と、燃えるように熱い全身。 昨日よりは多少ましになったとはいえ、声もやはりかすれたまま。 ……がんがんと響く頭痛の中、かすかな思考力を使って考えるは…、後悔。 あの時、ピラミッド組が自分を助けに近くに来た。あれがチャンスだったのに。 確かに声は出なかったかもしれない。だが近くにはレバ剣があったから それでまわりの瓦礫を叩けば、簡単に気づいてくれただろうに。 それをあの時の自分は…、こともあろうに声が出ないことでパニックになり 頭の中から 「声を出す」 以外の選択肢が、全く消え失せてしまったのだ。 本当に、あの時瓦礫を叩く選択肢さえ思いついていれば、自分は今頃とっくに 救出されている頃なのに…… だが、いくら嘆いても、後悔しても遅すぎる。……彼女の目からは、悔し涙とも 悲しみのそれともつかない涙がぼろぼろとこぼれ、どんどん上がっているだろう こなたの体温は、熱は、彼女から思考能力を見る見るうちに削り取っていった…。 “やっぱり、私……、このまま死んじゃうのかな……?  …もう、お母さんに……、会えちゃうの……!?” 「……死にたく……ないよ……!! やっと、人生が楽しくなってきた  ところなのに、死にたくなんか、ないよ………!! うぅぅ……!」 ……かすれた声ではあったが、本人としては遺言のようなものか 出せる限りの声を出したその時であった。 「おぉ、そうか! そう考えてるうちは死なないから安心してくれて  いいんだぜ! 泉さん!!」 “え?” ……突然、頭上から聞き覚えのある声が。次いでがらがらと音がしたかと 思うと、そこから人が顔を覗かせてきた。それが誰かはいうまでもなく……」 「……、っと。やっぱりもう少し基礎体力もつけておくべきかな……  で、大分声が変わっちゃってるから最初は気付かなかったけど……  泉さん、何でそんなとこで寝っ転がっているんだ? そんなところに  お宝なんてないぜ!!」 「遊戯君!!」 ……頭痛は相変わらずだったが、こなたは先程とは違う涙が出るのを感じた。 「ったく、やっぱり俺の勘が当たったか!! ……やっ!!  よし! 今から降りていくからもうちょっと待っててくれ、泉さん!」 天蓋を完全に取り除いた遊戯は、瓦礫の壁を伝いながら降りてきた。 「うわっ! うふっ、げほっ!? …な、何だここの空気は…!?  泉さん、いままでずっとこんなところに……?」 「う、うん……。とっても怖くて、苦しくて……、心細かった……」 瓦礫の壁を降りて、自分のいるところまでやってきた遊戯が思わず 咳き込むと、こなたはゆっくりと頷いた。 「……こういう場合も想定しておいてよかったか…… えーと…」 遊戯が何やらぶつぶつ呟きながら、こなたの額に手を当てた。 「あぅ………」 ……いつもは暖かさを感じる彼の手が、今日は冷たくて気持ちがいい… 「これは……、やっぱりかなり熱が出てるな……。やれやれ。    泉さん、とりあえずこれを使ってくれ! その声からすると喉がかなり  痛んでいると思うが、いくらかはマシになるはずだぜ」 遊戯はポケットから喉用の噴霧剤を取り出すと、こなたに手渡した。 震える手で彼女が口の奥にスプレーを吹き付けると、瞬間あれほど痛みを 感じていたのが、嘘のように引いていった。 「で、こいつか……。これはごついぜ…。でも、俺一人でもどうにかなるか…」 遊戯はこなたの脚に乗っかっている瓦礫を二三叩くと、まず周りの小さな 瓦礫を力を込めてがらがらとどかしにかかる。 「……ゆ、遊戯君、すごいよ……。力持ちなんだね……!」 「当たり前…! いく…身長150cm台のちびだっ…も、俺だ…て男なんだ…らな!」 彼は笑顔を見せると、ますます力を入れて瓦礫をどかしにかかる。見ると さっきまで壁のようだった瓦礫の山が、今やすっかり小さくなっている。 “……もう……大丈夫だよね、よね……” ……遊戯がやってきたことの安堵感で気が緩んだのか、こなたはとうとう耳鳴りまで 始まって彼の声がとぎれとぎれ聞こえなくなってきたが、安心したようなため息をつくと 遊戯がまた何か問いかけてきた。 「しか…、泉…ん。と…うこと…、こいつに一晩中、脚…挟ま…てたのか?」 とぎれとぎれとはいえ、まだ聞き取れる範囲。こなたは首を縦に振る。 「う……、うん。だから私、脱出できなくて………  あ、で、でも大丈夫だよ。脚は折れてないから、動くから………」 「……………………。まずいな…………」 「え………?」 すると突然遊戯は、先程とは打って変わって険しい顔になり 足下に転がっていたレバ剣を手に取った。 「ゆ、遊戯……君?」 いきなり何をするのか? という表情をこなたが浮かべると、遊戯はレバ剣を 手に持ったまま、ゆらりとこなたに近づいてきた。 「遊戯…君? それで……、何を……?」 「……泉さん。ちょっ…痛いが、すぐ…済むから我慢し………?」 「え? な、何を我慢するの……?」 …何だか分からないが、変なことになりそうだ。こなたは思わず身震いした。 「いや、でも泉さんを助けるた……は、仕方ない…だ。  痛いだ…うけど、……の脚を切らないと……だめなんだ」 “え!?” 突然聞こえてきた、遊戯の衝撃的な発言。 “私の脚を……切る? それはまさか、その剣で……?” 「ゆ、遊戯君? う、嘘だよね? 冗談だよね?」 「……何言っ…いるんだ。死ぬよりはま…だろう? あ、だけ…誤……ないで。  脚を切…って……ても、それは………」 そう言いながら遊戯は、こなたの太股を縄できつく縛り上げた。 ちゃくちゃくと準備を進める遊戯を前に、彼女の顔はどんどん青くなっていった。 “…まさかやっぱり、この瓦礫がどかせないから脚を一旦切り落として……!?  剣を扱い慣れてない遊戯君に斬られたら、繋がらない可能性も…!” 「ゆ、遊戯君!! やめて! そんなのいやだよ!! 脚を切るなんて! やめて!」 「な、何…言っ…るんだ! これ…やら……と、泉さ…が死ぬ可…性……てある…  だぜ!? …とい…か、まだ誤解し……のか!?  いい…、俺…泉…んの脚を…」 必死に抵抗するこなただったが、遊戯は彼女の脚を前にして剣を構えた。 「わぁぁ!! 遊戯君の人殺しぃ! 殺さないで、やめてぇぇ!!」 もはや半狂乱。こなたは近くの小さな瓦礫を手に取ると遊戯に投げつけ始めた。 「うわっ! や、や…るの……っちだ!! ……ええ…、…方ない! ご免!!」 しばらくこなたが瓦礫を無我夢中で投げまくっていると、突然頬に強い痛みを感じ なぎ倒された。…涙でぼやけた視界に入ってきたのは、肩で息をしている遊戯の姿。 「くそ……。……だけど……仕方ない! 行くぞ………!」 遊戯は苦々しげに吐き捨てると、いよいよこなたの脚を前に剣を振り上げ始めた…。 あ、ああ、あああ…………… やめてぇぇぇぇぇ!! …………………………………………………… …………………………………………………… …………………………………………………… 「ん……………?」 目が覚めたとき、こなたは自分が見覚えのない場所にいるのに気付いた。 先の瓦礫の山の中とは違う、…もっと人工的な白い天井と、ベッド……。 じゃあもしかして、ここは………? 「お! 気がついたぞ!」 「じゃあ、海馬君を呼んできますね! 海馬くーん! 泉さんが……」 ……次々に聞こえる、懐かしい声。とするとやっぱり、ここは…… 「おやおや。私でもここまで寝坊助にはなれないぜ…。おはよう、こなた!」 「ははは。魔理沙さんだってあの中に一日閉じこめられたら、絶対こうなると  思うぜ? それはともかく……、ようやくのお目覚めか、泉さん!」 次に聞こえてきたのは、魔理沙と遊戯の声。 “……あれ? そう言えば、確かここに運ばれてくる前、確か… !!” あの時の情景が思い出されてきたか、こなたの表情がこわばる。 ……脚からはやはり痛みを感じる。……とすると、まさか……! 急いで布団に顔を突っ込み、脚の状態を確認する。しかし……… “あれ? …脚、あるじゃん?” ……てっきり無くなっているかと思っていた脚が、自分の体にくっついたまま。 でも、包帯が巻かれている。じゃあ一旦切り落とされた後で手術でもしたのか? そう思って足の指に力を入れてみると、…ちゃんと思い通りに動く。流石に一旦 切り落とされたなら、こんなに早く回復するはずがない。じゃあ…? 「えぇい、放せ! 桂貴様、何故俺を病人扱いする必要がある!!  そもそも我が海馬メディカルチームが、何故こんな出張サービスなど…!!」 …足の状態に困惑する彼女の耳に、がなり立てるような大声が。 この神経質を絵に描いたような話し方をするのは、一人しかいない…。 「…まったく…! ム、何だ泉。今頃目覚めたのか」 「か、海馬君……!」 …別に関係が悪いというわけではないのだが、病室に入ってきた海馬を 前に、こなたの表情は思わず引きつった……。 「ふぅん。遊戯達から聞いた話では、貴様ピラミッドに一人で盗掘に入って  遭難しかけたらしいな? …まったく、凡骨以下の馬鹿さ加減だな?」 <盗掘? 汝、まさか……!?> 海馬がある意味彼特有、十八番のさげすんだような笑みを浮かべて話すと その後ろでオワタ王が目を光らせた。…オワタ王のことはよく知らなかったが その雰囲気にただならぬものを感じたのだろう、こなたは思い切り両手と首を 横にぶんぶんと振った。 「い、いやいやいや! 誰も盗みなんてやってないよ! 単なる冒険!  こ、困るよ海馬君! 捏造してもらっちゃ……!」 わたわたと慌てた様子でこなたは話すが、話が長くなりそうだと判断したのか 海馬は一つ舌打ちをして途中でこなたの話を遮った。 「黙れ泉。結果としては似たようなものだろうが。……まぁいい。  とりあえずこのままいくか。…現時点で体調不良などはあるか?」 「え? そ、それはないけど、その……」 そう言いながらこなたは、布団から包帯の巻かれた足を出した。 「フン。そいつか。……遊戯」 海馬は後ろに控えていた医師だろう白衣の男に何事か伝えた後、こなたの 出した足を見てそのまま遊戯の方を向くと、彼は何故かばつが悪そうな顔を して頭を掻きだした。 「あ、え、いや、……まぁ、やった張本人の俺が説明すべきだよな。  ごめん、泉さん。その傷を作ったのは俺だ。俺なんだけど……、だけど  それは泉さんを助けるために、どうしてもやらなきゃならなかったんだ」 「! そ、そうだよ遊戯君! そのことを説明して! 確かに切り落とされは  しなかったけど、何で遊戯君はあの時、私の脚を切ったの?」 …あの時は頭痛と耳鳴りでまともに思考が働く状態ではなかったが、それでも 思い出すことは出来たのだろう。こなたが表情をこわばらせて遊戯に尋ねると 彼はしばらく黙った後に、静かに口を開いた。 「そうだな、結論から言うぜ。…泉さん! 今回俺があんなことをしたのは  あの時の泉さんをそのまま助け出してたら、本当に死んでたかもしれないからだ。  …気付いていないだろうけど、君の体は相当にやばい状態にあった…あの時は  “クラッシュ症候群” の状態になってたんだよ」 「く、クラッシュ? なにそれ? くるくる回る狐さん?」  こなたが空気違いのことを発言する中、遊戯と…おそらく理解しているのだろう 海馬を除いた一同も、怪訝そうな表情をする。 「い、いや、それはクラッシュ違い! ええと、クラッシュ症候群ってのは…、ええ…  悪いが、海馬。俺じゃ上手く説明できないから代わりに説明してもらえるか?」 