“いにしえの、大妖怪! それもかの仇敵矢部野ピコ麻呂と対峙してきた、魑魅魍魎と  流れを同じくする東洋の悪魔、妖怪! 絶大な力を持つこの妖怪なら、ピコ麻呂を  完膚無きまでに叩き潰し、屈辱のうちに地に這いつくばらせることができる…!!   無論、これだけの力を持つ妖怪のことだ。復活させてもピコ麻呂を倒せと命じた  ところで、そんなものは聞くまい。…だが、それも別に構わない。  なにせ我ら混沌の…闇の勢力と敵対する最大の勢力がピコ麻呂率いる陰陽師一行  なのだから、遅かれ早かれどこかでぶつかる。妖怪のキュウビが相手となれば  必ず彼が前に出て闘いを挑むだろう。…キュウビの力も知らずに、自信満々に…!”    …あの時の自分は、特にキュウビを復活させてからの自分は、毎日興奮と歓喜で 満ちていた。ピコ麻呂がキュウビの前に現れる日がいつになるか、まるで子供の ように、そんな日をわくわくしながら思い浮かべていた。 “何? ピコ麻呂一行がNiceboatを破った…? …これは面白い!  ますます混沌の、キュウビの目につくところになる…! いいぞ! いいぞ!  もっとも、本格的に奴が出張るとするならば最低でも魔王・高町なのはが破れた後に  なるだろうが…、いよいよ現実のものとなる日が近づいてきた…!”  だが今からしてみれば、キュウビの存在は…西洋の神話で言うところの 『パンドラの箱』 のようなものだったと言える。開けたが最後、あらゆる厄災が 噴き出してくる禁忌の存在……。 しかし厄災を与えるのなら、我らの勢力にはうってつけではないか。そう考えていた ものだったが、それが間違いだと分かるまでに時間はかからなかった……。 “な、何だ、これは…!?”  ピコ麻呂一行とは別の、とある敵対勢力をキュウビが壊滅させたのと知らせを 耳にし、一体どんな風になったのかと駆けつけてみたら…、瞬間、凍り付いた。 闘いは砦の中で行われていたようなのだが、部屋の天井からその敵対勢力の者が キュウビに切り刻まれたのだろう、傷だらけになって何人も逆さに吊り下げられており… 何とその体から流れてくる血を、キュウビはさも美味そうに飲んでいたのだ。 “クカカカカ…!! 実ニ美味ヨ! 人間ノ血ヨリモ美味イモノハナイ…!!  …ウン? 出ガ悪クナッタナ…。ナラバ……!” “!! や、やメろッ!! ヤメろぉォォ!!”  血液の出が悪くなった者は、再び切り刻まれ、新たな傷口から血を噴き出して…。 それを繰り返されて衰弱し、何をやっても血液が出てこなくなった者はキュウビが その首筋に噛みつき、しばらく肉と骨を削るような嫌な音が聞こえてきて、そして…… “う、うぅ、……!!” “な、奈緒! どうしたのです! しっかりなさい!”  …自分も背筋が寒くなったその光景、獅子手奈緒や水銀燈、闇サトシなど 闇の軍勢にあっても耐性がない者にとっては、正視に耐えうる代物ではなく。 しかも “…クカカカカッ! 生キナガラ炎ニ炙ラレル感想ハドウダ…? 足ノ先カラ頭ノ  テッペンマデ、万遍ナク焼キ尽クシテ…、最後ニハ丸ゴト食ラッテヤロウ!  サァ、踊レ! 踊レ! タップリ叫ンデ踊リ回レ!! クカカカッ!!”   “…サテ、ドウシタ? マダ指ノ頭ヲ切リ飛バシタダケデハナイカ?  コレカラ順々ニ関節ヲ一ツ一ツ切リ離シテ、バラバラニ分解シテクレル…。  チョウド、昆虫ノ標本ノヨウニナ……!”  歯止めがなければ当然だが、残虐行為は留まるところを見せなかった。  皆がキュウビに対して抱く感情は、いつしか恐怖そのものに変わっていった。 それはもちろん、復活させた自分もまた例外なく。いや自分に限っては、恐怖に 加えて強い後悔まで感じるようになった。  何故、こんな化け物を復活させてしまったのか。  何故この化け物を見つけたときに、こうなることを想定していなかったのか。  何故……… …………………………………………………………… 「…坊主さん? 番長さんとてゐが戻ってきましたよ…?」 「!! こ、これは失礼! 考え事をしておりまして……。  …では、早速ですが。結果の報告と参りましょうか……」  だが、過ぎたことを後悔しても何にもならない。今は今できることを、全力でやる…。 それが最も重要だと坊主Cは深く息を吐き出し、すっと立ち上がった。 ……………………………………………………………  永琳の部屋に、再び四人が揃い。 