【白×兎】 兎は寂しいと死にます 2

しばらく、前……


「この、気配…。まったく、どんなクソ野郎が忍び込んできやがった…!?」

 永遠亭を出てからも、竹林を駆け抜けていく間も、ずっと感じている妖しの気配。
全身に身震いを生じさせて吐き気を覚えさせる、弱い者ならこれだけで泣き叫ぶ
ようなおぞましい悪寒。

「…しかし、これだけ全域で感じさせるってことは…? …野郎、まさか…?」
 
 追っ手がどこにいるのか…、探して走り回っていた白菜だったが、突然何かに
気づいたように足を止めた。…そう。先ほどから感じている気配だが、どこに
行っても同じように、同じくらいの強さで感じるのだ。ということは……?

「鳥みたく空飛んで、上空から監視してる…ってか……?」

 残された可能性はと言うと、まさか空か。白菜が天を仰ぐと……
…空に輝いていたのは、満天の星々。地上では決してみることが出来ない
ような、美しい光景であったが…、そんな中。白菜はその星々を見たまま
不審そうに眉を歪めた。

「あん? 何だ、あの星座は…? あんなの、見たことねぇぞ……?」

 白菜は元々は星座に興味がある方ではなかったが、鈴仙が昔から
星座の鑑賞に興味を持っていたようで。夜になるとちょくちょく一緒に星を
見ていたから、ここから見える星座はいつ頃どんなものが見えるかは
ほとんど把握していたのだが…。

“あ、ほら見てあれ! あれが私と同じ、うさぎ座だよ!”

“ほーう。なかなかに可愛らしいモンじゃねぇか。まさにお前みたいだな!”

 今は、違った。鈴仙が嬉しそうに指さし話していたうさぎ座のある場所に
ある星座が、全く別の形になっていた。一体どういうことだと、白菜が首を
かしげていたその時。…星座が赤黒く…九本の尾を持つ狐の姿に不気味に
光り、直後何かが勢いよく白菜の元へと飛び降りてきた。

「な、何だッ!! お前は……!?」

「クカカカカ……! 世界中ヲ探索ニマワッタ甲斐ガアッタ…。
 トウトウココデ、裏切リ者ヲ発見シタ!」

 不気味な声と共に、白菜の目の前に姿を現したのは…、巨大な狐だった。
ただしもちろんただの狐ではなく、全身を白金色に輝かせ、背中にはいくつにも
枝分かれした妙な形の剣を担いで、九本の尾を持ち…
何よりもその体からは、相対しただけで息も出来なくなるような強い妖気が
発せられており、その瞬間に白菜は感じた。こいつはただ者ではない。
そして、そのただ者ではない者が自分の前に現れたのが、どういうことかを。

「てめぇは…、九尾の…狐? …確か鈴仙が言ってた八雲藍とかいうのが
 そうだったか……」

「八雲…藍? 愚カ者メ! アノヨウナ三下狐ト、我ヲ混同スルトハ!
 冥土ノ土産ニ、覚エテオクガイイ! 我ガ名ハ 妖魔王 キュウビ!
 …長キ封印ヨリ脱シ、混沌ノ君主カラ、貴様ノ粛正ヲ仰セツカッタ!
  コレマデ溝鼠ノヨウニコソコソト隠レ潜ンデイタノダロウガ、コノ、キュウビ
 貴様ヲココデ、食イ殺シテクレルワ!!」

「ッ!! この、力…! やっぱり、てめぇが俺を追いかけてきた…!!」

 いきなり姿を現した、妖しげな力を感じさせる巨大な狐はやはり自分に
差し向けられた刺客であったようで。白菜が額に汗を浮かべて歯がみすると
妖魔王を名乗る狐、キュウビは声を高らかに吼え猛る。

「ソノ通リ! …我ノ持ツ妖力ハ、ソコラノ木ッ端魔王ノソレトハ比較ニナラヌ!
 無論、魔王候補 ノ貴様ナド、闘ッタトコロデ赤子ノ手ヲヒネルヨウナモノ…。
 …抵抗シナケレバ、楽ニ殺シテヤルト約束シヨウ!」

「………………………!!」

 白菜も魔王候補として数々の闘いを経験してきたので、相手の実力を読む
ことも自然と出来るようになってきていた。今まで相対しただけで自分が汗を
浮かべたことといえば、同じミスパの面々くらいのものだったが、それが今の
自分はと言えば、額だけに留まらず顔中に、背中に。全身に嫌な汗が流れるのを
感じ、ついには足までもが震えだしていた。

 アナゴにすら、こんなものを感じたことはなかった。自分が目の前のキュウビに
本能的に感じ取っているのは、一体どれほどの代物なのか…!?


