さてと、最初に。例によって?アリスはまた思いっきりデレます。 (と言うより、しおらしくなるといった方がよいでしょうかね) では! 環境の急変。それは色々と変化が生じる時間。 「…ふー。…リョウ、これでいいかしら?」 「おう、上等上等! 文句無しだぜ!」 DIOがここにいたら一目散に逃げ出すような、よーく晴れた日のこと。 リョウとアリスの二人が何やら額に汗して家財道具を運んでいた。 「いやしかし、二人だけだと思ってたら結構荷物があるものなんだな?」 「本当よね。でもまぁどこだってこれくらいはあるでしょ?」 目の前に積まれた荷物の山を見て、笑う二人。…ニコニコの騒動が終わって 以来、二人は共に生活することを決め、またそれを予期していたのか 古城からほど近い場所にDIOが一軒家を用意してくれていたのだ。彼らも 最初は色々戸惑っていたが、DIOが 「新婚祝いだ」 などと言うと二人とも 真っ赤になって何も言うことが出来ず…、結局そのままもらい受けたのだ。 「…それにしてもあいつ、どうやってこんないい家見つけたんだろうな…?」 「ふふ。結構彼も人脈は広そうだから、そっちの方の関係…、う……?」 リョウが半ば感心半ば呆れたような口ぶりで言うと、アリスもくすくすと 笑いながら答えたが…、何故か直後、頭に手を当てて少しかがみ込んだ。 「お、おい? どうした? 調子でも悪いのか?」 思わぬ異変に彼は思わず手を伸ばして近づいたが、アリスはすぐにすっと また立ち上がると、手を横に振った。 「何でも…ないわ。…急にお引っ越しの…運動したから疲れちゃっただけ…。  …だ、大丈夫だって! 一緒に戦ってたときなんて、もっとすごいこと  やってたでしょ? だから私がこんな程度でへばるはずがないじゃない?」 「そ、そうか? …まぁお前がそういうならいいが、無理はしてくれるなよ?  …それじゃあ俺は中で片付けやってくるから、お前もすぐ来いよ!」 どこかまだ不安は去っていない様子だったが、リョウはとりあえず家の中に 消え…、後に残ったアリスはその後ろ姿をしばらく見ていたが、また頭を 手で押さえると家の壁にもたれかかった。 「シャ、シャンハイ?」 「ホラーイ?」 やっぱりどう見ても変だと、使い魔の上海と蓬莱が大丈夫?と心配したように 主人のところへ近寄ってくると、アリスはふっと笑って二体の頭を撫でた。 「ああ、心配かけてごめんなさいね。…大丈夫よ。このくらいで私がどうにか  なるわけないでしょ? …多少疲れた程度で休んでちゃ、駄目よ……。  そんな程度でへこたれてちゃ、あいつに顔合わせが出来ないからね……」 …そう言う彼女の脳裏に浮かぶのは、在りし日のリョウと自分の姿。 古城戦後も…、彼女がよく動けるようになったので以前のような無茶苦茶を やる回数は減ったが、それでもリョウは相変わらず全力で護ってくれた。 …今自分がここで息をしていられるのは、文字通りに彼の功績だとも言え… 「…あいつは、それこそ数え切れないくらいに沢山私を救ってくれたの。でも  あいつがそうやって施してくれた恩を、私はまだまだ全然返せていない…  …もらいっぱなしなんて、そんなのは嫌。だから…、少しずつでも返して  いきたいのよ。…分かるかしら? 上海、蓬莱?」 「シャ、シャンハーイ……」 「ホラーイ……」 …優しくほほえみかけてくる主人に、一応二体も納得したような様子は見せたが 勿論心中は不安一色であり、その不安はそう経たずして的中することになった…。 その夜 「……くー、……かー…………」 …新居の寝室にて、リョウは実に気持ちよさそうに眠っていた。 昼間の労働にアリスの美味な料理が加われば、変な言い方ではあるがまさに 鬼に金棒。どんな人間でも爆睡と呼べるほどにぐっすりと眠れるだろう。 今宵は朝まで安眠だ!…と行きたいところだったが、どうもそうはいかないようだ。 「う、うぅ、う………」 「? 何だ……?」 深く眠っているようでも、長年危険が多かった故の習慣か彼の眠りは浅い。 つまり睡眠中でも何か異変が起これば、すぐ目を覚まして起き出してしまうのだ。 今夜彼を起こしたのは、近くから聞こえる声。思わずそろそろとベッドから降りた。 「この声……、うなされてる? アリスか? まさか……」 まさかいつぞやの悪夢が再来したのかとどきりとしたが、しかしあれ以来 アリスはあの悪夢を一度も見ていない。…だが、うなされているのは事実であり とりあえず一旦は起こさねばと彼女に手を伸ばすと…、その目は大きく開かれた。 「な、何だこりゃ!? 滅茶苦茶熱い…、顔も真っ赤じゃねぇか! …おい!  アリス!? どうしたんだ? 起きろ、アリス?」 「あ……うぅ、……うう………」 異変も異変でとんでもないことが起こり、必死に肩を揺さぶったり頬を軽く叩いたり 名前を呼びかけたりしてアリスを起こしにかかったが、彼女はただ苦しそうに顔を歪めて うなされるだけで、まるで反応がない。 「くっそ、こいつはまずいぜ…! …こんな所でもたもたしてる場合じゃねぇ!  すぐに準備しないと……! と、お前達…?」 リョウが準備と寝室を飛び出そうとすると、…こんな状態でも魔力は供給されて いるのだろうか、上海と蓬莱も慌てた様子で飛んできた。 「…ちょうどいいな。上海、蓬莱! 俺はDIOに電話かけて呼び出すから、お前達も  手伝ってくれ!」 「シャ、シャンハーイ!」 「ホラーイ!!」 かくして静かな夜は一転、喧噪とした代物に変わっていってしまった……。 ………………………………………… さて、リョウや使い魔達が奔走しているその一方で、アリスは…… “わ、わぁ、あああ……、何!? 何よこれ!?” 一方のうなされているアリスと言えば、うなされている状態のご多分に漏れず 悪夢を見ていた。灼熱感に悩まされる悪夢を味わうのは初めてではなかったが 今回はかつての炎に焼かれる悪夢ではなかった。何故なら今周りに広がって いるのは…、煮えたぎったコールタールよろしくあちこちから蒸気を吹き出している 黒い粘泥の海だったからだ。 「ふ…、ふう……、はぁ……!!」 彼女の周りを囲んでいる粘泥の海は、あちこちから凄まじい熱気を吹き出してくる。 遠くに吹き出している熱気はその場の空気を熱して、近くに吹き出している熱気は 直接灼熱を浴びせて、体力を徐々に徐々に奪っていく。相手が熱気ならばと対抗して E・Fブリザードを出そうとするも何故か何も出ない。故に彼女に出来るのは立ちつくす こと、ただこれだけであった。 「あ……、うぅ、あ……!!」 もはやここにいるだけでも、息をするだけでも辛いくらいに熱せられた空気は その通りに喉を焼き、肌を痛めつけていく。彼女も思わずへたり込んでしまい その眼ももはや陥落寸前とどんよりとした代物になっていた。 “熱い……、熱…い、体が……、体……が……” …何とか必死に意識を繋げようとしていたが、もはやそれも風前の灯火。 ゆっくりと自分の意識が消えていくのが、朦朧とした自分でも感じられていた。 “………………………………………………  …も…う、もう、駄目…………” …遂に力尽きたか、その目が完全に閉じられた。このままなす術もなく 周りに立ちこめる熱気に、蒸し焼きにでもされるかと思ったが…… ……………………………………………… 「!!!」 目が、覚めた。ただし今度は周りに黒い泥はなく、彼女がいたのはべッドの中。 「……夢、だったの? …私、何で……、!?」 …妙な夢を見たと頭に手を当てると、直後強烈な喉の渇きを覚えた。 それは痛みすら感じられるもので、思わずベッドから出ようとしたその時 「え……? な、なに……?」 …突如、視界がぐにゃりと歪んだ。体を支えようと手をついても一向に力が 入らない。どれだけ力を込めても手応えが感じられず、いつしか手だけではなく 全身の、体の自由が全くきかなくなっていた。 「あ、あぁ……、うぅ………!」 どうやら、彼女は分かっていなかったようだ。自分が何故あんな夢を見たのか? と言うよりそもそも、自分の体が今どういう状態にあるのかということを……。 …次いで襲いかかってきた強いめまいに、起きたのもつかの間。アリスはまた ベッドの中に倒れ込み…、その意識も再びふっと消えていった……。 ………………………………………… 「なぁ、DIO、あいつ…大丈夫なのか? さっきだってベッドの中にいるのに…  暖かいはずなのに、寒い寒いってがたがた震えててよ……」 「慌てるな。そいつは生体の自己防衛機構の一つだ。…風邪をひいた場合  体は侵入してきたウィルスをぶち殺すべく、体温を上げる。で、最も効率よく  体温を上げるのが寒いときなどに起こる筋肉の震えでな。その震えを擬似的に  起こすために脳味噌が人体に 『本当は寒くないのに寒さを感じさせる』 ニセの  信号を送っているのだ。つまりはそういうわけで……、ム。ここか…」 彼女がまた気を失ったのとほぼ入れ違いに、DIOとリョウが寝室に入ってきて 準備運動のつもりか、指を鳴らすDIOをよそにリョウは彼女の額に手を当てた。 「…やっぱり、熱が上がってるな…。それにしても何か変だとは思ってたけど  こうなっちまったか…! くそ、無理はするなって言ってたのによ……!  ……で、一応聞いておきたいんだが、一体何が原因でこんなことに…?」 …流石に恋人が倒れたとあっては落ち着けるはずもなく、どこかそわそわ しながら尋ねると、DIOは顎に手を当てながら答えた。 「そうだな。その口ぶりからすると想像はついているだろうが…、多分引っ越しに  伴う周りの環境の激変等で、今までたまっていた疲れが出てきたのであろう。  環境の変化は思いの外影響が大きいのものでな。…かく言うこのDIOも、かつて  エジプトに移住したての頃は色々あったのだ……」 「……そうか。それでアリスの…症状か? それはどうなんだ……?」 …そのままDIOが要らぬことを話し始めそうになったので、いつもならば付き合って いただろうところを今回はとりあえず遮り、話の主題をアリスに持っていく。DIOも そうなることを見越していたのか、さして気にとめた風もなく彼女の額などに触れて 診断つつ話し出した。 「…フン。大したことのないただの風邪だ…、と言いたいところだが、そうもいかぬ  ようだ。普通の風邪にしては症状が重い。少しこじれているのかもな」 「な!? お、おい、それってどういう……!? うぉっ!?」 突然の発熱に続いて、追い打ちをかけるような発言。リョウは身を乗り出したが 顔を前に出した瞬間、DIOに思い切りデコピンで弾かれた。 「落ち着け、マヌケが。お前がそんなに動じてどうするのだ…。アリスが倒れていて  お前が動揺している。これではお前達がどうなるか目に見えているぞ……?」 「あ、…わ、悪い。だけど…よ……」 エメラルドの弾丸を事も無げに弾くDIOの強力なデコピンを食らって彼は悶えたが 同時に頭に上った血もそれで下がったようで、その言葉には落ち着きが感じられた。 「…で、こじれるって…、じゃあ一体、どうすればいいんだ?」 