「…ちっ。本来ならそんなものご免だと蹴り飛ばしてやるところだが、貴様には “芥子おでん” の借りがあるからな。仕方ない……」  …何やらよく分からないが、二人の間に貸し借りがあったようで 海馬は一つ咳払いをすると、一歩前に歩み出た。 「…ふん。今さっき遊戯が言ったことだが、その通りだ泉。貴様はその“クラッシュ  症候群”に陥っていて、下手をすれば命を落としていた可能性もあったのだ」 「ええ!? …そ、それってどういうことなのか、海馬君!?」  遊戯の言葉だけなら半信半疑で済むも、海馬まで同じことを言い出しては流石に そうもいかず。海馬の言葉に、こなたを含めた全員からどよめきが走った。 「ではまず、その“クラッシュ症候群”について説明してやる。これは大きな地震  災害などで建物が倒壊、…手や脚がその下敷きになった人間などがかかる  もので、今回の場合は泉、貴様は脚が瓦礫に挟まれていたらしいから、まさに  この状態になったわけだ」 「でも、何で手足が挟まれただけでその何たら症候群になるんだよ、海馬?」  …そう。あの時こなたが置かれていた状況は、足を瓦礫に挟まれていたもので 骨折もしていなければ血流が完全に停止したわけでもない。別段これ自体に危険が 感じられる要素はなく…。魔理沙が当然のように疑問を挟むと、海馬は鬱陶しそうな 顔をして続けた。 「…詳しく話しても貴様には理解できんだろうから割愛するが、とにかくそういう  状態、手足が長時間圧迫された状態になると、その手足にたまって滞っている  血液があるな? 血液が長時間滞った状態になると、血液中の『カリウム』という  成分が毒性を帯びる(血中のカリウム濃度が異常に高くなる)ようになるのだ」 「え!? と、ということは…、そんな状態になっていたら、手足を圧迫されていたものが  どかされてその毒の血液が体に戻ってきたら、まずいのではありませんか?」  ようやくここにきて、クラッシュ症候群が何たるかが見えてきたようで…… 古泉がやや顔を青くして尋ねると、海馬は目を閉じて頷いた。 「その通りだ。……クラッシュ症候群の場合、その圧迫されている部位の血流が  完全に停止するわけではなく、圧迫されている部位が局所的に停止するだけだから  壊死はしない。だが問題はその今回の瓦礫のような、圧迫していたものが無くなって  血流が回復すると、結果として今までたまっていた毒の血液が一気に体へ戻る。  そうなると非常にまずいことに…、命にかかわる大事になるのだ。この毒の血液は  心臓に恐ろしい影響を及ぼす。たとえ泉のような心臓に何ら異常がない人間でも、この  毒の血液が大量に心臓に達すると心不全を起こして、そのまま突然死するものでな。  過去の地震災害でも、瓦礫の中から救出された人間がしばらく経って突然死亡するという  事件があったが、それは大方この“クラッシュ症候群”によるものだと言われている……」 「うぅ、何だかおそろしいですね……」 「そう。このクラッシュ症候群の恐ろしいところは、外見に目立った症状が現れないところに  ある。たとえば同じ圧迫にしても、完全に血流が停止、壊死してしまっているならばそこが  黒く変色するから、俺も含めた貴様ら素人にももうだめだと分かるのだが、このクラッシュ  症候群は先にも言ったとおり、壊死しているわけではない。血液は僅かに循環しているから  血液不足で手足が真っ白になることは考えられるが、それ以上は………」 「ということはつまり、今回は偶然知識のあった遊戯が救出に当たったからよかったけど  もし私みたいな知識のない人間が救出に当たって、そのままこなたを引きずり出してたら…」 「…それこそ最悪の事態になる可能性も……大いにあり得たわけだ」 「…………………………………」  一同が、沈黙した。