「ではまず、私の方から始めましょうか。  …流石に天才・永琳殿の協力がありましたのでね。こちらは上々と言った  ところです。キュウビ相手にも後れを取ることはないでしょう……」  その口ぶりからするに、相当なものが出来たのだろう。坊主Cはぐっと手を 握ってみせ…、そのまま今度は削除番長に顔を向けた。   「そして番長、そちらはどうでしたか?」 「おう。やっぱり予想通りじゃったわ。…白菜が落ちたっちゅう谷の辺りをくまなく  調べてみたら、臭う臭う。あのくそったれが “神格世界” に使ったんじゃろう  妖気がぷんぷんとな……」 「! …おそらくそうだとは踏んでいましたが、やはりそうでしたか……」  どうやらこの結果、二人には覚えがあるようで。…坊主Cと削除番長はしばらく 顔を見合わせた後、どちらからともなく口を開いた……。 「…と、いうことは…。これで白菜が死んどる可能性はなくなったわけじゃな…。 “この手段” を執るとき、キュウビは獲物を最低二週間はいたぶり続ける……  肉体的にも精神的にも壊れるギリギリのところでなぶり者にするから、裏を返せば  その間に救い出せば万々歳、っちゅうわけになるが……」 「とは言え、想像を絶するおぞましさのキュウビの責め苦で、心身に後遺症を負って  しまうという危険性も無いとは言えません。そこは白菜殿の精神力に賭けるしか…」  近くにいた永琳達にも分からないくらいの声で、二人はしばらくの話し合っていたが 結論が出たのだろう。坊主Cと番長は尚も険しい顔をしたまま、永琳とてゐの方に 振り返った。   「お二人のご協力、感謝いたします。おかげで調査は無事終了いたしまして……  …結論を話しますと、やはり我らが当初予想していたとおりでした。白菜は今も  存命していることが、まず間違いなくなりました……」 「!!」  坊主Cのその言葉を聞いた途端、二人の顔に驚きと…そして喜びの色が浮かんだ。 何せまだ無事を確認したわけではないが、とりあえず存命の可能性が確実なものと なった。それはこの上ない朗報になり得たわけだが…… 「…ですが、白菜が生きていると言っても…、正直なところ、彼が正気でいるという  保証までは出来ません。最悪の場合は命はあっても、キュウビの拷問で発狂して  いるという可能性も……」  …キュウビに囚われている者を、救い出す。これだけでも想像もつかないような 困難であるのに、その人質の正気まで確保しなければならない。 人質は無事に救い出し、敵も確実に倒さねばならない。両立しなければならないのが 辛いところではあると坊主Cらは顔を歪めたが、しかし永琳は妙に落ち着いた様子で 首を横に振った。 「…生きてさえいれば、後はどうにでもなります。白菜君が生きて帰ってさえすれば  鈴仙も元気を取り戻しますし、どんな酷い状態でも私の薬で時間をかけていけば  治すことも出来ます。生きてさえいれば……」  白菜の生存。それこそが、“それだけが”今時点では彼女らにとっての何よりの希望。 彼があの世に旅立ってしまったのなら、それを呼び戻すことは叶わないが…。 まだこの世にいるのなら。それがたとえ廃人になってしまっていたとしても、自身の薬で 治すことも出来る……。 朗報に色めきだった永琳達の様子に坊主Cらも若干顔を緩めたが、すぐにまた元に 戻って。距離を若干縮めてまた話し出した。 「それでは、これからを話しても問題はなさそうですから…、お話ししましょう。  説明いたします。…今回の調査で判明したのは、キュウビの居所でございまして  奴は今、“神格世界” なる場所にいるのです」 「!! 神格…!? ということは、キュウビは神の力を…!?」  キュウビの力の強さに関しては自分たちも薄々ながらその肌で感じていたし、坊主C から聞いていたのである程度は理解していたが、まさか神の領域まで達しているのか。 思わぬ事態に永琳とてゐは背中を震わせたが、そこに番長が手を横に振りながら 前に出てきた。 「ああ、違う違う。説明が足らんかったの。…奴は昔から闘いをするときには、絶大な  妖力を持っておるが故か、神を気取って神の降りる世界 “神格世界” の偽物…  正式には “妖気結界” ちゅうんじゃが、そいつを作る。まぁワシらは神気取りの奴に  皮肉を込めて “神格世界” と呼んでおるんじゃがな。  