「案ずるな。ちゃんと対処法を教えてやる。言うとおりにやれば問題はない。まず……」 DIOがすっと指を立てると、リョウはメモ帳片手に体を前に乗り出して聞き始めた……。 ……………………………………… “何で…、何で私は、こんなところに……?” …それはどこの世界のものであったか、とにかくまアリスがた目覚めたとき 彼女は自分が全く見知らぬ世界…、どこまでも広がる砂漠にいることに気付いた。 “嫌だ……、また、熱…い…! 気温も…、地面も、みんな熱い……!” …上空には太陽が大きくこれ見よがしに地表をじりじりと焼いており、砂漠も一切 日光の遮蔽物がないため、オーブンさながらの環境になっていた。そんな超高温の 中でアリスはどこかにあるかもしれない日陰を求めて砂漠を彷徨っていた。しかし “…暑…い…! 体が、動かない……。めまい…が……  ぐるぐる……回って……” 強力な太陽光を浴び続ければ、どうなるかは言うまでもあるまい。現実でも砂漠の 日中の気温は軽く50度に達し、外に出ている生物は体液が沸騰して死に至るのだ。 今彼女がいるのは夢の世界だったが、いずれにしてもその過酷な環境は思いの外 彼女から急速に体力を奪っていき、足取りはどんどん鈍くなって、同時に意識も みるみるうちに薄くなっていった。 “何も……ない……。水も、日陰も……、砂以外は、何も……” …有りもしないオアシスを見せる、まやかしの希望をもたらす蜃気楼が現れるよりは マシだったろうか? …尤も、この状況ではどちらにしても大差はなかったか。 遂には歩くことも…這うことすら出来なくなり、ばったりと砂の上に倒れ込んだ。 “……もう、駄目……。もう……。ここで…丸焼きになっちゃうのか…、それとも  乾燥して…ミイラになっちゃうのかは…分からないけど…、でも、もう……” 地面の熱砂に熱せられて、自分の体がどんどん熱くなっていくのが僅かに 残った意識でも感じ取ることは出来、そのまま消え行こうとした……その時 “え……? ……今、何か……、涼し…かった……?” 突然彼女の体を、ひやりとした清涼感が包みこんだ。見るとさっきまであれほど 照りつけていた太陽はいつしか沈みかけており、しかも風が吹き始めたのだ。 “…な、何で? どうして…あんなに暑かったのが、こんなに涼しく……?” いきなりの文字通りの急変ではあったが、しかしアリスにとって悪いものではない。 足下の砂は全く巻き上げずに風が吹き、彼女に清涼感だけを与えていた。 強すぎず弱すぎず適度な風量で。不快指数がみるみる下がっていく……。 “気持ちいい…なぁ…。さっきまでフライパンの上にいたようなのが、嘘みたい…。  …でも、どうしてだろう? どうして急にあの灼熱が……” 先程までの地獄が天国に変わったことに、当然疑問は湧いてきたが しかしその疑問も、急に襲ってきた眠気によって消え行くことになった……。 …………………………… 「お、起きたな」 「フム。お目覚めのようだな……」 「……!! あ、あれ、リョウ…、DIO…?」 その夜二度目の覚醒。急に耳に入ってきた声にアリスは驚いて顔を向けたが その声の主のリョウとDIOの顔を見た途端に、安堵の表情を浮かべた。 「でも……リョウはともかく、何でDIO、あなたがここに……、!?」 「やめておけ。そんな体で無理に動けばろくなことにならぬぞ」 …しかし起き上がろうとしたその矢先、いきなりDIOに制された。 「そんな体……、っていうことは、やっぱり……」 …先程から自分の体に何か違和感は感じていたし、今酒も飲んでいないのに 頭が熱くふらつくとあっては、答えは一つしかない。先程手で制してきたDIOは 今度は手を引っ込めて顔を近づけてきた。 「やれやれ。このDIOはいつからお前達のかかりつけになったのだ? …まぁ  とにかくアリスよ。お前は今結構な熱が出ているのだが、気分はどうだね?」 強面に似合わぬ優しい口調でDIOが問いかけると、アリスは一瞬目を宙に 泳がせたが、すぐに何かに気付いたような目つきになった。 「……熱? ……ああ。だからさっき私、あんな夢を……?」 「夢? そう言えばさっきからうなされていたが、悪夢でも見ていたのか?」 「あ、ええと………」 “…私が病気で、熱が高かったからあんな夢を……?  ………? あれ、これは……? 徐々に意識がはっきりしていく中で、彼女は自分の体…脇の辺りに妙な 感覚を覚えた。まだ熱でよく動かない体を動かして布団をめくってみると そこにあったものは “……これは、タオルの…袋? 中身は……、冷たい、氷……? 「…ああ。そいつは分かると思うけど氷袋だよ。まぁやっぱり熱を下げるって  言ったらそれが一番だろ? さっき入れておいたんだ……」 「あ……。…そうか…。だからさっき、急に涼しく…、気持ちよくなったんだ…」 不思議そうに氷袋を見つめるのを見てリョウが説明すると、彼女は先程の 夢の内容を思い出して、ほぅっと息を吐き出した。 「まぁ、確かに冷やすにはいいんだろうけど…、しかしDIOよ。その…お前を  疑うわけじゃないんだが、本当に脇でいいのか? 普通は氷を当てるって  言ったら、頭に乗せるものだと思ってたんだが……」 疑うわけではないと言いつつもその口ぶりはかなりいぶかしんでいるように 聞こえたが、DIOは何を気にするでもない様子で話し始めた。 「頭か。やりたければやればいいが、あんなところに当てても気休めだぞ」 「な? き、気休めってどういう……、うぉっ?」 