“くそッ…! 認めたくねぇが、正直こいつとやり合っても…絶対勝てねぇ
 とは言わねぇが、こんなに勝てる見込みを薄く感じたのも初めてだ…!
 妖魔王を名乗ってるのもハッタリじゃない、こいつは本物の化物…!
  …どうする? ここは一旦、退いた方が……”

 退くべきところは退くのがつわものというもの。まして鈴仙の言葉もあったと
なっては、キュウビとの闘いは避けるべきだと白菜は判断したが、対するキュウビは
そんな白菜の思惑を見越したか、尚も高らかに吼えて恐ろしいことを口にした。即ち

「オヤ? アノ永遠亭トカイウ場所ニ逃ゲルツモリカ? ソレモマタ一興!
 貴様ト、アノ三匹ノ雌犬ドモ…。狙ウ獲物ガ増エタデハナイカ!!
 アノ尼僧ヲ殺シテ以来、若イ女ヲ食ラウノハ久方ブリナノデナ! 今カラ
 楽シミデ仕方ガナイ! …貴様ノ眼前デ、八ツ裂キニシテクレヨウ!!」

「な、何だとッ!? てめぇ、ふざけんな!!」

 ここまで乗り込んできた者だから、永遠亭の存在を知っているのもまた
当然ともいえたが…、それでも標的にすることを口にされればショックは
大きい。自分一人で済むのならまだしも、この一件には何の関係もない
彼女らを巻き込むわけにはいかない。とはいえあいつらに手を出すのはやめて
くれと願ったところで、その願いが通るはずもない。ならば……

「…けっ!! もうグダグダくだらねぇこと考えるのは、やめだ!
 さぁ、来いよ! てめぇが馬鹿にした魔王候補の力、見せてやるぜ!?」

「クカカカカ! 無駄ト分カッテイテモ、尚モ抗ウカ!
 ソレモヨカロウ! 妖魔王タル我ガ妖力ヲ、存分ニ味ワウガヨイ!!」

 楽に殺すと言われても、当然白菜が受け入れるはずもなく。
目の前の妖魔王の絶大な力に身震いする体を何とか押さえつつ、頭に
鈴仙の姿を思い浮かべ。大声を上げて白菜はキュウビに突進していった…。


………………………………………………………


「ば、馬鹿…な!? この俺が、こんな…畜生野郎に…!?」

「言ッタハズダ! 我ガ妖力ハ、貴様ノ力ヲ遙カニ凌駕スルト!
 …ソノ程度ノ力デ勝テルト思ッテイタノナラ、我モ侮ラレタモノダナ?」

 白菜がキュウビに挑みかかってから、ほんの数分。その時点で既に勝敗は
決していた。…即ち、傷だらけになって地面に這いつくばっている白菜と
余裕綽々に彼を見下ろしているキュウビ、と……。

「誰ソレヲ守ル…。ソンナ陳腐ナ意気込ミヲ抱イタダケデ、凡夫ノ雑魚ガ
 妖魔王ノ我ニ勝テルハズモナイ! 身ノ程知ラズココニ極マレリ!!
 クカカカカ…! カカッ! カカカカカカカッ!!」

 魔王候補として、これまでほぼ敗北らしい敗北など経験したことがなかった
自分がまさか、ここまで歯が立たないとは。ここまで一方的にやられるとは。
満身創痍の身で、わなわなと体を震わせていると…そこに。キュウビが一歩
一歩、ゆっくりと彼の元へと近づいてきた。

「くそっ…たれがぁ……!!」

 自分には、鈴仙がいる。それに彼女は言った。危なくなったら逃げて、と。
こんなところで死ぬわけにはいかない。プライドも何も知ったことか、死んだら
元も子もないと白菜は体を反転させようとしたが…、キュウビから受けた
ダメージは思いのほか大きかったようで、全く体が動かない。もはや指一本
動かすだけで、息をするだけで全身に激痛が走る。

 そうして白菜がもがいているうちにキュウビは自分の目の前に立ち、背中に
担いだ剣を口にくわえて高々と振り上げた……。

「クカカカカ!! 遺言ハ唱エ終ワッタナ!? ナラバ片ヲ付ケヨウ!
 溝鼠ノ生ハ、ココデ終焉ヲ迎エルノダ!」

 目の前のキュウビが振り上げる剣に、妖気だろう赤黒い光が浮かぶのを見て
白菜はいよいよ最期の時が来たと感じ…、瞬間。涙が一筋こぼれた。
もはや、痛みも何も感じない。ただ全身が、頭の中がひたすらに寒く冷たくなって
いく感覚だけをその身に感じていた。

「こんな、最悪な…。これが 死 ってやつなのか……?」

 今まで自分が粛正してきた奴も、最後の瞬間はこんな気分だったのか。
こんなにおぞましく、絶望的な気分を味わいながら死んでいったのか。
自分がその身になって、初めて理解できた。今になって、初めて……