もしかしたらかけがえのない友人が一人、いなくなってしまって いたかもしれない。その事実に、言葉も出なくなっていたようで……。 そんな沈黙を、こなたが破った。 「じゃ、じゃあ遊戯君が私の脚を切ったのも、これのために……?」 「そうだ。…応急処置の方法は他にもあるのだが、圧迫部位を切開して毒の血液を  体外に出すというのもその中の一つだ。ただ場合によっては感染症を引き起こし  たりすることもあるから、あまり勧めることが出来たものではないのだがな……」  …病院での手術は、消毒された刃物で切開するから衛生面では安全なのであり 今回の場合は…、と海馬が何故かジト目で遊戯を睨むと、彼は首をすくめて思わず 目をそらした。 「い、いや、あの時は“泉さんがどこかに閉じこめられて脱出できない”状態になってる  かもしれないとは思ってたんだが、まさかクラッシュ症候群までは想定してなくて…。  上り下りに使うかもしれないって用意してた縄と、近くにレバ剣…刃物があったから  仕方ないから、それで脚を切りつけて毒の血を……」 「ふん。誰も咎めるつもりなどない。あの状況ではこれしかなかったのだろう。  泉が助かったのならそれで良しとしておけ。終わりよければ何とやら、とな。  …さて、俺にはまだやらねばならんことがある。ここらで失礼するぞ」  そこまで言うと、海馬はもう充分だと踵を返して病室を出て行った。しかし彼は 良くてもこちらにはまだ聞くことがあると、今度は魔理沙が身を乗り出してきた。 「はは、今回は遊戯の大手柄だけどさ…、…それにしても、遊戯。どうしてこなたが  あそこにいるって分かったんだ? 私もあの時お前と一緒に行ったけどよ  どこにもこなたが見つからなかったのに、どうして……?」 「それは…、俺もよく説明できないんだが、言ってみるならあの泉さんがいた辺りの  場所で、どこか奇妙な…、他にはなかった懐かしい空気を感じたんだ」 「懐かしい?」 こなた救出劇の真相を聞くべく、魔理沙とこなたは身を乗り出して遊戯に質問したが 返ってきた答えには、思わず首を傾げた。 「あ、ああ。ちゃんと最初から説明するよ。俺の言う “懐かしい” ってのは現代の  ことじゃなく、王として…、古代エジプトに生きてた頃の話だよ。…で、あの探索  してたときの話になるけど、あの泉さんがいた部屋で…、他の場所でも多少  感じられてた当時のその空気が、より強く感じられたんだ。…とはいえあの時は  確証が持てなかったし、下手すると崩れる可能性もあったから一旦皆と一緒に  引き返したんだが…、でもやっぱり心に引っかかってて、今日ちょっと魔狼の  シルバーファングを連れて探しに来てみたら、大当たりってわけだ!」 「成る程、そういうことか! つまりこなたが穴に落っこちたもんだから、その中に  ずっと昔からたまってた空気がかき回されて表に出てきた…、ってことだな!」 真相に合点がいったようで、魔理沙が手を叩いて興奮した様子を見せると 他のメンバーも同じように、ああ、そういうことかと頷いていた。 「でも泉さん、よかったですね! 武藤君がそういう…変な言い方ですけれど  能力を持ち合わせていて……!」 <同じ古代エジプトでも、生体でない我にはそこまでの鋭敏な感覚はない…。   遊戯がいなければ、この娘はミイラの仲間入りをしていたであろう……> 「…まったくな。しかしその…クラッシュ症候群って言ったか? 遊戯、お前  どこでこんなもん覚えたんだ? 少なくとも学校じゃ教えてくんねーだろ…?」 「ああ、簡単なことさ。俺達決闘者は色々危険な状況に巻き込まれることが  多くてな。今までも錨に引きずられて海に沈んだり、回転鋸で足を斬られ  そうになったり、高層ビルから落下しそうになったことがあるんだ。