静かな、静かな永遠亭。 ここには俗世の喧噪は何もない 限りなく静かで、美しい…。夢でしか見られないような幻想的な世界……。 そう。永遠亭は今日も静かだった。それこそ中で誰かが生活していることすらも 感じさせないほどに、静かすぎるほどに静かだった……。 「………………………………」 「………………………………」  永遠亭の、永琳の部屋。部屋の主の永琳とてゐがそこにいたが…… 二人とも、何も喋らなかった。それどころかただ沈痛そうな表情で椅子に座ったまま 黙りこくり…、動こうとすらもしていなかった。 ちなみにここにいない鈴仙と言えば、自分の部屋に閉じこもってしまっている。 中でどんな状態にあるかといえば…、もはや言う必要もあるまいが。 「………………………………」  ただ何もせず、黙って座ったまま……。こんなことをしていていいはずがない。 白菜の追っ手が、彼と少なからず関係のあった自分たちにも襲いかかってくる かもしれない。だから対策を講じないといけないのだが……  だが、考えは頭に浮かんでも…体が動かない。全身を黒い鎖で首から胴体から 指の一本一本に至るまで万遍なく縛られている。 痛みも、何もない。ただ何をやっても解けはしない。どうあがいても解けないもの だから、じきに抗うこともやめて、ただ縛られたままになる……。 生きながら死んでいる、とはよく言ったもので、今の自分たちがまさにそんな 状況にあるのだろう。これではまずいと思いつつも、体はやはり、動かない……・  そんな折だった。誰かが、玄関の扉を叩く音が聞こえてきたのだ。 こんな時に誰がと思いつつも、二人はやはり全く動く気配がなかった。今更誰が 来ようとも、まともに話なんか出来るはずもない。したくもない。どうせしばらくすれば 諦めて帰るだろう。…二人の間に言葉はなかったが暗黙のうちに考えは一致した ようで。だんまりを決め込んで無視する、という結論に達したようだが……  だが、扉を叩く音は止まらない。まるで自分たちの居留守を知っているかのように 全く収まる気配を見せない。あまりにもしつこいものだから、とうとう二人は我慢ならなく なった。こちらの気も知らないで、一体どんな無神経な奴が押しかけてきたのか。 話をするしないはともかく、とにかく追い返さなければ。二人は重い腰を何とか上げ 玄関に向かい…扉を開けた。 「おお、やはりおられましたか。長い時間お騒がせしてすみませんでしたね」 「…あなた方は……?」  扉を開けたその先にいたのは、見慣れない男が二人。一人は寺などでよく見かける いわゆる坊主の格好をした男で、もう一人は…リーゼントというのだろうか、特徴的な 髪型と学ランを着た大男で…。もちろん永琳達は、面識のない者達だった。 いつもならともかく、こんな時に来客とは全く煩わしいもので。適当にあしらってお帰り 願うか、そんなことを何とか頭に思い浮かべながら、永琳が二人のところへ近寄った その時 「いえですね。ここに我々の同僚…、ミステリアスパートナーズの一人であった  白菜がいると聞いてやってきました。白菜は今……?」 「!! 白菜…ですって…!」  見慣れない者が尋ねてきただけならまだしも、その男達は何と白菜の名前を 口にして……。ということはまさか、こいつらが白菜の追っ手ではないか? そう感じ取った永琳とてゐは臨戦態勢と身構え、それを見た二人は一瞬驚いた ような顔をしたが、すぐに顔を見合わせ…… 「…その様子からすると、やはり…ですか。となると “奴” はやはり白菜氏を……」 「そのようじゃのう。あいつの気配のするところには、ろくなことが起こらん。  となるといつも通り、じゃな。いつもながら胸くその悪くなる……」 「……………………!?」  どうにも、二人の様子は何かおかしい。二人の口ぶりは、白菜そのものという よりはむしろその追っ手に向けられているようなものであり……。 しかも次の瞬間、信じられないことを言ってのけた。すなわち 「……白菜は、死んではいない可能性があります。あくまでも可能性ですが、ね」 「え……!? い、今…、何て…!?」    まさか、嘘か気休めではないかと思った。しかし二人の、まだ何か考えがある ようなそぶりを見ると、あながちそうと決めつけられるはずもない。  危険だ。危険だ。感情の波に呑まれると、正常な判断が出来なくなる。 万が一彼らが白菜の追っ手だったとしたら、自分たちが冷静さを欠いたところを 狙って、抹殺を企んでいるかもしれないのだ。だから……  しかし、駄目だった。二人の、白菜の安否を知っているような言葉を耳にして。 永琳もてゐも、思わず目の色を変えて二人の元へと近寄った。 ………………………………………………………… 「…先ほどは、大変失礼しました。私達はこの永遠亭の住人、八意永琳と  因幡てゐ、と申しまして…、…実はあと一人いるのですが、彼女は……」 「どうも。