…ご主人が熱を出してぶっ倒れてしまってから、はや数日が経過しましたが… やはりDIOのおじ様の言ったとおりで、なかなかご主人は回復しません。 はうー。これだけ苦しそうにしてるのを見ると、生命の水(アクア・ウィタエ)でも ないものかと思っちゃいますが…、そんなのあるわけないです。そもそも アレを飲んでしまったらご主人はご主人でなくなってしまうわけですし。うーん。 ただ病気だけを治す都合のいい万能薬ってのは、やっぱりないですよね…。 「ふー、っと…。 ん? 呼び鈴……?」 おりょ? 呼び鈴が鳴りましたね。誰かが尋ねてきたみたいですが、しかし一体 誰が? 越す前はもちろん、越してきてからどたばたしていましたからまだ 魔理沙にさえもここのことは教えていませんし、今は朝なのでDIOのおじ様が 来るというのも考えにくいです。…うーん? 人形の小さな頭に疑問がぐるぐると 渦巻いて、混乱してきちゃいそうですが…、まぁリョウさんと一緒に玄関に行けば 分かりますね。うふふ。 「おー、ユリか。よく来たな!」 「おはよう、お兄ちゃん! あと上海ちゃんも蓬莱ちゃんも、元気してたかな?」 アイヤー! 誰かと思えばリョウさんの妹さんのユリちゃんではないですか! ! ああ、思い出しました。確か聞いた話ではリョウさんの実家?はこの家から そんなに遠くないのでした。ならこれも不思議ではないですよね。 それにしてもご主人のためにわざわざお見舞いに来てくれて。ああ、感謝感激 雨あられですねぇ……。 「…で、アリスちゃんだけど…。どうなの? やっぱりまだ…?」 「ああ。相変わらず高熱にうなされてる。…わざわざ来てもらって悪いんだが  感染る危険性もあるから、まだお前は部屋に入らない方がいい……」 アウチッ! …私や蓬莱は人形ですから病気に感染する可能性は皆無なので 忘れちゃってましたが、そうでした。ご主人が何の病気にかかっているかは 分かりませんが、感染型だとマズイですからね。あうあう。…ええと、説明いたし ますね。ご主人とユリちゃんは知り合ってからというもの、年が近い(のでしょうか?) という理由もあるんでしょうが、本当に仲のよい友達になって…。ある意味ではその 親密ぶりは魔理沙以上なのですね。もちろん私たちも大好きですよ? 何せ こうやって知り合ってから、出会うたびに人形用の高級精油をくれるんですから。 うふふ。ここだけの話…、ご主人はかなりケチでいっつもくれるのは凡庸精油のみで もう少しいいのを頂戴と言えばそれだけですぐにひっぱたいて…げふんげふん! とにかく! それが会えないとなっては残念そうな顔をするのも無理はないですか。うぅ。 「うーん。あのタコ頭みたいにタチの悪いのにかかっちゃったみたいだね……。  それじゃ、これ渡しておいてくれるかな? アリスちゃんのために買ったの!」 「? こいつは、花の…鉢植えか…。きれいなもんだな…。 …いや、悪いな。  わざわざ朝早くからこんなものまで持ってきてくれてよ……」 おお! こんな思いやりのある人がまだこんなに身近にいたなんて…! …ああ、どこかの軍曹じゃないですが、私も聖母を崇めたくなってきましたよ…。 「ふふっ。私も昔はよく熱出して寝込んでたから、アリスちゃんの辛さはよーく  分かるからその励ましにでもなればと、ね。…それじゃあ、私はそろそろ  行かなきゃいけないから。アリスちゃんによろしくね!」 「おう! わざわざありがとな! お前も気をつけて行けよ!」 むっふっふ♪ ご主人へのおみやげだけじゃなく、忘れずに私たちにも高級 精油を持ってきてくれてました! 流石はユリちゃんです! いいですねぇ…。 ご主人には悪いですが、これでまた今宵も蓬莱と宴ですよ! むふふふ……! ………………………………………………… 「おいアリス。今ユリが花を持ってきてくれたぞ。…ええと、こいつな」 「え? ユリちゃんが…? …しかも、これ…私が一番好きな……!」 予想通りと言うべきでしょうか。やっぱりご主人は驚いた顔してます。…それは ユリちゃんが花を持ってきてくれたこともあるんでしょうけど、もう一つ。ここに あるユリちゃんが持ってきてくれたご主人が好きなお花は、結構珍しくて入手も 面倒なんですよ。でもそれを持ってきてくれたものですから、思わずご主人は 感激しちゃってますね。まぁそれも無理もないことです。