魔理沙6エリア再収集の旅 中編

「やれやれ、ふー。結構本ってのも重いもんだなー……」
3エリアまわって一休みがてら、魔理沙は持っていた袋を開いて今まで
入手した本をしげしげと見つめながら、誰へでもなくぽつりと呟いた。
「…思えばあの図書館の本を集めた奴も、こんな…いやこれ以上に苦労
 して集めたんだろうな。それを私は……、はは……」
自分のかつての愚行に思わず失笑が漏れたが…、首をぶんぶんと横に
振ると袋を閉じ、また箒にぴょんと跨った。
「…そういうことは後で考えるとして、今はとにかく集めないとな…!」
活力充分と、魔理沙は勢いよく飛び出した。さて次はどこかといえば…


-市街地エリア-

「で、今度は市街地か。確かに富竹や軍曹が言ってただけあって広いぜ…。
 たとえこの中に本屋があったとして、探すのは骨が折れそう…だな」
魔理沙が憂鬱そうな顔をしてため息を吐くのも当然と言うべきか、彼女の
目の前に広がるのは比喩ではなくコンクリート・ジャングル。見渡す限り
ビル、ビル、ビルで、何故か背筋が寒くなるのを感じた…が。

「……ん? 何だあれ?」
その迷宮とも呼べそうな広大なビル群に、魔理沙は動く人影を見つけた。
この街の住人なら話が聞けそうだと急いで飛んでいったが、…どういうわけか
その人影がはっきり見えると、目を見開いて空中にぴたりと静止した…。

「な、何だあいつら…? 何であんなに集団で走ってるんだ…?」
そう言う彼女の前には、成る程確かに20人程度で町中を走っている集団が
あった。とはいえマラソン大会という風でもなさそうで、水色の服を着た男を
先頭に明るい曲調の音楽に合わせて踊るように走っており、その楽しげな
雰囲気に思わず興味を持った。

「ふふふ。見れば結構ノリがいいじゃねーか。私こういうの好きなんだよなー!」
『おまいGONZO!』 という謎めいた歌詞と曲に乗って魔理沙も…、箒に跨って
飛んでいるので踊ることは流石に出来なかったが、それでも地上すれすれまで
降りてきて、彼らの行進に参加してリズムに合わせて手を大きく振ったり、一緒に
『おまいGONZO!』 と歌ったりして、本探しはどうしたんだと突っ込まれそうな
ほどに楽しんでいたが、突如それは終わりを迎えることになる。…何かと言えば
どういうわけかその行進の前を馬が走り去り、こともあろうに先頭の水色の男が
その馬を追いかけ始めたのだ。…勿論、駆け足で。

「ハッ! 本探しに来てたはずなのに私は何やってたんだ…!? …と、とにかく
 あの水色の奴が先導してたみたいだから、あいつなら何か知ってるかも……」
目的達成のため、頬をぱしぱしと叩いて気合いを入れると箒を握り直す。これでも
彼女は故郷では速度に定評があったので、今回もあの水色の男を絶対に逃す
ものかと意気込んで追跡を開始。いつの間にか道の端に現れていた白黒の
チェック模様の旗を振る観衆達に見守られながら速度を上げた、が……

「……! な、何だあいつ!? 本当……人間か!?」
…移動速度には定評があったはず…なのだが、魔理沙は目の前を走る水色に
唖然としていた。彼はまだ追いかけていた馬に追いつけないでいたが、しかし
振り切られてもいないのだ。馬の走る速度は平均して約60km。対する人間はと
言えばマラソン選手でも約2~30km。…これだけ絶望的とも言える差があるのに
まさに水色はつかず離れず、文字通りに馬並みの速度で走っていたのだ。

「…あいつまさか、ドーピングとか? いやいや! どんな薬物投与したって
 人間があそこまで速く走れるわけがないだろ…なんて呑気なこと言ってる場合
 じゃない! このままだと振り切られちまう!!」
確かに彼女の危惧通り、一体どこにそんなエネルギーがあるのか、馬と水色は
双方共にますます速度を上げてビル群に入っていき、こうなると魔理沙も感心
している暇はない。空気抵抗を減少させるべく身をかがめて箒に密着、一番
速度の出る姿勢で全力で飛ばした…ものの、距離の差は縮まらない。
「ば、ばっかやろ…! 射命丸なんて目じゃない速さじゃねぇか……!」
懐かしの表現で表してみれば、「キーーン」 と言ったところか。今や馬と水色は
彼女の言うとおり、おそらくDIOが世界(ザ・ワールド)で時を止めない限りは
捕まらないだろう、幻想郷最速の射命丸すらも真っ青になる速さで走っており…
しかも恐ろしいことに、その速度を維持したまま90度カーブを曲がったのだ!