身共は白菜氏と同じ、元ミステリアスパートナーズの…私が坊主C  こちらの男が削除番長、と申します。以後お見知りおきを。  そして、彼女…というのは、鈴仙さんのことですね? …いえ。大変すまないの  ですが、彼女はまだ…呼ばないでもらえますか?」  場所は、先ほども二人がいた永琳の部屋。互いの自己紹介もそこそこに 永琳がこの場にいない鈴仙を呼ぼうとすると、坊主Cはそれを制した。 他でもない白菜のことなので、彼女としては一刻も早く愛弟子に知らせたかった のだが、目の前にいる彼にも何か考えがあるのだろう。とりあえず今は何も 言わず、坊主Cの言葉に従うことにした……。 「では、始めましょう。…今回、既にあなた方もご存じのことだとは思いますが  白菜氏には今回、魔王軍から粛正の追っ手が差し向けられました。…その  追っ手が、実は私の知るところの者でしてね。今回、こちらまで訪問させて  もらった次第です」 「…そうだったんですか。それで…、彼への追っ手…ですね。一体何が?  一体何が、この地にやってきたというのですか……?」  白菜の安否も気にかかるところではあるが、しかし追っ手に関しても…… それから身を守るにしても、自分たちで討伐するにしても、情報は必要だ。 永琳が身を乗り出すと、坊主Cは一回咳払いをして話し出した。 …………………………………………………………… 「白菜氏に向けられた、追っ手…。単刀直入に言いますと、それは名前を  キュウビ、という妖怪なのです」 「キュウビ……。名前からすると、化け狐ってところね……」  坊主Cが口にしたそのキュウビという名前から、永琳は大体どんな風体の妖怪が ここにやってきたか想像がついたような顔をして…、そのまままた腕を組むと 坊主Cに質問を投げかけた。 「そのキュウビとかいう妖怪が、白菜君に向けられた刺客なんでしょうけれど……  そいつは、何者? それにあなたはそのキュウビを知っているみたいだけれど…?」 「ええ。…話は、私が魔王軍へ参入した頃にさかのぼります。あのときの私は…  ミステリアスパートナーズとして力を追い求めていたころの私は、今から考えれば  常軌を逸脱していました…」  過去を思い返す遠い目をして、しかしどこか苦い顔をして…。淡々と話し始めた 坊主Cの言葉に、永琳とてゐは黙って耳を傾け始めた…。 「私は陰陽師としての力が足りぬために、そのことに絶望してミステリアス  パートナーズに身をおき、そこからは格闘術の研鑽に励んでいたのですが…。  しかし私の心の中ではピコ麻呂様…我ら陰陽師の長です、彼に対する妬み  憎しみの念は消えることはなかった。それは時間がたつうちにどんどん歪み  終にはこんな考えに及びました。即ち、"どうすれば彼を最も苦しませて死に  落とせるか?" とね…」 「…! それで、まさか…!」 「はい。…その答えとして私が行き着いたのは、ピコ麻呂様が最も得意とする分野  つまり陰陽師としての魑魅魍魎退治ですが、そこで彼を存分に叩きのめし、殺害  すること…。何せ陰陽師にこの人ありと言われるピコ麻呂様ですから、魑魅魍魎  退治には絶対の自信を持っておられる。そんな彼が妖怪にいいように嬲られて  殺されれば、命はもとよりプライドも何もかも全てを蹂躙できるのですから、これ  以上の絶望はない…。今から考えれば実に下卑た考えをしていたものですが、ね…」  陰陽にかける思いは人一倍であっただけに、一旦道を踏み外すと一直線に堕ちて いってしまい。加えて、他の凡人なれば同じ道に堕ちたとしてもただ恨み言で済んだ ものが、彼に限っては頭脳も明晰であったことが歪みに拍車をかけた。すなわち 「それで、私は古の文献を読みふけりました。何せ相手は陰陽師の第一人者なの  ですから、生半可な力や妖怪では返り討ちにされる。探し求めるのは、絶対の力を  持ったもの。その一念で探し続けた結果…  …とうとう、見つけたのです。古の凶妖怪・妖魔王キュウビを!!」 「…成る程。そのキュウビも…妖魔王なんて異名があるからには、あなたが追い  求めたからには、やっぱり…?」  弱肉強食の魑魅魍魎の世界では、生半可な実力では “王” を名乗ることは ままならない。その実力に見合った、真に支配者なり得る者だけが名乗ることが 出来る称号で…。永琳の問いに、坊主Cは黙って頷いた。 「ええ。…キュウビは遥か昔、鬼が島を居城として各地で暴れまわった大妖怪で、  様々な文献に混沌の君主に仕えてこの世に災厄と絶望をもたらす者として描かれて  いるほどの妖怪なのですが、とある陰陽師との闘いで封印されたのです。  …その封印さえ解けば、絶大な妖力を持つ妖怪が現世に蘇る。キュウビの力を  以てすれば、ピコ麻呂様を完膚なきまでに打ちのめせる。我が野望が成就する!  それを差し置いても、混沌の闇の世界を作り出すことを目的とする我らには  キュウビの力はこの上ない大戦力になる…!  …キュウビはとある祠の中で、狐の面に封印されていました。  流石に妖魔王を封印しているだけあって、それを解くのはなかなかに骨が  折れましたが、終に開放。…その瞬間、噴出してきた絶大な妖力に私の体は  心底から凍りつきました…」 ……………………………………………………………… 『クカカカカ!! 実ニ久方ブリノ地上ノ空気! 実ニ胸ガスク…!  貴様…、ヌ? 見タトコロ忌ワシキ陰陽師ノヨウダガ、貴様ガ我ノ封印ヲ解イタ  ノカ!? 陰陽師ガ如何ナル了見ダ!?』 『! た、確かに私は陰陽師だが、だが今は混沌の君主に仕えている!  キュウビよ! そなたの力が必要になったので、この度封印を解いた!  …願わくば私とともに、来てもらえるか!』 『…! アノオ方ニ、仕エテイル…? …イヤ、確カニ貴様カラハ邪気ガ感ジラレル。  ソノ言葉ハ、嘘デハナイナ……。   ヨカロウ! ナラバアノオ方ノトコロニ案内シテモラオウカ!  封印サレテイタ分モ、暴レ回ラネバナラヌカラナ!!』 ……………………………………………………… 「…ってことは、何!? あんたがそのとんでもないのを、出しちゃったってこと!?  白菜兄さんは、あんたのせいで…!!」 「やめなさい、てゐ! そんなことをして、何になるの!!」  事の顛末を聞き、原因が坊主Cにあると理解したてゐは眉をつり上げ、坊主Cに つかみかかろうとしたが、それは永琳に制され。渋々手を下げたてゐを前に 坊主Cはこの上なく苦い顔をして、下を向きながらまた話し出した。 「…その通り。全ては私が招いた厄災…。それに関しては言い訳をする気は毛頭  ありません。私がしでかしたこと、これに違いはありません……。  …もっとも、これも…、今に始まったことではありませんでしたが、ね……」 「……? どういう、こと……?」  歪んだ怨念に取り憑かれていた頃は天国を味わっていたが、一旦我に返ると 自分のやった愚行に地獄を感じる。後悔とはそういうものだ。 魔王軍にいて、強大なキュウビが参入して。まさしく凱旋そのものだったろう。 …だが、それも長くは続かなかった。今度は今まで沈黙を続けていた削除番長が 前に出てきた。 「確かに、坊主の言う通りじゃい。キュウビの奴のとんでもない力に、最初は皆強い  味方ができたと大喜びしとったが、じきにキュウビは底無しの残虐さを現し始めての…。  あいつは相手をすぐには殺さず、散々なぶり者にして苦しませてから殺すのが好き  みたいで、その光景はワシらでも直視できんくらいに凄惨なものじゃった……」  その光景を思い出したのか、削除番長が、坊主Cが顔を青くして身震いする。 …ミステリアスパートナーズだった彼らをここまで畏怖させるとは、一体どれほどの 酸鼻極まりないことをしていたのか。削除番長は頭を何度か振ると、また話し始めた…。   「じゃが、キュウビを止めることもできん。別段混沌の考えに反したことをやっとるわけ  でもないし、ましてキュウビの力は別格じゃったから、下手に止めようとすればそいつが  消される。実際に口出ししてなぶり殺された奴らも何人もおったわい。   …わしらがこう言うのも何じゃが、実に恐ろしいもんじゃった。いつも奴の存在に  ビクついていたものじゃったが…、そのうちに奴もわしらと一緒に動くのが鬱陶しく  なってきたんじゃろう。言うなら混沌の直轄として一人だけで動くようになったから  わしらもキュウビのことは語らず、ある種の禁忌としてきたんじゃ……」 「成る程、ね…。こっちの世界で言ったらフランドールみたいなものか……」 「…白菜君を追いかけてきたキュウビに関しては、分かりました。それで……」 「そう。白菜と、キュウビ……。問題はここからです」  キュウビに関する説明を一通り終え、永琳とてゐが納得したような顔を見せると 話は、次に進む。即ち彼らが最初に言った、白菜の生存の可能性に関して。 「さっきも言ったが、キュウビの奴は獲物を捕らえたからと言って、すぐに殺さず  散々なぶり者にしてから殺すちゅうことをしてきた。じゃから白菜もまだ死なず  生きておる可能性もあるんじゃが……」 「ですが、あくまで可能性の話です。奴の気まぐれで既に殺されている可能性も  ある…。故にこれから各種調査をするのですが、白菜氏の恋人の鈴仙さんには  内密にお願いしたい。もし彼が生きているとして、助けに行くとキュウビのところに  乗り込みかねませんからな………」 「分かりました。…調査についても、私たちで出来ることなら、何なりと」  暗黒の鎖が、完全にではないが……解き放たれていく。  永琳とてゐは、二人に向かって深々と頭を下げた……。 続く  キュウビに続いての出演は、ミスパから坊主Cと削除番長! いえ、キュウビが和の妖怪なので、それに対応した日本風のキャラクターを…と思って 選んだのがこの二人。楽しいッ!!