意外な一言にリョウは思わず身を乗り出したが、またDIOのデコピンではじかれる。 「まったく、アリスなら歓迎だが男のお前が顔を近づけてきてもむさいだけだというに…。  …それはともかく、理屈としてはこうだ。上がった体温を冷ますには、全身を  駆けめぐる血液を冷やすのが一番効率がよい。ではその血液を冷やすならば  どこに氷を当てるのが一番効率がよいか? …答えは脇の下か、あるいは首。  首にも脇にも大動脈…大量に血液が行き来する場所があるから、ここに氷を当てて  冷やすのが一番効率が良いというわけだ。その意味では大きな血管のない頭は  氷を使ってもさして効果は期待できんのだ」 「な、成る程…。…でもじゃあ、何で頭に氷を当てるのが一番有名になってんだ?」 「まぁ、簡単に言えば一番手っ取り早く清涼感は感じられるからな。」  あとついでだ。こいつを首に巻いておけ」 そう言うとDIOは、どこからか焼いたネギを取り出した。 「え? ミクちゃんでもないのに何であなたがネギを……?」 やはりと言うべきかアリスは驚いた顔をするが、DIOは真面目な顔のまま ナイフで焼きネギを裂いていくと、手ぬぐいらしき薄布で巻いていった。 「なに、風邪を引いたときにはネギを喉に巻くのは科学的根拠もある効果が  あるのだよ。説明すると、ネギに含まれる硫化アリルという物質が喉の炎症を  抑えるのだ。…ちなみにこのネギは想像はつくだろうが、ミクが作ったものだ。  何でも自家製のネギ畑の中から、選びに選び抜いてくれた代物らしいが…  まぁ台所にまだおいてあるから、効果がなくなってきたら言うがいい」 「うん。……ありがとう……」 氷の冷たさと彼らの気遣いとで少しは気分が良くなってきたのか、傍にいる 二人に安心したような笑顔を見せた。 「…さて、とりあえずはこれでよいだろう。もうそろそろ夜も明けるので  このDIOは帰らせてもらうぞ。耐性は出来ても日光はやはり苦手なのでな…」 「ああ、本当にわざわざ済まなかったな。また今度埋め合わせはするからよ…」 ひとまずアリスが小康状態になったのを見ると、DIOは帰宅の意を示し リョウも頭を下げて立ち上がると、戸口まで彼を案内していった……。 「ふぅ。やっぱりあいつがいると心強いな…。…で、アリス。大丈夫か…?」 DIOを見送ってすぐ、彼は部屋に戻ってきてアリスに尋ねると 彼女はどこか暗い表情でリョウの顔を見ながら答えた。 「…ねぇ、リョウ…。さっきDIOが『そろそろ夜が明ける』 って言ってたけど……  今ってその、何時なの……?」 「え? …ええと、大体5時ぐらいだが…、どうかしたのか? …あぁ。明け方だから  眠気がないか? だけどとりあえず横になって安静に…って、どうした?」 てっきり彼としては、アリスが何かしら不調を訴えようとしているのだと思っていたが どうもそういう感じではなさそうで、また口を開いた。 「ええと…、も、もう明け方なのよね…? だったらあなたも、休んで……。  私のことなら、心配…いらないわ…。上海や蓬莱もいるんだし……」 手で頭を抑えながらアリスは弱々しい声でリョウに休むよう提案したが、顔も熱で 真っ赤になって、かつ朦朧とした話し方や目つき。…こんな状態で、何が心配不要な ものか? 彼も目を閉じて首を横に振った。 「…お前、何言ってんだ? そもそも今自分の体がどういう状態なのか分かってるか?」 「え……?」 呆れたような口調で返事をしてくるリョウに、アリスは一瞬意味が分からないというような 顔をしたが、それは明らかに 『分かっていない』 証拠で、彼はため息混じりに首を振った。 「おいおい。誰が見たってアリス、お前が今酷い病気にかかってるのは明白だよ。  それなのに心配いらないわけがあるか…? …まったく、無茶言ってんじゃないぜ。  それに確かに上海や蓬莱もいるけど、お前がそんな状態じゃちゃんと魔力を供給  できる保証もないだろ? だからお前はどうあれ、俺は心配なんだよ…」 「う…。だ、だけど…、こんなにずっと起きてたら、あなたの体が……」 「ああ、気ぃ遣ってくれてんのか。そいつはありがたいが、だが大丈夫だと言わざるを  得ない。俺は今までも極限流の修行でもっと無茶なこともしてきたから、ちょっとや  そっとのことでぶっ倒れるほどヤワじゃないし、こういう看病経験も初めてじゃない  からな。この程度じゃどうということもないぜ……。  …だからよ、アリス。何も余計なこと考えないで今はゆっくり休め。休んで、早く  元気になってくれるのが俺にとっちゃ一番いいんだからな……」 「…………………………」 リョウの言葉に、アリスは何も答えなかった…、否。 「じゃ、じゃあ…、お願いしても……いいかな?」 「お、何だ? 欲しいものがあるなら何でも言え。すぐに持ってきてやるからよ」 彼がずいと顔を近づけてくると、やや気後れしたような表情をして言った。 「ううん、そういうことじゃなくて……。…お願い、傍にいて……」 「…そんなことか? 別に今までもやってただろ……」 「うん、でも……、お願いね……」 彼女の “意外な” お願いにリョウは思わず拍子抜けしたような顔をしたが 当のアリスは消え入りそうな小さな声で言い終えると、そのまま眠りについた。 「…傍にいろ? …一人ぼっちになるかもしれないって怖がってんのか? …ははっ。  そんなの馬鹿馬鹿しい…、杞憂と言わざるを得ないぜ。なぁ?」 「シャンハーイ!」 「ホラーイ!!」 リョウが彼女から視線を外して横に向けると、そこにいた二体の人形達は その通りだと言わんばかりに元気に手を挙げて答えた。 