しかも…… 「? これ……手紙? リョウ、これは……」 「何? …いや、俺も知らなかったがお前宛みたいだな。読んでみたらどうだ?  …ま。俺はちょっと退散してるとするからよ。ゆっくり一人で読んでな……」 ンマー。リョウさんもすっかり気の利かせ方なんて覚えちゃって。まぁ朴念仁で あっても決して空気読めない人ではないですからねぇ……と、けほけほ。 んむふ? 早速お手紙を読み始めたご主人ですが、何か固まっちゃってますよ? まさか石化の呪法でも…なわけないですね。秘密は文面ですか? どれどれ… 【今回は、風邪なんかひいちゃって災難だったね? 多分今は熱が出てて全然  動けないと思うけど、好きなお花を見れば元気が出るかな? と思ってこのお花を  長持ちするように鉢植えにして持ってきたよ! 気に入ってくれたかな?  早く元気になって、また可愛いお人形の作り方とか教えてね♪       ユリ】 ………………………………………………………………… 「ふふ、ふふふ……。…リョウだけじゃなくて、ユリちゃんまで…。…こんないい  人たちに囲まれて…、私、本当に人間関係には恵まれたなぁ……。ふふ……」 ふふ。おぜうさん。そんなところで泣いちゃあいけませんぜ。せっかくのお花が 涙で見えなくなっちまいます…、なんちゃって! いやー、DIOのおじ様あたりが 言えば絵になる台詞も、私が言ったって失笑買っちゃうだけですね。うむー。 まぁそういうキャラでないことは承知してますが、でも少しは貫禄が欲しいです…。 おっと、そんなことはどうでもいいんです。ほらほらご主人、嬉しいのはいいです けど、そんなに泣いてばかりじゃ駄目ですよ。早く横になってくださいな? 「…おう。終わったか? んじゃ早く寝な。休まないと体に毒だぜ……」 「うん、分かった…。ふふ…。ユリちゃんにもありがとうって伝えておいてね…?」 それからちょっとしてリョウさんがまた入室、寝るように促すとご主人も素直にまた 横になりました。…うふふ。それにしても横になったご主人に優しくお布団かけて あげて、寝るまで頭なでなでして…、以前朴念仁だ何だって散々言われてましたが それは単に女性にあまり関心がなかっただけで、実際はこんな気遣いの出来る いい人なのですよね、なのですけど…… 「…さて、またこれから、だな……」 …そうなんです。“また” 始まったんです。…ご主人がぶっ倒れてからろくに寝て いないはずなのに、ご主人が眠り出すといつもその横にじっと張り付いて…。 あの、リョウさん? 以前にも言ったかも知れませんが、そこまで気合い入れる 必要はないんですよ? いくらご主人が高熱出してるからって、あまり根を詰めなく ても…と、私も人形なりに必死にリョウさんに伝えようとしましたが、しかしそこは 人語の話せない人形の悲しさでした……。 「…? ああ、上海に蓬莱よ。心配すんなって。絶対ご主人を回復させて  やるから。また元の通りに元気いっぱいの姿を取り戻させてやるからさ…」 むぐぐぐ。…た、確かにそういう希望もありますけど、そうじゃないんですッ! もうこうなったら棍棒なんかでぶっ叩いて強制睡眠導入しかありませんが、そんな ことやってティウン状態に移行したらご主人も生命線が途切れ…、とても目を当て られたものではないので、実質現段階では何も出来ません…。ふぐぐぐっ…。 「…ん。ちっと氷が小さくなってきてるか。そろそろ補充しないとな…。  ついでにネギも、そろそろ新しいのを刻んで……」 …でも、何でなんでしょうね? そりゃご主人がこうなってリョウさんが心配する というのは分かりますし、とてもありがたいことでもありますが…、でも果たしてそれ だけでこんな、一日中目を離さずに見守ったりすることが出来るんでしょうか…? まぁ何にしても今はリョウさんに休んでもらわないと困るのですが、でも私の言葉じゃ 何をどうやっても届きません。…うーん。埒が開かないとはこの事ですが、こんな時は… ………………………………………………………… 『…成る程。確かに上海殿の言われるとおりですな。リョウ様は大分お疲れの  ご様子ですが、しかしアリス様の看病を継続して休まれる気配もない……。  分かりました。上手くいくかどうかは分かりませんが、我が主にもこの旨を  報告してみましょう。とりあえずはこれでよろしいですな?』 