「へ!? の、わ、わわ、うわぁぁぁぁああ!!?」
…一頭と一人は信じられないが曲がっていったものの、そのデッドヒートに気を
取られて二体しか目に入っていなかった彼女は曲がりきれるはずもなく、また
かなり凄まじい速度を出していたため、派手な勢いで窓に突っ込んでいった…。


「む、むむっ!? 何だ何だ! この外山を狙って遂に公安の出撃か!?」
魔理沙が突っ込んだ場所。それは知る人ぞ知る 「外山恒一事務所」 であり
彼が警戒などどこ吹く風といった様子で魔理沙に近づく一方…、普通ならば窓に…
ガラスに突っ込めば大怪我は確定なのだが、過去何度もアリスの家の窓を
ぶち破っていた経験が活かされたか、特に何の怪我をするでもなく彼女は服や
帽子の埃をぱたぱたと払いつつ、恥ずかしそうに失笑しつつ姿を現した。

「い、いや、騒いで悪かったな。ええと…、あのポスターとかからすると、あんたが
 市街地ミスパの外山か? 私は霧雨魔理沙っていうんだが、オワタ王から……」
「むっ。オワタ王の言っていた娘とはお前のことか! そう、私こそが外山恒一だ!」
「……………………」
基本的に、ミスパに限らずこの世界の住人はどいつもこいつも一癖も二癖もある者
ばかりなのだが、魔理沙は目の前の外山からそれまで見てきた連中とは色々な
意味で “違った”、ある種異様と呼べるような雰囲気を感じた。

「ふむ。…時に霧雨魔理沙よ。お前は今何歳なのだ?」
「え!? …い、いや、【1ピー!】歳だけど……?」
異様な雰囲気を醸し出していたのもつかの間、今度はデリカシーの欠片もなく
外山が魔理沙に年齢を尋ねてきた。…流石に彼女も最初は戸惑ったが、しかし
こんなところでもたついていてはマズイと、とりあえず素直に年齢を口にしたが
…彼女の年齢を聞いた途端、外山は顔色を変えた。

「【1ピー!】歳、だと? つまりまだ無権者ということではないか! それでは
 私が協力するなど…、いや待て! 今は無権者でもいずれ有権者になる!
 その際、かつて無碍にされたことを根に持たれてしまっては……」
「おーいオッサン、何ぶつぶつ言ってんだー? 戻ってこーい! んで戻ってきたら
 こいつ見てくれ! ここに載ってる本探してんだ!」
外山が何やらよからぬ気配のする自分の世界に突入しようとしていたのを察知
したか、魔理沙は彼を軽くこづいて現実の世界に引き戻すと、一覧表を取り出した。

「むむむ! さて…、む! この本は…!」
「お! 見覚えがあるのか!? で、どこにあるんだ?」
何はともあれ、目当ての本の目星がついたので彼女は思わず顔をほころばせるが
しかし外山はそんな魔理沙をしばらく妙な目つきで見た後、不意に口を開いた。
「うむ。ここにある本のいくつかには確かに見覚えがある。というのもここ私の
 事務所にあるからだ! …まぁ、くれてやってもよいのだが、条件がある!」
「条件? …な、何だよ? 金か? それとも……?」
相変わらずの異様な雰囲気を感じ、どんなとんでもない条件を出してくるのかと
彼女が身をこわばらせると、外山はにたりと笑いながら口を開いた。
「なに、簡単なことだ霧雨魔理沙! お前が20歳になって有権者となった暁に
 この外山に票を入れてくれればよいのだ! 無論友人も誘い合わせの上で!」
「は…、はい…?」
…それは、当初の想定から全く外れた条件。思わず唖然とする魔理沙に対して
彼はそれはそれは楽しそうに笑いながら話…演説か? とにかく始めた。