「…力強いお返事、感謝いたします……だな」 それから、数日… 「う、うぅん……うぅ…」 「……アリス……」 時間は、深夜。大概の生物は既に眠っている時間だけに、辺りに聞こえて いる音は、アリスが発する苦しげな声だけだった……。 「……う……、…うぅ……はぁ………」 「………………」 彼女の傍らで、心配そうにその様子を見守るリョウ。DIOの助言通りに氷袋や ネギ袋を使ったらとりあえず小康状態までには落ち着いたので、このまま 一気に回復に向かうかと思っていたが、そうそう病というものは簡単に治らない。 現に今は小康状態ではあるが、それ以上には進んでいない。 「シャンハーイ…?」 「ホラーイ……?」 「…お、上海…、蓬莱。悪いな。ありがたくいただくとするぜ…」 上海と蓬莱が彼に水を運んでくると、受け取るなり一気に喉に流し込んだ。 あの日彼女が寝込んで以来殆ど付きっきりでいて、当然ながらその間は 殆どろくに眠っていない。…その目は充血して疲労の色が出ていたが 眼光は一向に緩いだ形跡がなかった。 「安心しろって。お前達の御主人は絶対良くなるからよ。…また元気になって  お前達を世話してくれるさ。だからもう少しだけ我慢しててくれよ…?」 「…シャンハーイ…」 「ホラーイ……」 やはり傍で不安げに飛んでいる二体の頭を撫でてやった、その時 “…相変わらず、暑い…。頭もやっぱりぐらぐらするけれど……  でも、以前みたいに酷くない。以前がオーブンの中だったとしたら  今は…、言うなら “真夏の日陰” かな? 暑いことは暑いけれど…  でも、大分和らいできた。喉の痛みも頭のふらつきも、みんな……” 「うぅ…ん…。う……、! あ……」 「お。おはようお姫様。…おい、ご主人のお目覚めだぞ」 アリスが再び目を覚ますと、リョウが…、いや彼だけではなく上海や 蓬莱も嬉しそうに顔を輝かせて近寄ってきた。 「やれやれ。それにしてもまだ随分うなされてたが、大丈夫か?」 「……あ、うん…。何とか……大丈夫、だよ……」 そう言う彼女の目つきや言葉は、未だ茹だってとろとろとしたものでは あったが、確かに以前よりは焦点が合っていてしっかりしていた。 「そうか。…いや、結構まだきつそうにうなされてたから、こいつら共々  大丈夫かって、ちょっと心配になっちまったもんでな…」 「…ふふ。そうだったんだ…。でも、大丈夫だよ…? あなたがこうやって  見ていてくれてるおかげで、以前見たく嫌な夢を見ることもなくなって…  …本当に、ずっと楽になってきてるんだよ……?」 「そうか。そいつは何よりだ。それに……」 「シャンハイ!」 「ホラーイ!!」 「…あ、ご、ごめんね。あなた達も頑張ってくれてたんだよね……」 抗議の声を上げる使い魔達に、主人は済まなさそうに笑った。 「…しっかし、本当に良かったぜ。今でこそ何とか落ち着いてきたけれど  あの時お前が熱出したときには、どうなることかと思ったぞ……」 「うん……。本当に、ごめんね…。 面倒ばかり起こしちゃって……」 ふっと笑いながら話しかけてくるリョウに、アリスも笑みを浮かべて返すと… …起きたのも束の間、その目つきがまどろんできた。…熱というものは これだけ高いとあるだけで体力を消耗するのだろう、疲労を生むのだろう。 特に睡眠障害があるわけでもないのに、これまでの日々も彼女は一日の 大半を眠るか、半覚醒半睡眠のまどろみの中で過ごしていたのだから。 「おっと、また眠くなってきたか? いいぜ。ぐっすり眠って早く治せよ…?  …それで元気になったら、またどこでも一緒に遊びに行こうぜ。な?」 「…ふふ…。…私も楽しみ……だよ……?」 …………………………… アリスは眠りにつくまでのしばらくの時間、気恥ずかしさが生じたからか? うっすらと目を開けて、リョウに気づかれないようにその顔を…、自分を優しく それでいて真剣な眼差しで見ていてくれる彼の顔を、薄目で見つめていた。 “…一緒に戦ってたときから、そうだった…。…本当に…、本当にこいつが  傍にいてくれると気持ちが落ち着いて…、安らげた……。  こんな私でも全力で護ってくれた、すごく優しくて……頼りになる男…。  今 までもいっぱいこいつに良いことをしてきてもらったのに、なのに……  …私は何をやっているんだろう…。恩を返せないばかりか、こんな…体調を  崩して一層迷惑をかけて…、これじゃ疫病神。すごく自分で自分が嫌になる…。  …でも、今更こんなこと考えてても仕方がない。だから…、今は休もう。休んで  早く体を治して…、それから出来る限りの恩返しをしていこう……” ……………………………………………… それから更に数日が経ったが、相変わらず寝室には二人の姿があった。眠る アリスと、見守るリョウと。…ただしその様子は、大分以前と違ってはいたが。 「すー……、すー……」 「……………………………」 見ると、少し前まではあれだけ苦しそうに熱にうなされていたのに、今や彼女は すっかり心地よさそうな寝息を立てて眠っていた。完治したのかと思われたが まだリョウや人形達が傍にいることからして完全に治ったわけではなさそうだ。 それでもうなされていないことや、顔色が適度な赤みに戻っていることからしても 大分良くはなっているようだったが。 「………………………」 リョウも相変わらず、眠っているアリスをじっと見守っていた。…あれから更にまた まともに眠れていないのだろう。