だから  役に立つ立たないは別にしても、危険時の対処法は知っていた方がいい。  …一応海馬共々、一通りの知識は持ち合わせているんだぜ…」 「…なるほどねぇ。伊達にとがった頭はしてねぇってわけか……」 ………………………………………… 「…それで、海馬。泉さんは今後どうするんだ…?」 あれからしばらく後、戻ってきた海馬に遊戯が尋ねた。 「ふぅん。一応安定はしているが、まだ熱も高いしな。それにピラミッドで  妙なモノを吸い込んでいたらマズイからな。当面はここにいてもらい…  …話も済んだだろうから貴様らも全員、今から検査を受けてもらうぞ…」 今のところこなたに目立った異常は見られないが、しかし海馬の言う通りで ただピラミッドを行き来していただけならまだしも、今回彼女は偶然とはいえ “古代の空気” を大量に吸い込んでしまった。その中に未知の病原菌が 含まれている可能性もあり、 「え、あ、ま、待ってよ! 海馬君! …ちょっとだけでいいからさ、その…  遊戯君にまだ、お礼も…何も言ってないから、それくらい…させてくれる?」 「…ふぅん。まぁ別に構わんがな。それでは他は皆、着いてきてもらおうか。  まったく貴様らも、そういう状況に陥ったことは早く言え。これで俺も検査を  受けねばならんし、最悪の場合はこの診療所を丸ごと消毒する羽目に…」 「まぁまぁ海馬君。後で何かで埋め合わせはしますから、ここは音便に……」 「…フン。まったく……」 また苛ついた様子でしゃべり出した海馬を言葉が諫め、遊戯とこなた以外の 全員はぞろぞろと外に出て行った……。 「うーん。もしかして海馬君、あのマスクマンも検査するのかな……?」 「オワタ王のことか? 確かミイラのはずだけど、海馬ならやるだろうな……」 …それから、病室に残った二人が他愛もないことで笑っていると…… 「はは、あはは………。…遊戯……君」 「ん? ……!?」  ベッドに横になっていたこなたの顔から、急に笑みが消えた。どうしたものかと 遊戯が手を伸ばすと、彼女は体を起こしながらしゃべり出した。 「…ありがとう、遊戯君。元はと言えば今回のことは私が暴走してやった自業  自得だったのに、遊戯君……、皆もだけど、必死に探してくれて…。…あの  瓦礫の穴の中で、もう駄目だって思ったときに遊戯君の顔が見えたときは  本当に嬉しかったんだよ…。ありがとう、遊戯君……」 「え、ええと…。はは。何言ってるんだよ。俺に限らず誰だって、人が困ってたら  それを助けるのは当然なんだぜ。だから泉さんがそんなかしこまって礼を言う  必要なんて…、まったくないんだよ……」  思わぬ展開…に遊戯は慌てて手を振ったがこなたは真剣な顔のまま、今度は 彼の手に張られた絆創膏と顔を交互に見て……続けた。 「ううん…。だって遊戯君は私を助けようとしてレバ剣を使ってたのに…、なのに  私は人殺しとか酷いこと言って、瓦礫を投げてそんな怪我させちゃって……  恩を仇で返すなんて、酷いよね…。ごめんね…。ごめんなさい、遊戯君…」  …状況が状況だけに、こなたはいつもの明るさが嘘のように沈み込んでおり それに連れてどんどんと周りの空気も重苦しいものになっていく。…遊戯は 冷や汗が浮かんでくるのを感じ、その空気に飲み込まれないよう不自然に 明るい調子を演じてまた話し出した。 「い、いやいや! 泉さんが何で謝るんだ…? あの時は俺が同じ状況下に  あったとしても、同じことを考えてたと思うぜ!? 誰だって目の前の人間が  刃物持って 『足切ります』 なんて言ったら足を切り落とすもんだと考えちゃう  だろ…? まして泉さんは熱で朦朧としてたんだから。尚更そう考えても  おかしくはなかったんだ。だから…、泉さん。そんなことを言わないでくれ。  俺は本当に何も気にしてないし、逆に泉さんを無事に助けられたことを  誇りに思ってる。