「この外山、ここで長きを考えて悟ったのだ! やはり何だかんだと言っても
 少数派では勝てない、多数派にならなければならないと! そのためには票が
 必要、支援者が必要なのだ! ではそれを集めるにはどうすればよいか…?
 ずばり地道な活動と、受け入れやすい公約で人心を掌握することが一番良い!
 見たまえ、我がポスターを! “市民の声を反映した政治活動” ありきたりに
 見えるかもしれないが、今までの私を知る者ならばその違いに気づき、街頭
 演説や政見放送でもこの旨を交えれば市民はこの外山が改心したと思って
 票を入れ支援してくれることだろう! …何? 実際当選したら公約を守るの
 かと? …愚問! 選挙など当選してしまえば後はどうにでもなるのだ! まず
 当選して、そこからは本当の公約 “全てをぶち壊す!” に切り替えればよい!
 蒙昧な市民共がそこで気づいても時既に遅しということだ!! はっはっは!!」
「……………!!」
まるでどこぞの悪徳政治屋のような文言を、事もあろうに自分に酔いしれたような
口調でしゃべる外山を前に、魔理沙の脳裏に “駄目だこいつ、早く何とか…、いや
もう手遅れだな…” という言葉が浮かび、その顔はぴくぴくと引きつった笑顔に
変わった。そんな彼女の考えも露知らずか、外山は今にも踊り出さんばかりの
勢いで魔理沙に指を指し、大声を出した。
「と言うわけだ、霧雨魔理沙! 本が欲しいなら、将来この私が立候補したときに
 投票するのだ! 勿論貴様一票だけではなく、友人親類含めてだ!」
地道な選挙活動と宣いつつ、やっていることはほぼ完全に強迫。現実世界なら
即刻公職選挙法違反でお縄だが…。彼女は一瞬あっけにとられたような顔を
したが、目を中に泳がせながら外山に向かって一言発した。
「い、いや、その…、そいつを条件にしたあんたには悪いんだけど……、この世界
 そもそも選挙制度なんてないんじゃないか? 少なくとも私は見たことないぜ?」
「!! な、な、何だとぉぉッ!?」
その魔理沙の言葉を聞いた瞬間、外山の脳内にガーンという音が響いた。

「し、しまった…! 言われてみればそうではないか! そもそもこんな混沌で
 形成された世界に、選挙などという秩序をもたらすものがあるはずがない!!
 な、な、何たる不覚! 馬鹿な…! この私が…!?」
彼女の衝撃的な発言?に外山は頭を抱え、苦しそうなうめき声を上げた。その
変貌振りに魔理沙は身じろぎしたが、しかししばらくすると彼は静かになって
また顔を上げると、ぐっと拳を握りながら誰にでもなく話し始めた…。
「し、しかし何をうろたえるか外山恒一! 何も政権を獲得する手段は選挙だけ
 ではないっ! かくなる上は無言の市民先導能力を持つ水色や、悪のカリスマの
 DIOを引き入れ一般市民を招集、煽動して革命を起こして……うごっ!?」
「オッサン。いー加減自分の世界に没頭するのやめてくれって…。大体そんな
 無茶苦茶やったらオワタ王の裁きがくるぜ……?」
それは、何度目のことだったろうか。また自分の世界に突入した外山にとうとう
痺れを切らした魔理沙が箒を振りかぶり、彼の頭に唐竹割りと振り下ろした。

「わ、分かった分かった! いくら全てをぶち壊すとは言っても、この外山自身まで
 壊されてはかなわんからな! …選挙がないことにはショックを隠せんが、しかし
 貴様がそれを知らせてくれなければ、私は無駄なことにエネルギーを注いで自らを
 スクラップにしていただろうから、それを気づかせてくれた貴様には礼をしよう!
 さぁ、約束の本だ。遠慮せずに持って行くがいい!」 
「あ、ああ。ありがとさん……」
この世界でミスパとして動いていたのだから、選挙制度がないことくらい気付か
なかったのかと魔理沙は問いたかったが、とりあえず黙って礼だけを言っておいた。
なぜなら……

「ううむ、しかし霧雨魔理沙! 貴様は随分頭が回ると見えるな。だからどうだ?
 この外山の右腕として…選挙参謀として働かないか? 勿論当選の暁には……」
「い、いやいや! 私は政治には興味ないし、まだ仕事があるんだ! じゃあな!」
…やっぱり、言わんことではない。この男と話をするとやはりろくでもない提案を
持ちかけてられる。彼女は思わず愛想笑いを浮かべて振り切り、事務所を飛び出した。


-荒野エリア-

「ありゃま。こりゃ本当に岩だらけの荒野だねー……」
ある種激動の市街地エリアを抜けた魔理沙が次にたどり着いたのは、先程の
市街地とは全く対照的でどこまでいっても何もない、ただ岩ばかりの見える地だった。

「聞いた限りじゃここのミスパはゴリラとコアラだって話だが…、会話とか出来るの
 かな…。私は動物語とか出来ないぞ…? ん……?」
文句というわけでもないが、とにかくぶつぶつ呟きながら飛んでいた魔理沙だったが
急にその視界にこの荒野には全く似つかわしくない建造物…野球場が入ってきた。
「は? …み、見間違いとかじゃないよな……?」
やはり信じられないようで、何度も目をこすったり瞬きをしながら確認してみるも
どうやら間違いなどではなく、本当に野球場のようだ。
「ま、マジで野球場かよ…。…しかし市街地にあるならともかく、何でこんな
 何もない荒野に? 集客率なんか殆ど見込めないだろ…、と。いけない
 いけない。ここニコニコ空間じゃ所謂一般常識なんざ通用しないんだっけ。
 …ま、とにかく行ってみるとするか……」
何のかんのと言ったところで、確かに行ってみなければ始まらない。首を傾げつつも
魔理沙は野球場に向かって飛んでいった……。