肌の色も悪く、目の下に隈も浮かんでいたが、その 目つきだけはやはり揺るがずに彼女の方に向いていた。 「治りかけてはきたが、まだまだ気は抜けないと言わざるを得ない…な」 何日も徹夜に近い日々を過ごしてきた影響か、ぶつぶつと独り言を呟きながら また彼女の顔に目をやると、…かすかな呻き声を上げて動き出した。 「………、う…ん……。あ…。おはよう、リョウ……」 「おう! …よーく眠れたみたいだな!」 時間は、朝。今まではほぼ一日中寝ていたアリスもそろそろ時間の感覚を 取り戻してきたようで、目を覚ましてベッドから半身を起こすとリョウに朝の 挨拶と声をかけると、彼も今まで集中していた目をふっとゆるめて微笑んだ。 「…その様子からするに、殆ど治ったみたいだな? 今までみたいに夜中に  うなされて起きることもなくなったし、熱も微熱程度に収まってきたからな…」 「あ、う、うん……。そう…だと思うよ……」 …まだ起きたばかりなので、今一つ自分の体は把握し切れていないような 風はあったが、とりあえず答えると彼は続けた。 「…じゃあ、食欲も戻ってるか? 今まではお前、本当に雀の涙程度しか  喰えなかったが…、喰えるんだったら朝飯作るつもりだが、どうする?」 「え? あ…、朝食? あの、作るなら私が……」 朝食と聞いて思わずアリスは起き上がろうとしたが、しかしそれはリョウ のみならず、上海や蓬莱も自分の前に出てきて制してきた。 「いやいや、まだお前治りかけたばかりだろ。いきなり動くと体には良くないと  言わざるを得ないぜ。…でも一応、食欲はありそうだな。それなら作るか…。  安心しろって。実はDIOの奴 『お前は放っておくとステーキでも出しかねん』  とか言って病人食の作り方を教えてくれたんだよ。まったく、俺はそこまで  バカじゃ…、あ、わ、悪い。すぐ出来るからちょっと待っててくれ」 リョウは苦笑しつつ立ち上がると、踵を返して寝室から出て行った。 「………………………」 さて一方の部屋に残ったアリスはというと、しばらくぼうっと彼の出て行った扉を 眺めた後に、先程のリョウの質問時には把握できていなかった自分の回復 具合を確かめるべく手を握ったり開いたり、動きを試すように体を動かしていた。 “体が……、動く……。…頭も、とても……すっきりしてる……。  少し前までは考えることも、体を動かすこともままならなかったのに…… かつて自分を苛んできた灼熱感も、気怠さも、めまいもほとんど無くなった。 …彼女はまず体を丸めて大きく息を吸うと、直後天を仰いで大きく息をはいた。 “気持ちが、いい…! 今まで当たり前だと思ってた 『健康である』 っていう  ことが、こんなに気持ちがいいものだったなんて……!” その後も何度も腕を広げて縮めて深呼吸を繰り返し、自分の体が回復した 喜びを噛みしめると、また改めて扉の方を向いた。 「…私が、この気持ちを味わえたのは…、元気になれたのは……  ……ありがとう…。本当にありがとう、リョウ……」 そこには誰もいなかったが、目を閉じると扉に向かって頭を下げ… 「お待たせしたな。出来たぞ!」 それから少し後、リョウが朝食を持って寝室に入ってきた。 「いや、一応書いてある通りには作ったつもりだが、あまり期待は……」 「う、ううん! これ、とっても……、すごく美味しいよ!」 …一見すると遠慮しているようにも聞こえたが、しかし彼女の箸の進め方を 見ていると実に早い。実際彼の腕前もDIOのレシピも良かったし、今まで 高熱を出していたので食事らしい食事も出来なかったとあれば、料理を 不味く感じるはずもなかったのだが。 「……ごちそうさま、でした」 数分後、アリスはきれいに朝食を平らげた。 「ほー。ここまできれいに食べてくれたってことは、殆ど回復してるな。  まぁいい。それじゃ片付けるからもうしばらく寝て……」 リョウが彼女の回復を喜ぶように顔をほころばせて笑い、そのまま食器を 片付けようと手を伸ばした、その時…、アリスは顔を伏せたまま、その彼の 伸ばした手を両手でぎゅっと握りしめた。 「お、おい、どうした……?」 思わず呆気にとられたようなリョウをよそに、彼女はそのままの姿勢で 俯いて目を合わせず、話し出した。 「……本当に、ありがとう。リョウ……。私がこうやって元気になれたのも  食事が出来るのも、体が動かせるようになったのも…、みんなあなたの  おかげなんだよ…。…こんな私を看病してくれて、元気になるまでお世話  してくれて…。 …月並みだけど、すごく……感謝してるよ……」 物言いこそ静かではあったが、しかし心からの感謝の言葉を言い終えると 祈るようにその頭を、一層深く下げた……。 「う…む。これは、どう返事をするべきかと言わざるを……、うむむ……」 「あ、あと、リョウ……」 思わぬ展開にリョウがどぎまぎとしていると、アリスは頭を上げてやや 上目遣いの…、懇願するような目つきで見つめて口を開いた。 「あの、あのね、その……、今後のことなんだけれど……、その……」 「………?」 「私…、今まであなたにとてもお世話になってきたし、…迷惑もかけて  きちゃったと思うから…、だから、その恩返しをさせてほしいの…。  勿論今回みたいなこんな無茶はしないから、大丈夫だから……。  絶対にあなたの役に立つから、ね……?」 …それはある意味彼女にとっては、愛の告白と同じくらいに一大決心 だったのだろう、話し終えた後…、いや話している最中から自分の胸の 鼓動がどんどん大きくなっていくのを感じていた。