「う……ん…? どこだ、ここは……?」  …場所は、不明。一面が真っ暗な…天地すらもが定かではないような場所で 白菜は目覚め、頭をおさえて左右に何度か振った。 「…そうだ。確か俺は、あのクソ畜生野郎に…やられて……」  頭を振って意識がはっきりしてくると、周りに目をやる。…一面が真っ暗で どうやらそんなに広くない…言うなら洞窟のようなところにいるのだと理解でき 続いて脳裏に自分が意識を失う直前の光景が浮かんできた。つまり、妖魔王 キュウビと対決して敗れた、あの時の光景が…。 「…だが、俺はどうして…生きている? あの野郎、殺さなかったのか……」  キュウビに敗れ、薄れゆく意識の中で白菜は死を覚悟していたものだったが それが何故か今ここで生きている。あの妖怪が、まさか自分を見逃したとでも? 否。…あれだけ殺意に目をぎらつかせていたキュウビが獲物を放り出すなど あり得ようはずもない。ならば理由は何だと考えていると、その時 「クカカカカ…! ソノ理由ヲ知リタイカ? 簡単ナコトダ!  コンナ楽シイ玩具ヲ手ニ入レタノハ久方ブリナノデナ! 混沌ノ命ニ従ウ意味モ  兼ネテ、タップリト楽シマセテモラワネバナ!!」 「ッ!! この声は……!!」  その不気味な声は、忘れることなど出来るはずもない。…闇の中から狐の面が 浮かび上がったと思うと、キュウビの白金色の巨体が姿を現した。 「てめぇッ!! この腐れ……、ぐわッ!?」 「無駄ダ! 今ノ貴様デハ、我ニ指一本スラ届カヌワ!」  キュウビの姿を目にするや否や、白菜はやはり顔に怒りを浮かべて飛びかかろうと したが…、何かしら結界が自分の周りに檻のように張られているようで、激しい火花を 散らせて弾き飛ばされ。キュウビがまた高らかな笑い声を上げるその前で、予期せぬ 衝撃に悶えながら白菜はキュウビを睨み付けた。 「…今までてめぇのことは覚えてなかったが、さっきようやく思い出したぜ……。  見たくもなかったぜ。混沌直属の大妖怪、妖魔王キュウビさんよ!!」 「! …カカカッ! ヨウヤクソノ貧相ナ頭デモ思イ出セタカ……」  キュウビはもとより、おそらく白菜もまた魔王候補の力を持つ者として単独で動いて いたことが多かったから、キュウビと面識はほとんどなく、他から聞く程度でしか 知らなかったのだろうが…、相手がどれだけ強大な存在か分かっても白菜がまだ これだけ強気でいられるのは流石といったところで、眉をつり上げて敵意を露わに するが、しかし対するキュウビは…、そんなものはまるでどこ吹く風といった様子で 仮面の奥で含み笑いをしながら、不気味な一言を言ってのけた。 「クカカカッ! …マァ、ソウイキリ立ツモノジャアナイ……。  セッカク我ガ貴様ニ、面白イモノヲ用意シタカラ見セテヤロウトイウノニ……」 「何ぃ…!? 面白いもの……だぁ…!?」  面白いものと一口に言っても、悪役の言うそれがどういうものかは今更言うまでも なく…。おそらく自分を拷問にかける下準備か何かだろう。白菜はそう直感した。 “あの時俺を殺せたのに殺さず、こんなところに連れてきたのもそのためだな……。  だが、俺もこの魔王候補になるまで色々辛酸をなめてきた…。てめぇの責め苦は  凄まじいんだろうが、どんな苦痛を与えようが、俺が陥落すると思うな…!”  弱肉強食、適者生存。魑魅魍魎の世界の鉄則中の鉄則である。 どんな立場にあろうが、油断をしているとあっという間に寝首をかかれてその座を 奪われる。過去何百年と繰り返されてきた血塗られた歴史であり……  …白菜はその中で、魔王候補の地位を得ていた。当然そこに辿り着くまでに また辿り着いてからも敵対勢力や魔王の座を狙う者との闘いに明け暮れていただろう。 故に白菜はまだ年若くとも強靱であり、生半可な苦痛などものともしないという自信も 持ち合わせており、キュウビを目の前に実に堂々とした態度でいた。 しかし 「? 何だ、ありゃ…? スクリーン……?」    そんな白菜を前に、キュウビが赤黒い光の中から何かを取り出してきた。 …それは白く光る板状のもので、白菜の言うとおりのスクリーン…。何かがぼんやりと 映し出されてきて…… 「誰か、人が映ってる……、!!?」    最初はぼやけていた目の前のスクリーンはじきに焦点が合い始め、誰かの姿が 映し出されてきて。それが誰か判明するや否や、白菜は目の色を変えて結界壁に 手をつくほどに体を前に出した。…スクリーンに映ったのは、他でもない…、悲しみに 泣き暮れている白菜の想い人、鈴仙だった。 