数分後

「荒野に野球場、そしてその野球場には猿人と二足歩行のコアラと。…言っちゃあ
 何だが、組み合わせとしてはこれ以上ないくらいに奇妙だな……」
「………………………………」
しばらく飛んだ後に野球場に降り立った彼女を出迎えた?のは、お馴染み荒野
ミスパのエイプマンとドアラで、魔理沙が彼らを訝しげに見ていたのと同様に
表情こそ変えなかったが、彼らもまた魔理沙を訝しげに見ていたが

「え、えーと。お前達がここ荒野エリアのミスパのドアラとエイプマンか? 私は
 霧雨魔理沙っていうんだが、…オワタ王から連絡が来てないか?」
「!」
その魔理沙の言葉を聞いた途端、二人は大きく頷いた。どうやら言葉は発せず
とも言っていることの意味は分かるようで、彼女は少し顔をほころばせ、今度は
彼らに件の一覧を取り出して見せてみた。
「ええと。今私はここに載っている本をかくかくしかじか……」
簡略化した説明だったがとにかく通じたのか、二人は一覧に目をやるとお互い
向き合い、最後に魔理沙の方を向いて首を何度も縦に振った。
「その様子だと…あるんだな? それじゃあものは相談なんだが…、その本を
 譲ってくれないか? 勿論お前達が望むなら私が出来る限りの条件をつけて
 もらって構わないんだが……、どうだ?」
「……………………………………」
何とか見つかったと魔理沙は次の交渉に入ったが、しかし当然ながら彼らの
言葉が分からない。身振り手振りを交えながら伝えたいことがあるのは
分かるのだが、流石にそれだけでは分かるはずもなく……。

「うーん? 何か伝えたいことがあるのは分かるんだが、何を言いたいのかは
 さっぱり分からないんだぜ…? 書くものも……ない。…あーあ。今思い出した。
 確かマリオが通訳できたんだよな? こんなことなら連れてくれば……」
会話も無理、筆談も無理。意思疎通が全く出来ないとあっては交渉も何もない。
魔理沙はやれやれと首を横に振ると、箒を杖にしながら頭を抑えてぼやいた、が
「イッツミー、マーリオッッ!!」
「うわあっっ!? な、何だ何だ!? …マリオ!?」
彼女がそうぼやいた瞬間…どこで聞き耳を立てていたのか、実にタイミング良く
マリオが魔理沙の背後に姿を現した。

「お、お前…何でこんなところにいるんだよ!?」 
「ハッハー! 何でここにいるのかって? 簡単なことさ! 実は分担戦闘で
 ここ荒野エリアに来て以来、ここの環境が普段のアクションの訓練に最適だと
 気付いたんだよ! だから暇を見つけちゃここに来て訓練してたっつーわけよ。
 …んで魔理沙。そう言うお前が何でここにいるんだ?」
「あ、ああ。実はまるまるうまうま……」
実際荒野に限らず、砦や寒冷地や森など色々な場所を飛び回っているマリオに
とってはどのエリアも訓練にはうってつけの環境になるだろうが、とにかく突然
現れたマリオには驚いたものの、しかしすぐに我を取り戻して彼女は本編の
FOO子よろしく、用法は違うが簡略化して状況説明を始めた……。

「成る程なぁ。お前の起こしたごたごたは話に聞いてたが、一応の決着はついた
 みたいだからよしとして…、今はその後始末のために各地を回ってんのか」
あの案件に関わっていたのは古城とピラミッドの関係者だけだったので直接は
知らなかったが、それでも彼女が奮闘したという話は伝え聞いていたので感心と
頷くマリオに、魔理沙は小さく笑いながら話を続けた。
「そう。…それで主に各エリアのミスパを尋ねてたんだが、この二人に言葉が
 通じなくて困ってたんだ。そこでマリオ、あんたに……」
「あー、分かった分かった。通訳してくれってことだな? 確かに分担戦闘で
 ここに来たときも通訳したからお安いご用だ。…んじゃ早速……」
魔理沙の頼みを受けて、マリオは笑いながら咳払いを一つしながらドアラに
話しかけ、また彼の返答に相槌を打ちながら聞き入っていた。