はい、どうも感謝いたしますよ。 …で、ええと。想像がつくと思いますけど 私達ではやっぱりどうにもならないので、DIOのおじ様がやってきた今時分 言葉の通じるワールドさんに事情を説明して、そのまま主のおじ様にお伝え してもらってリョウさんにお話ししようというわけです。…おじ様は頭のよい方 ですから上手くやってくれるとは思いますが、頼みますよ…! 「ム? …成る程。あのリョウがあれほどくたびれた様子になっていたのは  想像は付いていたが、そういうことだったか。確かにこのまま放っておいたら  どうにかなってしまう可能性もあり得るから、話はせねばなるまいな…」 …さぁ、ワールドさんが話を通してくれて、おじ様が了解してくれた様子を 見せてくれて…、いよいよ賽は振られますッ! もはや私達にはどきどき しながら見守るしかありませんが、上手く言ってくださいッ…! 「…それで、今のこいつだけど…、どうだ? まさか悪化してるなんて……」 「…フン。悲観するなというのだ。…まぁ今はお前の看病もあって小康状態だが…  それにしても一つ気になったのだが、お前の看病ぶりを見ていると力が入り過ぎて  いるように感じられるのだ。一体何故だ? 確かに恋人がこんな高い熱を出して  寝込めば心配になるのは当然だろうが、お前から感じられるものはそれだけでは  ないのだ。…何があるというのだ?」 うわお! 流石おじ様! まさに直球! 私の言いたいことを言ってくれました! 万歳ッ! …さぁ、後はリョウさんがお答えしてくれればよいのですが…、おお? リョウさんが一瞬苦い顔をした後に……、話し出しましたよ! 「力が入りすぎてる、か。…ははっ、自分でも少しはそう思ってたが…、でもな。  駄目なんだよ。…“またあんな事が起こるかもしれない” って思うと、な…」 「? あんな事…? 一体何を意味している……?」 おう? 『あんな事』? 一体何でしょう? …ワールドさんが私に目線を向けて いますけど、すみませんね。私も知らないんですよ…。多分これからリョウさんが お話ししてくれると思いますから、そちらにお耳を……。 「…確か、お前には以前話したはずだから知ってると思うが、お前は俺の家族の  ことを…、お袋のことを知ってるよな……?」 「お袋? …ああ。確かロネットとかいうアメリカ人で、お前がまだ子供の時分に  交通事故に巻き込まれて故人となったと聞いたが、それで……?」 む。その話なら私も知っています。確か事件の可能性ありということで、その後 お父上が探索に蒸発して、あとにはリョウさんとユリちゃんの二人だけ残されて かなり苦しい生活を余儀なくされたと…。…でも、それが一体どう発展するの でしょうかね? よーく聞かなければ…… 「…あの日のことは、今から思い出しても嫌なもんさ…。何せ昨日まで笑って  世話焼いて愛情注いでくれた人間が、急に、それも永遠に消えて…、心が  型抜きされたみたいにぽっかり穴が開いて、すーすー寒い風が通っていくんだ…。  …まぁ、妹のユリがいたから頑張らなきゃと踏ん張って、どうにか立ち直ることは  出来たんだがな。そうでなきゃ俺も今頃あの世行きか、心がぶっ壊れてたさ…」 「フン。お前もこのDIOと同じだったというわけか。成る程……」 へ? 同じ? …一瞬わけが分からなくなってしまいましたが、ワールドさんが 耳打ちしてくれました。何でもDIOのおじ様も昔、お母様を早くに亡くされて …しかも言っては何ですが、お父様があまりよろしい方ではなかったようで… リョウさんと同じように、大分苦労をなされたとのことでした。ふーむ……。 「…それで、お袋があの世に行ってから10年。ようやく平穏が訪れたと思ったら  今度はユリがある悪党にさらわれてな。まぁこっちは奮闘の結果に何とか最悪の  結果は避けることは出来たが、それでも気が気じゃなかったぜ。また家族が、俺に  とってかけがえのない人間が目の前から消えるんじゃねぇか、ってな……」 「…フム、成る程。そういうことか……」 むむ! この人形の小さな頭にも、リョウさんが何を言いたいのか分かってきた ような気がしてきました! 私の予想が正しければ…! 「ああ。今回アリスの奴がこうやって高熱出して苦しんでるのを見てたら、頭の中に 『二度あることは三度ある』 なんて嫌な諺が浮かんできてな…。