『白菜…! はくさい…!! …どうして、いなくなっちゃうのよ…!   私、寂しいの、怖いよ…! あなたがいないの、嫌だよ……!!』 「鈴仙ッッッ!!」  ばちばちと結界壁が自分の体を焼く音がするも、全く意に介していない様子で 白菜は深い悲しみに沈んでいる鈴仙が映されたスクリーンにかじりついた。  …自分が出て行くときも、あれほど不安そうにしていた鈴仙のことだ。ならば 自分が帰ってこなければそれをやられたのだと思い込んで、ああやって悲嘆に 暮れるのもやむなしと言えた……が 「鈴仙が、どうして……。このスクリーンに、一体どうして………」  しかし、今回はそれだけで話は済まない。何せ凶悪無比の大妖怪・キュウビが 絡んでいるのだから。狙った相手を存分に苦しめることを愉悦とする残忍な 性格をしているというのだから、そんなキュウビが鈴仙をスクリーンに映し出した 今の状況を鑑みると……。白菜は、顔色を変えた。 「ま…、まさか、キュウビ! まさかッ!?」 「ホウ、随分ト察シノヨイコトダ…。…貴様ノ考エテイルトオリダロウ。  ……貴様ヲタダ嬲リ殺スヨリハ、コチラノ方ガ楽シメルト思ッテナ…?」  “自分に” 苦痛が降りかかるのなら、どんなものにだって耐えられる……。 だがそれが、自分以外の者が対象となるとすれば…? 「何だと…!? 馬鹿野郎!! あいつに何の関係がある!! 粛正の標的に  なってんのは俺だろうが!! あいつを苦しめる意味が、どこに……」 「クカカカカ!! 何ヲ言ウ! コレガ貴様ヲ最モ苦シメル、最上ノ手段ヨ!  …恋人ガ、愛シイ者ガ泣キ叫ビ、心ノ底カラノ苦シミノ声ヲアゲル……。  今ノオ前ニトッテハソレコソガ、何ヨリモ見ルニ耐エガタイ光景ダロウ…?  ソレヲ存分ニ聞カセ、見セツケ! ソノ後ニ貴様ノ首ヲ跳ネ飛バシテヤロウ!  何ナラ貴様ヲ殺シタ後、ソノ首ヲアノ娘ニ送リツケテモ良イガ…? カカカッ!」 「な……ッ!! 何て、ことを……!!」  自分だけがキュウビの手にかかるだけならまだしも、まさか鈴仙まで殺すつもりか 白菜はそう考えたわけだが、しかしキュウビの考えは想像を遙かに超えるおぞましい ものであり…。…絶句する白菜を前に、キュウビは声高々に吼えたけた。 「…何ヤラ小賢シイ虫ケラ共ガ現レタヨウダガ、ソンナモノハドウデモヨイ……。  コノ娘ガ悲シミニ潰エルノガ先カ? ソレトモ貴様ガ終ワルノガ先カ……?  マァドチラニシテモ、最期ノ断末魔ハ素晴ラシイモノガ聞ケソウダナ…!   カカカカッ! カカッ! クカカカカカカッ!!」 「………!!」  かぶった狐の仮面の奥で、口を三日月に釣り上げて笑っているのだろうキュウビの 姿に、言葉に、白菜は息をすることすらも忘れるような底なしの寒気を、生まれて 初めてその全身に感じていた……。 ………………………………………………………………………… 一方の、永遠亭にて。 場所は相変わらず永琳の部屋にて、坊主Cと削除番長、永琳とてゐが何やら せわしなく動き回っていた……。 「さて。そんじゃあこれから調査を…、ワシは実際に白菜が落ちたっちゅう谷を  調べに行くから…、兎の嬢ちゃん! 一緒に来て案内してくれるかのう?」 「あ、は、はい! 案内します!!」  …これが普段の彼女だったら、こんな素直な態度は相手を罠にはめる気満々で ある証だとてゐを知る人は判断するだろうが、流石に今はそんなはずもなく。 番長の荷物を持ち、袖を手で引っ張って足早に永遠亭を後にした。 「あんなに素直なあの子の姿は、初めて見たわね……。ふふ……  …それで、坊主Cさん? 私たちは何を……?」 「そうですね。…ではまず、今から言う薬剤を用意していただけますか?」  てゐの普段は絶対に見せないような態度に永琳は苦笑しつつ、今はどんな ことでも行動あるのみと坊主Cに声をかけると、坊主Cは顎に手を当てて考えた 様子を見せ、しばらくすると永琳の方へ振り返り、ある薬の名前を口にした。 その薬なら在庫がある。永琳はやや興奮したような面持ちで首を縦に振った。 「ならば、それを持ってきていただくとして…。もう一つ。あの白菜殿の恋人の…  鈴仙さんといいましたか、今は部屋に閉じこもっているようですが、彼女の監視を  お願いできますか? …何せ、万が一彼女に自殺でもされたら白菜を救い  出しても何の意味もなくなってしまいますし、そうでなくても恋人が死んだと思って  いる今の精神状態では、何をしでかすか分かったものではないですからね。  ですから……」 「はい。