「…成る程。おい魔理沙! このドアラが言うには、お前の探してる本を持ってる
 らしいぞ! でも、ただではあげられない。これからゲームをして、それに
 勝ったらあげてもいいらしいぜ」
「ゲーム? …一体、何をしようってんだ…?」
裸体?のエイプマンはともかく、ドアラは野球のユニフォームに身を包んでいる
から、ゲームとなれば野球でもするつもりかと思わず彼女は身構えた。…これも
伝え聞いた話だが、普段は大人しいドアラもこと野球に関しては恐ろしい力を
発揮するらしく、まして対する自分は野球に関しては全くと言っていい素人。
…もしもゲームが野球だったらと冷や汗を浮かべる魔理沙だったが、しかし
「おうよ。…そのゲームとはずばり! “野球拳ベースボール” だ!」
「ハァ!?」
次の瞬間にマリオの口から出てきた “内容” に、彼女は戸惑いを隠せなかった。

「何だ? 野球拳を知らねーのか? 簡単なゲームだよ。ある曲に合わせて踊って
『アウト! セーフ! よよいのよい!』 このかけ声と共にジャンケンをすりゃあ
 いいんだ。んで負けた方が上から一枚ずつ服を脱いでいくゲームでな……!」
「…………………………」
宴会の罰ゲームでは結構定番となっているので知っている人も多いだろうが
とにかくマリオは野球拳を提示してくるも、その目は隠してはいるつもりかも
知れないがギラギラと光っており、また鼻息も少しばかり荒い。その異様な光景に
発案者であるはずのドアラも無表情ではあったが、“この人、何言ってるの?” と
言いたげな目つきをして、当然魔理沙の目にも明らかな疑惑の色が浮かんでいた。

「…おい、マリオ。それ本当にドアラの提案なのか……?」
「!! ば、馬鹿言うな。本当に決まってんだろ。仲間を疑うなんてお前何を…」
二人…いや三人からジト目で睨まれたマリオは必死に否定にかかるが、その目は
泳ぎに泳ぎまくっており、変な汗も顔中に浮かんでいる。もはや真相は明らかだ。
「………………………………」
魔理沙がドアラに目をやって彼も無言で頷くと、八卦炉に魔力を貯め始めた。
「…マリオ? 嘘つくんならもっと上手にやってくれないとな…? ま、それはともかく
 今本当のことを話してくれるんなら、仲間のよしみでさっきの馬鹿な提案は聞き
 間違いだったってことにしてやるぜ…? 私もお前がそんな助平親父だなんて
 信じたくはないからな…? どうすんだ、マリオ……?」
「お、おいおい、そんなマジになるなって! ほんの軽ーいジョークじゃねーか!
 今からちゃんと話してやるから、その物騒なモンしまえ! な!?」
流石にここまで来てしまっては、嘘をつき続けることは即ティウン状態への移行を
意味する。苦笑いをしながら、観念した様子でマリオは口を開いた。
「それじゃあ、本当のゲームを話すぜ! “本当は野球がしたかったけど、でも
 それだとハンデがありすぎるから誰でも出来るゲームにする。『バット大車輪』
 なんてどうかな?” とのことだ!」
「…!? バット…大車輪……だって…?」
魔理沙がドアラの方を向くと、今度は彼は大きく首を縦に振った。

「ば、バット大車輪ってあれだろ? あの…バットを地面に立ててそいつを中心に
 してぐるぐる一定数回って、回り終えたら走り出してゴールを目指すっていう…」
やや恐々とした様子で尋ねる魔理沙に、マリオは大きく笑って親指を立てた。
「その通り! 三半規管が弱ェ奴は最悪ゲロの海に溺れるってある意味恐ろしい
 ゲームなんだがな。野球じゃ多分俺が加勢しても勝負にならねぇから、まぁ
 こいつが一番妥当だろうって結論に落ち着いたんだが、どうだ? 不服か?」
「…い、いや。確かに…、こいつが一番妥当かもしれないな……」
そう言う魔理沙の顔や口調は不安の色が浮かんでいて、心中もさぞ穏やかでは
ないのだろうと思われたが、しかし心の中では意外にもにやりにやりと笑っていた。
なぜなら彼女の出身はシューティングゲーム。右へ左へ前へ後ろへ、空中での
アクロバティックな動きも数多くこなしてきたので平衡感覚には自信があったのだ。
相手のドアラもそれなりの身体能力は有しているのだろうが、こんなか弱げな
魔女っ娘がそんな能力を持ち合わせているとは知るまいから油断するだろうと
踏んで、あくまで心の中でどこぞの兎詐欺のような意地の悪い笑みを浮かべた。