最初はお袋で  次がユリで、今度はアリス…。…俺にとって大切な人間は危機に遭って、最悪の  場合は永遠に消え去る…? …そんなの、誰が受け入れられるってんだ…。  そりゃ端から見れば、ここまで必死になるなんてのは大げさに見えるだろうが  でもな…、駄目なんだよ。昔のユリもそうだったが、こいつが苦しんでる姿を  見ると、頭ん中にアリスもまたいなくなるんじゃないかって考えが浮かんできて…  だから、あんな気持ちをまた味わうくらいなら…俺は何でもやってやる。こいつに  また元気な姿を取り戻させるためなら、寝ずの看病だとか世話なんか屁でもねぇ。  …もし俺の寿命を削ってアリスが回復するっていうんなら、喜んで何年分でも  差し出してやるよ。こいつの元気な姿を見れるなら、安すぎる代償だ…!」 …………………………………………………………… ああ、成る程…! 尋常ではないと思っていたリョウさんの態度でしたが これで納得がいきました…! 今までも頼りになってくれていたリョウさんですが 今は特に! ベッドの中でうなされているご主人の頭を撫でてくれている姿が 何て力強く見えるんでしょう…! 後光まで見えてきそうな…! …あれ? でも、これって…、これじゃあ…… 「…そうか、分かった。ならば止めるわけにはいかぬが…、ミイラ取りがミイラに  なるなよ。自分の限界を無視して突っ走っては元も子もないからな…」 「分かってるさ。ここで無茶やって俺までぶっ倒れたらこいつと共倒れになるからな。  そんな馬鹿なこと、流石に起こさせやしないさ……」 う、うーん! そうでした! 肝心なことを忘れてました…! 今回の作戦の 目的はリョウさんにお休みしてもらうことだったんですが…、私の本心では 本当に今すぐ休んでほしいんですが、これじゃ今は無理ですね。でも…… ………………………………………………………………………… 「……早く、元気に…、なれ……よ……」 …でも人間っていうのは、どれだけ意志が強くても勝てないものもあるわけで… あれから朝が来ておじ様が帰宅された後、流石に体力自慢のリョウさんも お疲れのようで、椅子に座りながらもうつらうつらし始めました。…チャンスです! ここでいつしか永琳さんから頂いたこの粉末の睡眠薬をまけば、リョウさんを 本格的に眠らせることも出来ますからね。…何? リョウさんが眠った後はどう するのかと? …私達がお世話するに決まってるじゃないですかッ! いくら人形 だからって、それくらいは……、あ。 「う……ん、あ……」 「……ん。お目覚めか。どうだ? 少しは楽になったか?」 うぐぐ! 何と悪い意味で絶妙な…! リョウさんがうたた寝し出して、これぞ チャンスと睡眠薬を振り上げたまさかその瞬間にご主人が目を覚ましてしまって それにつられて?リョウさんもまた起き出して…。そりゃ仕方ないと言えば仕方 ないんですが、最悪のタイミングですね。あうあう。これじゃリョウさん、休んでる 暇もありません…が……? 「本当に…ごめんね、リョウ…。私、あなたを手伝うどころかこんな…、熱出して  寝込んじゃって、それで唯でさえ大変なのに、またあなたの仕事を増やして…。  …本当に、本当にごめんね…! リョウ…!!」 「…ははっ。どっかのドラマじゃないけどよ、そいつは言わない約束ってやつだぜ!  人の振り見て我が身を直せ…じゃないが、とにかく俺の心配するくらいなら、早く  治れということだ!  お前が元気になるのを、みーんな待ってるんだからよ…」 …私、夢でも見てるんでしょうか? だって目の前ではご主人が…、謝らせることは あっても謝らず! 他人に強味は見せても弱みは見せないあのアリス・マーガトロイドが!  涙浮かべながらホントに済まなさそうな顔して謝ってるんですからッ!! あのツンデレ ねじくれのご主人がですよ!? …それに優しい言葉をかけるリョウさんの姿が絵に なって絵になって…。…ええい! こりゃもう私達人形がちょこまか小細工を考えたって 無駄ッ! 責任放棄じゃありませんが、リョウさんの頑丈さに賭けて! 私達も全力で ご主人を助け、リョウさんを助けていきますッ!!  続く  リョウがアリスを大切にする理由は、FF10のアーロンの件を参考にしていたり。 こちとらもあれくらい格好良くなりたいものです(死にたくはないけれど)