…さて、それに対する リョウの反応はといえば 「おお、恩返しか! そこまで気を遣う必要はないが…、しかしお前が何か  してくれるって言うんなら、それはそれで楽しみだと言わざるを得ない!  …そうだな。とりあえず食器を片付けてくるから、話はそれからでいいか?」 「あ、うん! 早く戻ってきてね!」 もしかしたら自分の期待から外れた答えがくるのではないかと、アリスは少し ばかり警戒していたが、しかしそれが杞憂に終わって思わず声が高くなった。 リョウもそんな彼女に手を振って、空の食器を片手に部屋から出て行った…。 「…ふふ。リョウって本当にいい奴だよね? 上海、蓬莱…?」 「シャンハイ、シャンハーイ!」 「ホラーイ、ホライ!!」 さてリョウが部屋を出た後、部屋に残っていたアリスが両腕に使い魔の 人形達を抱えて目を細めながら呟くと、二体もその通りだと元気よく返事した。 「…それで恩返し…だけど、何をすればあいつは喜んでくれるのかな…?  ねぇ? あんた達は昔…リョウと一緒になって私に贈り物作ってくれたことが  あったでしょ?(※:上海と蓬莱のキューピッド大作戦) だからその時に  リョウからあいつ自身のことを聞いたりとか、そういうのはしなかった?」 「シャ、シャンハーイ……」 「ホラーイ……」 どれほどの希望が含まれていたのか、とにかくアリスは使い魔達に尋ねたが しかしそこまではやっていなかったと二体はお互い戸惑った顔をして向き合い そんな使い魔達を見て、主人の彼女はくすくすと笑みを零した。 「ああ、ごめんなさいね。別になければないで考えればいいのよ。ね?  …じゃ、一緒に考えようか?」 ……………………………………………… さて、アリスが部屋で上海達と話をしていた一方、食器を片付けたリョウは 「はっは。恩返し……か。さっきはあいつの手前ああ言ったが、しかし俺なんかに  そこまで気を遣う必要なんてないと言わざるを得ないな…。ははは……」 独りごちて笑いながらまた寝室へ向かっていると、…異変が、起こった。 「!?」 …突然、目の前の世界が変わった。景色が…色がまだらに混ざってぼやけていく。 「な、なん……だ、これ……? う……ぅ……!?」 次に襲いかかってきたのは、強烈なめまいと平衡感覚の喪失。天地が逆転した かと思えば、今度はぐるぐると回転する。…彼も思わず腰がくだけ、その場に へたり込んでしまった。 「ぐ、ぐぐ……う……!」 リョウがアリスを看病し始めてから、もうかなりの月日が経っていた。その間 何日も徹夜に近い生活をするなど、相当な無茶をしていたのは言うまでもない。 …さて、その甲斐あって回復したアリスと、安心するリョウ。しかし疲労が蓄積して いるときには、精神の緊張が緩んだときが一番危険なのだ。それまで緊張が 抑えていた疲労はそれが緩んだことによって、嵐の河川のように一気に溢れ出す。 …あるいは緊張自体がそれを生むのだが、いずれにしてもたまった疲労は 鍛えて頑丈な彼とはいえ、勝てるものではなかった……。 「くそ……が…! まだ、駄目…だろ…! まだ終わってないのに、こんな…」 消えそうになる意識を必死につなぎ止めながら、何とか現世に留まろうとするも …その懸命な頑張りも虚しく、彼の意識は闇へと埋没していった……。 …………………………………… 「うーん? …あいつ、食器を片付けたらすぐに戻ってくるって言ってたのに  何やってるんだろ…? …上海、蓬莱。ちょっと一緒に様子見に行こうか?」 「シャンハーイ!」 「ホラーイ!」 なかなか戻ってこないリョウを不思議に思ったか、アリスは上着を羽織ると 使い魔達を引き連れて部屋を出た。 「一体、どうしたんだろ? まさか迷うはずもないし……」 顎に手を当て、首を傾げながら廊下を歩いていた彼女が曲がり角を曲がった その直後、…その視界に、信じられないものが飛び込んできた。 「!? リョ、リョウ!?」 予想通りというべくか、絶句するアリス。…尤も、こんな廊下で人が倒れて いるのを見れば、誰であろうが言葉を失うであろうが。 「ちょ、ちょっと……、どうしたの? ねぇ……、!?」 おそるおそる彼の体に触れてみると、やはり普通でない高熱を感じた。 苦しそうな息づかい、震えている体。自分がかかっていたのとそっくりで… …と考えるよりも早く、事態の深刻さが感じ取れた。 「…上海、蓬莱! すぐに準備してッ!」 使い魔達に指令を出すと、彼女は目を閉じて力強く息を吐き出した。 かつてリョウが自分にしてくれたことを、今度は自分が彼に……。 ……………………………………… 「…いきなりアリスに呼び出されて、今度は何事かと思ったが……  お前は一体、何をやっているのだ……?」 「……あ! …良かった、起きたよ……!」 闇の中に意識が消えたリョウが、再び目を覚ますと…… 目の前には心配そうな顔をしたアリスと、呆れ顔のDIOがいた。 「…え…? ど、どうなってんだ…? なんで俺が横になってて、アリスが  俺を看てんだ…? これは…夢…?」 「ちょ、ちょっと! しっかりして! …覚えていないの? あなたはすごい  熱出して、廊下に倒れてたんだよ!? しっかりして!」 …ぼんやりとした目つきで、まだ意識が混濁しているのかリョウが一人 分かっていない風に呟くと、彼女は必死の剣幕で叫んだ。 「俺が、熱…。…ああ、そうか。だからさっきあんな変な感じが……?  なぁ、DIOよ…。俺って今、そんな……酷い状態なのか……?」 …ようやく状況が飲み込めてきたのか、リョウがDIOに尋ねると 彼は憮然とした表情で腕を組みながら、深くため息をはきながら答えた。 「…その通りだ、このマヌケが。馬鹿一直線のお前のことだから、どうせ  ろくに眠りもせずにアリスを看病していたんだろう。…そんなもの、如何に  馬鹿がつくほど頑丈なお前でも、無理が出て当然だろうが…」 「そうだよ! 本当に、心配したんだから…! 私を看ててくれたことは  とても…感謝してるけど…! でも自分の体のことも、考えてよ…!  あんな何日も殆ど休まずに起きてたら、当然だって……!!」 呆れた様子のDIOはともかく、半泣きになって噛みついてくるアリスは かなわないと、苦笑いを浮かべて両手を前に出した。 「はっは…。ミイラ取りがミイラになったか…? 立場が逆転しちまうとは  ざまぁないと言わざるを得ない……ぜ。 …でも、本当…悪いな……。  俺が馬鹿やったせいで、心配かけちまったみたいでさ……」 「本当、そう…。…でも、よかったよ…。ちゃんと、目覚めてくれて……」 「フン。まぁおかげでアリスの治りが良かったのが不幸中の幸いだな…」 かつて彼が今と同じような人事不省に陥ったこともあってか、力なく謝る リョウに、アリスはようやく安心できたという風に胸をなで下ろした。 「それで、DIO? リョウだけど、どうすればいいのかな……?」 話がとりあえず一段落し、いつぞやの彼と同様に彼女が今後のことを 相談すると、DIOは何故かニヤリと笑った。 「なーに、そう心配するな。この馬鹿はお前と違って、多少熱が出た程度  では壊れはせぬ。むしろ今からこき使ってやった方がいいかもしれぬな…」 「ちょ、ちょっとDIO! 私は真面目に……!」 ややもすると冗談に聞こえるDIOの言葉にアリスは思わず腕を振り回して 突っかかったが、それは額に当てられた人差し指によって敢えなく阻まれた。 「フフフ。ふざけているように聞こえたかもしれぬが、人間はそう簡単に  くたばりはしない。そんな簡単に死ぬのなら、このDIOもあんな苦い経験は  しなかったろうから…、と、いかんいかん。本題に戻るが、こいつの症状は  過労で少しばかり調子がおかしくなった程度で、三日もあれば元通りだ。  お前に比べれば軽い軽い。フフフ……」 「そ、そうなんだ。…これでリョウが肺炎とか結核とか、とんでもなく重い病気に  かかってたらどうしようかと思ってたけど、助かったわ……」 どんな深刻な事態を想像していたのか、とりあえず実際がそこまでのものでは ないと聞いて彼女がほっと安堵すると、DIOは失笑しつつ首を横に振った。 「フフ。肺炎はともかく結核とは大げさな…。…まぁいい。とにかくこのDIOは  そろそろ失礼するぞ。さっきも言ったが、深刻な事態というわけではないの  だからな。…くれぐれもそいつのような馬鹿をやってまた逆戻り…などと  いうことがないように、気をつけてもらいたいものだな」 「うん。…気をつけるわ。それじゃDIO、ありがとうね……」 やれやれと首を鳴らすDIOを、アリスは戸口まで見送りに行った。 ……………………………………… 「あいつ…、俺とお前じゃ随分態度が違うと言わざるを得ない…。うく」 「何言ってるの。わざわざこっちまで来てくれたんだから、感謝しなきゃね?」 DIOが帰った後、扱いの差に苦笑混じりに悪態をつくリョウを彼女は 額を指でつつきながら諫めた。 「しかし、マヌケな話だよな…。看病してて病人になっちゃ世話がない…」 彼が自分が陥った状況に苦笑すると、アリスも同じようにふっと笑い… しかし次の瞬間、思いもよらぬことを言ってのけた。 「うん。でも……、あなたには悪いけれど…、変な言い方になるけれど……  私はちょっとだけこの状況、嬉しいかな……」 「な、何を言ってんだ……、お前…?」 …熱による幻聴かと疑うも、しかしそれにしてははっきりと聞こえた。思わず 問いただすべく体を起こそうとしたが、彼女はすっと静かに手を前に出して 先の言葉通り、嬉しそうな笑みを浮かべたまま…口を開いた。 「…だって、これでようやく…、あなたに恩返しが出来るんだもの……。  今まで護ってもらってばかりで、迷惑かけてばかりだったあなたに……  …ずっとしたくてたまらなかったのが、やっと…出来る……」 一筋、二筋。アリスの目から涙がこぼれ落ちる。それを見たリョウは一瞬 呆気にとられたような顔をしたが、すぐに手を伸ばして彼女の髪を撫でた。 「お前…確かあの時もそんなこと言ってたが、そんなに…? …馬鹿だな。  俺なんかにそんな気を遣ってどうするんだよ……?」 「…ううん、いいの。…あなたがどう思ってても、私は…ね? …いっぱい  いっぱい恩返ししていきたい…、あなたの役に立ちたいの……」 気を遣うなと言いつつもまんざらでもない様子で彼が言うと、アリスも 涙を拭きながら、嬉しそうに泣き笑いした。 「恩返し、か…。お前がそこまで言ってくれるんなら、お言葉に甘えさせて  もらうぜ…。…そうだな。目下やってもらいたいこととして、今俺はこの様…  …ろくに動けないから…、身の回りの世話を頼んでいいか?」 「うん! …それじゃ、何すればいい? 何でも言って!」 …端から見れば少し奇妙に映るかもしれないが、しかし彼女にとっては ようやく、自分が心から望んだ “機会” …。それを手にしてアリスは 今までにないくらいに晴れやかな表情を浮かべていた。 オシマイ  熱にうなされた恋人を必死に看病するってのが、王道だぁッ!! というわけでやってみました。もう我がとこのアリスにツンは……