「よっし。んじゃ公平を期すために俺とエイプで立会人やるか。ルールは簡単!
 このバットを軸にして10回転した後、向こうのあの線まで行けばOKだ! 
 ただし箒や魔法なんかは一切禁止、自分の体を使っていくこと。いいな?」
「ちぇー。それじゃ私に不利だけど…、まぁ、頑張ってみるか…」
ルール説明を終えてバットを手渡してきたマリオにふくれっ面を見せたが、しかし
これも言うまでもなく計算の内。箒や魔法が使えない程度の逆境で手も足も
出なくなるようでは、人外魔境の集う東方世界では生き残ることは出来ないのだ。
魔理沙とドアラの双方ともバットを地面に立てると、マリオが手を挙げ……

「それじゃあ二人とも、惨劇にならんよう気をつけてくれよ。よーい…ドン!!」
そのまま手を振り下ろすと、二人とも勢いよく回転を始めた。


「うおおおおおおおおおお!!」
正確に技術として明言されているわけではないが、バット大車輪において回転は
重要な位置を占める。無理して回転を早くしすぎるとその後の疾走が辛くなるし
かといってゆっくり回っていては出遅れてしまう。故にその辺のバランスを測ることが
大切なのだが…、先述したが平衡感覚には自信があるのだろう、かけ声の威勢良く
魔理沙は高速で回転を始めた。

「ふふふ! 高速回転して回転を早々に終えて逃げ切るぜ……、えぇ!?」
得意顔をして彼女はぐるぐると回っていたが…、横で回っているドアラの姿が
見えた途端、思わず息を呑んだ。何と同じ戦術…と言うには生ぬるい、彼はバットで
地面を掘り進めんばかりの、魔理沙を遙かにしのぐ勢いで回転していたのだ。

「な、な、な…!?」
驚きながらも回転は止めなかったが、その目はドアラに釘付けになっていた。
今や形容ではなく、ドアラが回転の軸にしているバットの辺りから石が、土が
木製のバットだというのに削られて飛び散っている。一体どれだけ力を込めて
回っているのかと思えたが、とにかく当のドアラは早々と回転のノルマを終えると
バットを地面におくとゴールに向かって走り出した。

「し、しまった…! くそ、遅れてたまるか…!」
一瞬我を失っていた魔理沙も、気を取り直して回転のノルマを終えてドアラの
後を追いかけるように走り出したが、やはり先程の回転の動揺が影響したか
いつもなら卓越した彼女の平行感覚では地面がゆがんで見えたり足がへたれる
こともなく、普段とほぼ変わらぬ勢いで走ることが出来たはずが、今日はどうにも
目が回り、体が思うように動けない。
「ぐぐ…、私としたことが…! だけどこの勝負、落とせないんだよ…ぉ!?」
…思わぬ不覚に歯がみしてすぐに頬を叩いて力強く走り出すが、一旦揺れると
立て直しが難しいのがこの手の競技の特徴?で、彼女もまた然り。普段なら
こんな事は起こらぬはずなのに、今や盤石なはずの地面が粘土のように頼り
なく、しっかり地面に足をついているのに空中を歩いているような…、まさに
バット大車輪の渦中に陥っていた。

「む、無駄ぁ! こんなことでアクロバティック魔女ッ娘魔理沙ちゃんが……!
 な、何!? あ、足に力が入らない!? この私が立てないだと…!?
 めまいがする…、吐き気もだ…! ぐ、ぐぅ……!」
まるで度の強いアルコールを摂取したときのような感覚を覚えながら、それでも
尚走り続けようとしたが、目を回したりめまいを感じたときに無理矢理体を動かす
のは愚の骨頂。ずぶずぶと泥沼にはまって最終的には悲惨な結末、特に女の子が
やると最悪の “逆流” を迎える羽目になるが…、それを承知の上だろうか?
はっきり言えば逆効果なのだが、魔理沙は頭をばんばん叩きながら走り出した。

「あーあ。ありゃ酔っぱらいの千鳥足と変わらない…、いや、どうしてなかなか
 まっすぐ走れてるじゃねーの。自称アクロバティック娘は伊達じゃねぇか…」
「…………………………」
まさしく今の彼女は絶不調と言ったところだったが、しかしマリオが言うとおり
危なっかしくはあったが前に前にと進んでおり、その進み具合は時間が経つに
つれて回復していき、最終的にはドアラと変わらぬまでに追い上げ始めた。

「おうおう。もう少しだぜ、魔理沙! 勝利はお前の手の中に!」
「く、よ、よし! 本がかかったこの勝負、絶対に、絶対に……、うふぅ…!」
時々やばそうな息を漏らしながらも、順調に距離を縮める魔理沙。ドアラも
流石に気になってきたようで、おぼつかない足取りをしながら後ろをちらちらと
確認し始めた。さぁ今度はドアラが目を回す番かと思われた、その時