それで、その世界は…名前の通りに結界の性質を持っておって、外から入ることも  中から出ることもかなわん。獲物はその中で逃げることも叶わず、一方的に奴の  玩具になるんじゃ……」 「そ、そんなものが…。その、結界…だっけ? キュウビみたいな化け物が作った  結界って、相当に強いんじゃない…? 」 「左様です。…何せ奴がそれを作るのは、自分が神と同等であるという威厳……  我々からしてみれば思い上がりにしか見えないのですがね、とにかくそれを見せつける  意味合いもあるのですが、最大のところは捕らえた獲物を逃さないというところに  あったのですよ……」  せっかく獲物を手に入れても、逃げられては面白くない。ゆっくりと楽しむためには 逃げ場を無くす必要がある…。キュウビがそう嘯いているのを彼らは実際に耳にして おり、そう豪語するキュウビの結界はやはり見たこともないくらいに強力なもので おおよそ侵入できる余地などないようにも思われた……。 「ですが、我々にも考えがあります。…では引き続き、白菜奪還計画……  お手伝い願えますかな?」 …………………………………………………………… 一方、キュウビの神格世界…妖気結界にて。 「やめろ…。やめて…くれ…! もう、やめてくれ……!!」  自分はこれまで、散々暴力に明け暮れてきた。 人の涙や慟哭など見飽きるほどに見てきており、またそれらを容赦なく踏み潰してきた。 敵を言いように嬲り、それ自身が必死の形相で命乞いをし、部下や取り巻きがもう やめろと哀願してきたのを一切無視して、暗い快感に身を任せて踏みにじり…… 彼らがそれで一層、絶望に涙するのに言いようもなく心が騒ぐのを感じた。彼らが泣く たびに、彼らに向けられた攻撃の手が一層激しさを増した。 …自分にはもはや、情愛などというものは欠片も存在していない。身も心も魔王候補 なり得た、そう実感して揺るがなかった。 「“ヤメロ”…ダト? …カカカッ! コレハ奇妙ナコトヲ言ウ!  我ハ貴様ニハ、何モ攻撃ヲシテオラヌデハナイカ! 妖気ヲブツケルコトモ剣デ斬リ  ツケルコトモセズ、単ナル噛ミツキ引ッ掻キスラモセズ……。  一切ノ攻撃ヲシテオラヌ! ナノニ “ヤメロ” トハ如何ナルコトカ? クカカカッ!!」 「………!!」  それが今は、どうだろう。確かにキュウビはその言葉通り、白菜をここに捕らえてから 攻撃らしい攻撃は一切加えていない。やったことと言えば、悲嘆に暮れる鈴仙の姿を スクリーンに映し出しているだけなのだが…… “やめろ…! やめろやめろやめろやめろ、やめろ!! やめろ……!!  苦しめるなら、俺だけにしろ…!! こいつに一体、何の罪がある…!!”  その彼女の姿を見ただけで、他人のこんな姿など見慣れていると自負していたものが 全くの雲散霧消。自分の心を激しく揺さぶり、意識が暗黒へと引きずり込まれる。 息が全く出来なくなり、その目に涙までもが浮かんでくる。 そんな光景を見たくないために、目を固く閉じ耳を固くふさいでみるが…無意味。 キュウビの術だろう、無音暗黒の世界に再び同じ光景が…… 「魔王候補ヲ殺スノハ剣デモ魔法デモナク、女ノ涙ダッタ……。  カカッ! カカカッ! カーッカカカカッ!! 何ト腑抜ケタ魔王候補カ!  …事ノツイデダ。オ前ニ面白イモノヲ見セテヤロウ……!」  高笑いするキュウビの笑い声がなくなったと思うと、次の瞬間…… スクリーンの映像が変わり、新たに映し出されてきたのは永琳達四人の姿… かつての同僚達の姿に、白菜は大きく目を見開いた。 「な…! 坊主に、番長だと…! どうしてあいつらが、永遠亭に…!」 「“麗シキ友情” トデモ言ウベキカ…? 我ガ貴様ヲサラッタノヲ聞キツケテ、ヤッテ  キタヨウダガ…、無駄ナコトヨ。奴ラデハ10割方我ニハ勝テヌシ、ソモソモ我ノコノ  空間ニ足ヲ踏ミ入レルコトスラ叶ワヌ! …故ニ! 奴ラガ無駄ニ足掻キ、絶望ニ  暮レルソノ姿モ追加トシテ、オ前ニ見セツケテヤルトシヨウ……」  …鈴仙に引き続き、また白菜を苦しめる新しい手段が手に入ったとキュウビは ほくそ笑み、相変わらず禍々しさを感じさせる声で白菜に語りかけたが…… …当の白菜は、そんな声は耳に入っていなかった…。 “…あいつらが、どうして……。どうして、俺なんかを……” 続く  まだ落ちる。まだまだ落ちます。 …でも、「落とし上げ」だということをお忘れずに……