…そのことは私たちも承知していまして、既に鎮静剤などを与えたのですが…  …あの子の悲しみは想像以上に深く、大した効果は得られていないというのが  実際のところです。薬師としてはふがいない話ですが、ね……」  これまで自分は薬師として数々の薬を作り、数多くの “奇跡” を起こしてきた。 天才と呼ばれ、どんな病でも自分には治せないものはない。そう自負していた ものが、悲しみに暮れる愛弟子を癒してやることが出来ない。 …一番治してやりたい者を治せないとは、大した天才だ。永琳は自分を皮肉るような 苦い笑みを浮かべたが…、そんな彼女に坊主Cはふっと小さく微笑んでみせた。 「大丈夫、でございます。…あの二人は元の幸せな生活を取り戻すことが出来ますよ」 「…お気遣い、ありがとうございます。ですが……」  坊主Cの気遣い…確かにそれは嬉しいものではあった、もちろん自分も白菜の無事を 願っていることには違いないのだが、如何せん現状が現状だけに永琳も答えることが 出来なかった。…しかしそんな永琳を前に、坊主Cは尚も続けた。 「永琳殿、勘違い召されるな。…我らは元とはいえ、ミステリアスパートナーズの一員。  元より我らは気休め等というものは考えません。助かる見込みがなければ、あるいは  限りなく薄かったら、『大丈夫』 などと言う言葉は一切吐きません……。  ですが私は、今回言いました。この意味はお分かりですな?」 「…………はい」  …確かに、そうだ。彼らもまた、ミステリアスパートナーズ…相当な実力者なのだ。 白菜がそうだったように、彼らも気休めなどというものに縋ることはするまい……。 …先ほどとは段違いの心強さを手に入れ、永琳の顔には幾ばくか覇気が宿った。 ………………………………………………………………  一方、場所は永遠亭付近の竹林をぬけた崖にて。件の調査をしているのだろう てゐと削除番長の姿が見えた……。 「それで、ここで白菜兄さんは…、真っ逆さまに……」 「白菜の奴は、ここから落ちていった…と。成る程のう。確かに血の跡もあるわい…」  あの時の白菜の様子が、脳裏に浮かんでくるのだろう。てゐの顔色は真っ青を 通り越して既に青白くなっており、息も浅く早く、今にも過呼吸で倒れてしまいかねない といった様子だったが、そこをぐっとこらえ。削除番長に向かっておそるおそる 声をかけた。  「でも、番長さん…。もしこの調査で、白菜兄さんが死んでるって分かったら……  番長さん達、さっき兄さんは生きてるって言ってたけど、それでも、万が一……」  調査を進めるということは、事実を浮き彫りにするという意味である。そして事実は いつも望ましいものが現れてくるとは限らない。てゐはそれを恐れていた。 自分たちが調べて出た結果が、絶望の後押しになるのではないか。自分や永琳も ともかく、特に鈴仙が…、彼女を完全に破壊してしまうことになるのではないか。 そう考え、肩を落としてうなだれるてゐだったが…、すると削除番長は。膝を折り曲げて 彼女と顔の高さを同じにすると、おおよそ今まで見せたこともないような優しい笑みを 浮かべててゐの頭を撫でた。 「あの白菜が、こうまで他人に慕われるようになったか。…いやはや、世の中は  分からんもんじゃが…。嬢ちゃんは、白菜が好きか?」 「う、うん。…鈴仙も兄さん大好きだけど、私も…兄さんのことは、大好きだよ。  最初会ったときは怖い人だと思ってたけど、でもとっても優しくて、私にもよく  してくれて、一緒に遊んでくれて……」  くすくすと鼻を鳴らし始めたてゐの頭を、番長は尚も優しくなで続けていたが… じきにそれもやめ。今度は彼女の両肩に手を置くと、表情を真剣なものに変えて てゐと目を合わせながら話し出した。 「ほうか。…じゃったら尚のこと、しっかり調査はせんといかんぞ。  …確かに調査を進めれば、受け入れたくもない事実が浮かんでくることもあるわ。  じゃが、それは仕方のないことなんじゃい。事実は事実。変えようがないからの。   …それよりも一番マズイのが、物事をうやむやに終わらせることじゃ。白黒はっきり  つけておかんと、後々絶対に後悔することになるからの。  …安心せい。実は今回のところ、ワシらは白菜を襲った奴を知っておるからな。  奴は必ず救い出してやるわい。…こいつは気休めじゃなく、絶対に絶対じゃ…」 「……うん! 分かったよ!!」  こちらも、心強さは先ほどと比べものにならないものになり。番長の手を引いて 必要な機材を取り出し、二人は早速調査へと乗り出した。 続く 一番書いてて楽しいのが、番長とてゐのやりとりだったりする。