「よーし! こいつはもらった……、って、何ぃぃ!?」
彼女が後ろから追い上げようとした矢先、ドアラもスピードを上げたのだ。いや
そこまでならさして驚くことではないが、何とそこから側転を始め、続けざまに
恐ろしくもバット大車輪で目が回っているだろうにもかかわらず、何と連続して
バク転をしてのけたのだ。平常時ならともかく今の状態でそんなことをするとはと
一瞬魔理沙はイカサマを疑ったが、立会人としてマリオもいたし、そもそも彼?が
ドリルのごとく凄まじい勢いで回転していたのは自分も知っている。つまりドアラは
素で…持ち合わせた身体能力だけでこれをやっているということに……。

「あ、あいつの三半規管はどーなってんだ…!? 前職がサーカスとか…!?」
虎や象ならともかく、コアラがサーカスに出演するという話は聞いたことがないが
しかし目の前のドアラは確かに曲芸師顔負けの体術を披露しており、果ては
ムーンサルトまでやってのけた。…圧倒的な差を見せつけられて、これは勝負
あった、勝てるわけがないと思わず魔理沙は地面に手をついた…が、その時
誰もが予期せぬ出来事が起こった。
「おおー……、おお!?」
いくら神がかったような動きをしていたとはいえ、ドアラも一応は生物だったようで…
…華麗にくるくると宙を舞ったが、やはり大車輪の影響で平衡感覚は狂っており
着地の際にバランスを崩し頭から落下、首から嫌な音を立てて崩れ落ちた……。


「この、ばっかやろ…! やっぱり無茶だったんじゃねーか!」
「い、一応ゴールはしとくけど……、大丈夫かよ、ドアラ!?」
最後の最後で大番狂わせと言うべきか、とにかく地面に倒れて動かないドアラの
元に、二人と一体が駆け寄ってきた。…頭から落ちて首から嫌な音がしたとなれば
もはや彼がどういう状態にあるか言うに及ばず。誰もが最悪の状況を思い浮かべ
顔を青くさせたその時…、皆の心配をよそにドアラがむっくりと体を起こした。

「……え? ど、ドアラ……?」
エイプマンは変わらぬ様子だったが、あんぐりと口を開ける二人を前にドアラは
頭をぶんぶんと振って首をこきこきと鳴らしてみせた。…言うまでもなく、死亡は
おろか頸椎に異常があるようには全く見えず、魔理沙ははらはらしていたのだが
目が覚めたドアラはまったくどこ吹く風。元気にまた走り回ったりバク転を披露
したりと、以前と全く変わらぬ俊敏ぶりを発揮した後にマリオに話しかけてきた。

「え? なになに? …最近頭が重かったから首にコルセットを当てていて、あの
 嫌な音はそれが壊れた音? …ハッ! まったく驚かせてくれるじゃねぇか…」
「な、何だよ、驚かせてくれて……!」
ことの真相が明らかになって呆れ笑いを浮かべるマリオとへなへなとその場に
崩れ落ちる魔理沙と。ドアラはそんな二人を見た後エイプマンと顔を合わせ
しばらく無言の会話をした後、またマリオに向かって何事か言い始めた。

「ん? …ああ分かった。ええとな、魔理沙。ドアラが今言うには
“心配かけてごめんね。でもとにかく勝負に勝ったのは君だから、約束どおり
 ほしがってた本をあげるよ。これでいいんだよね?” とのことだ」
通訳しながらマリオはドアラから本を受け取り、魔理沙に手渡してきた。確かに
そこには当初自分が望んだ本が、きっちりと揃えられていた。
「あ、た、確かに…。…ありがとな、ドアラに…エイプマン…」
魔理沙がぺこりと頭を下げると、ドアラはびっと親指を立てて返事をして
エイプマンは…聞いているのかいないのか、相変わらずステップを踏んでいた。
「…何にしても、これで殆ど揃ったな。後はニコニコエリアだけか……。
 それじゃ悪いけど、急ぐんでな。よいしょ……と?」
挨拶もそこそこに本を袋に納めて、魔理沙が箒に飛び乗って空に消えようと
していた…その時、なぜか彼女の肩を掴む手が。まだ何かあったか?と
振り返ってみたら、何故か二体ではなくマリオが肩を掴んでいた。