自分の身を守るために習得した知識で、まさか人助けが  出来るとはな…、はは。むしろ俺の方が礼を言いたいくらいだぜ……」 「……………………………………」 「ま、まぁ泉さん、ええと…、早く体を治せよ! 体が治ったら、また…、今度は  二人でピラミッドに行こうぜ! な?」 「え? ピラミッド?」  …遊戯が無理をして明るい口調で喋っても、こなたは相変わらず沈んだ様子 だったが、しかし彼の今の発言でぱっと表情が変わった。 「あ、もしかしてもうピラミッドは怖くなったか? それなら仕方ないが……」 「う、ううん! でも私があそこに行って、皆に迷惑かけちゃったから……」 「そりゃ、一人で行けばそうなるさ…。…今回は泉さんが一人で探索したから  遭難したけど、俺が着いて行けば問題ないだろ? …だからこれからは  なるべく…いや、泉さんが行きたい時には絶対一緒に行ってやるぜ。  隅々まで見て満足するまではいつでも付き合うからさ。それでいいか?」 「………、本当に……?」 おそるおそると言った風にこなたが尋ねると、遊戯は胸を張って笑った…が 「こんな時に嘘ついてどうするんだよ。俺は絶対と言ったら絶対…おごっ!?」 「…………。ありがとう、遊戯君……!!」 その笑顔と言葉は、途中で止まった。見るとこなたが遊戯に抱きついて…と 言うよりは締め上げてと言えるくらいに抱きしめ、遊戯は真っ赤な顔をして 口をぱくぱくさせていた……。 「こ、この体の一体どこに、こんなとんでもない力が…!? 分かった、分かった  から放して…! このままじゃ俺の体が圧迫されてクラッシュ症こう……」 ……そしてその直後、オシリスの咆吼よりも大きな悲鳴が響き渡った……。 ……………………………………………………… 後日 「ふむふむ。やっぱりガイドが良いと旅の味も格段に上がるねぇ〜」 「それはなにより。俺もこれのおかげでピラミッドの今まで知らなかった  場所なんかを発見できたから、ある意味役得だぜ!」 あの一件から数日、こなたは遊戯と一緒にピラミッドの中を探索していた。 結局あれから二人も検査を受けたが、当初危惧されていた未知の病原体 などは発見されず、こうしてまた遊びに出ることが出来たのである。 「だけど泉さん。あんまりあっちこっち不用意に触らないでくれよ。何度も  言うようだけど、ここにはまだ未知の罠も大量に……」 …遊びに、とはいえピラミッドは危険が潜んでいるのも事実。遊戯はやはり 心配そうに声をかけるが、しかし当のこなたは…何故か警戒などどこ吹く風と いう様子でピラミッドを進んでいた。 「ふふふ。これが大丈夫なんだな! たとえばこうやって壁を触っても…、お?」 警戒などどこへやら…と言うよりこれみよがしに彼女が壁を触っていると その触った壁がへこみ、次の瞬間には壁から矢が射出された。穴に落下した次は 串刺しかと思われたが、遊戯がぱっと前に出てビッグシールド・ガードナーを 召喚。全ての矢がその重厚な盾によってはじき飛ばされるのを確認して遊戯が ふぅと一息つくと、その後ろでこなたはにっと笑った。 「ふふふ…。だから “私は大丈夫” なんだよね!」 「ちぇっ。調子いいんだから……」 …しかし口はどうあれ、こなたを護れたことに笑顔する遊戯と、“護られたこと”に 笑うこなたと。二人は笑顔を見せ合うと、またピラミッドの奥に進んでいった。 オワタ  リョウアリでやってもよかったかなー、と思いつつ、たまには違うのでやってみるかと 思ってこのペアに。ピラミッド組も楽しいッ!    作中のクラッシュ症候群ですが、これは実在するもので…。かの阪神大震災でも これで亡くなった方が多数いるとのことです。 (ますないでしょうが)何かしらこういう災害に遭われた人を見つけたときは、十分に 注意しましょう……。