「おいおい忘れ物だぜ魔理沙、これから第二回戦といこうじゃねぇか!」
「ハァ!? お、おいマリオ! お前一体何を……!?」
相手方のエイプマンやドアラが言ってくるならともかく、何故味方のマリオが!?
唖然とする魔理沙を前に、彼は目を血走らせながら息を荒げて…口を開いた。
「第二回戦。今度はエイプマンを相手にして野球拳をするんだ! …なーに
 安心しろ! たとえお前が負けても俺がきっちり骨は拾ってやっから……」
…目をぎんぎんに真っ赤にして息を荒げ、しまいにはじゅるりと涎を飲む音まで
立てて彼女の方に一歩近づくマリオ。先程やめたにも関わらず、何故また性懲りも
なく? その異様な光景にドアラやエイプマンすらも呆れてかっくりとうなだれ、当の
魔理沙はぶるぶると震えて、きっとマリオを睨みつけた。
「ばっかやろー!! そもそもエイプは服着てない、やったところで私が100%
 負けるじゃねーか! エロ暴走も大概にしろこの助平親父がーーー!!」
「ば、馬鹿はそっちだ! いいじゃねぇか減るもんでもなし……」
「ファァァァイナルゥゥ・スパァァァク!!」
…本日、二度目。何故か二回ともその対象はミスパではなく味方側だったが…
とにかく局所的極大ファイナルスパークが、轟音と共にマリオに叩き込まれた…。


「まったく…! 連れがみっともないとこ見せたな。詫びとくぜ……」
「………………………………」
まさに自分の全力を直撃して、消し炭寸前にまでなったマリオらしき物体をよそに
彼女が頭を下げると、二体は相変わらず無表情でいいよと手を横に振り
その中のドアラが一歩前に出て、魔理沙に向かって何かを差し出してきた。
「? な、何だこれ…、え……?」
ドアラが差し出してきたのは、ストラップよろしく鎖のついた野球のボールだった。
それもただのボールではなく、二人が描いたのであろう、ご丁寧にも似顔絵つきの
サインの入った代物だった。

「これ…くれるのか?」
魔理沙が尋ねると二体はこくりと頷いて箒の柄の部分を指差し、それで言いたい
ことを察したか、鎖をいじくって箒の柄にボールを取り付けた。
「ふ、ふふふ……。結構似合うじゃねーか。どうだ?」
照れた風の口振りの通りに箒をいろいろな方向に降ってみせると、二体も
そのボールの動きを目で追いながら、何度も頷いて見せた。

「ははは…。い~い土産もらっちまって…、本当、ありがとな。じゃあ……」
“うん。楽しかったよ。じゃあまたね!”
「!? え……?」
ニコニコとまさしく満面の笑みを浮かべ、しかしどこか名残惜しそうに魔理沙が
手を振ると…、突然、予期せぬ返事が。それも耳にではなく頭の中に直接響いて
返ってきたのだ。まさかと思ってドアラ達と目を合わせるも、彼らはやはり変わらず
手を振ったりステップをとるのみで、特別反応を見せた風はなかった。
「……。ま、いいや。それじゃ、またな!!」
お互い手を大きく大きく降りながら今度こそ飛び立って、魔理沙は荒野エリアを
あとにしていった…。

斜刺
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2008年12月10日(水) 22時10分35秒 公開
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■作者からのメッセージ
思いの外長くなってしまったので、今回は
市街地と荒野だけで区切りました。
これを機会とバット大車輪をやってみましたが
ダメですね。逆流しかけました……

この作品の感想をお寄せください。
風神とも言える程度の速さを持つ文と並ぶ…
いや、それ以上の速さの水色…!?
こ、これはとんでもない展開だッッ!?
『速さが足りてる』ってレベルじゃねーぞ!ww

マリオ…あれ?なんだろう。眼から煮えたぎる真っ赤なトマトジュースが。
でも、マリオも『オッサン』だからね、仕方ないね。

ドアラの声(?)が聞こえた時に
ほんのり切ない気持ちになったのは私だけ?
50 遊星γ ■2008-12-25 22:54:06 121.110.65.13
おおお、新作乙です!

しかしマリオwwww自重しろwwww
射命丸並のスピード(無言)で走る水色を想像して笑いましたwwシュールすぎるwwww
50 素人A ■2008-12-11 20:56:40 123.222.59.121
ふと魔理沙が野球拳で本当に勝負していたら、あのドレスは何回まで負けても
裸にならないのか・・・少々興味がありますね。
かなりパーツが多そうだw

水色のシーンが短かったのが少し残念、絡みづらいキャラなのは分かりますけどww
30 Akazu ■2008-12-11 13:10:45 210.131.217.177
マwwwリwwwwwwオwwwwwwww
外山の反応が面白すぎると同時に何言ってんだマリオww
練習のしすぎで情熱をもてあましたか?www

これは後篇に期待。
50 名無しと呼んでください ■2008-12-11 08:18:10 221.36.140.3
久々の投稿、お疲れ様です。

市街地が割とあっさりで意外でしたが、荒野は…満足ですよ。

野球拳…じゅるり。
ん?いや、何でもないですよ。

後編もゆっくり待っています。
50 ■2008-12-11 07:42:22 124.83.159.221
合計 230
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