「すまん……ねぇ…。鈴仙……」

…そして、白菜の意識は闇へと沈んでいった……。


…………………………………………………


「……と、いうわけ…なのさ…。これが私の見た、全部だよ……」

 あれから…、てゐが白菜の血まみれの服を持ち帰り、鈴仙が泣き崩れて
からしばらく。鈴仙を何とか落ち着かせ、何とか会話が出来る状態にした
後にてゐが話し出した状況報告は、まさに衝撃の一言に尽きた。

 曰く、白菜のことがどうにも気になったので、あくまでいつでも逃げられる
準備を備えて、白菜の様子を見に行った。
 曰く、自分が白菜の姿を目にしたまさにその瞬間、敵の爪が白菜の
体を肩から腰まで引き裂いた。
 曰く、大量に…噴水のように血を噴き出した白菜はよろめき、そのまま
谷底に真っ逆さまに落ちていったということ。
 曰く……

「そこまででいいわ。もう、十分……」

 これ以上続ければ、この部屋が闇に沈み込む。話を続けるにつれて
顔を青くしていくてゐを永琳が手を振って制した。…その顔は、どこかいつもの
彼女と比べて青白かった。

「まさか、こんなことになるなんて…。まさか…!」

 この世に生を受けてから今までの間、常人では考えもできないような長き
時間を生きてきた永琳であるだけに、人との出会いも別れも数多く経験して
いる。…だが、そんな彼女でも今回の悲報には平静ではいられなかった様子で
顔に手を当てて、何度か首を横に振った。

言うならば保護者のような形で…、その意味では白菜と直接的な関わりが
さほどない永琳すらこの始末である。ならば、直接的な関わりが十二分
以上にある鈴仙は、というと…?


「………………………………………………」
「れ、鈴仙! ちょっと待ちなって! どこに……」
「…今は、駄目よ…。何を言ったところで、無駄……」

 ふらふらと、何も目に入っていない様子で部屋を出て行く鈴仙を見かねて
てゐが後を追おうとしたが、その後ろから永琳が今は無駄だと止めた。
てゐも最初こそ何か言おうとしていたようだが、しかし永琳の言うとおりだと
悟ったのか、こちらも力なく椅子に座り込んで…、ぽつりと一言、漏らした。

「…私だって、嘘だと思いたいですよ。こんな、酷いの……。
 でも私、この目で…白菜兄さんが敵の攻撃を食らうのを見ちゃったんです…。
 爪で引き裂かれて漂ってきた血のにおいも、谷底に落ちるときの白菜兄さんの
 悲鳴も、全部、全部この頭に焼き付いて……」

 …鈴仙ほど親密ではないにしても、自分も兄のように慕っていた者の一番
見たくない光景を目の当たりにし……
普段の悪戯好きの様子はどこへやら。忌まわしの記憶を思い出し、頭を抱えて
震え出したてゐを、永琳は黙って抱きしめた。
…自分の体にも生じている震えを、隠すように……。


………………………………………………


“…何だろう? …これは一体、何なんだろう……?
 ……まるで今目に入っているものが…、耳から聞こえるものが、肌で感じて
 いるものが、現実のものとは思えない…、まるで夢でも見ているように
 ふわふわとした、この感覚は……?”

 足が地に着かず、妙にふわふわとした感覚…。人は天国を見るときも
そして地獄を見るときも、この感覚を覚えるという。それぞれの原因を挙げると
するなら、高揚感と喪失感。これらによってこの感覚を覚える。
今の彼女もまた、この感覚を味わっている…。もちろん、後者に起因する
ものであるのだが。

「やだ……、やだ……!! 何で…!? 何でこんなことが、本当に
 起こっちゃうのよ…!? 夢じゃ…ないの…!?」

 確かに自分の中で、白菜は非常に大きな存在となっていた。何をしている
ときでも常に彼の姿が心の中に、最低でも片隅には存在していた。
彼と一緒にいるときは、それだけで胸がいっぱいになった。優しい言葉を
かけて抱き寄せてきた日には、体が暖かな海でたゆたっているような、言い
ようもなく気持ちのよい感覚を覚えていた…。

 だから想像はついていたはずだった。彼を失えばどうなるか、は。
でもそれがまさか、ここまで大きなものだとは想像もしていなかった。
杖がないと足腰の立たない老人が、その杖を奪われたようなものだとか
そんなレベルの喪失感・虚無感ではない。形容比喩を表現する方法などない…。
即ち、文字通りに “何もなくなる” のである。

「はくさい……、はくさい……!!」

 部屋に着いた鈴仙の大きな目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
両手を床に着いて、嗚咽を漏らし……


「うわあああああああぁぁぁぁんんん!!!」


 鈴仙の泣き叫ぶ声は、静かな永遠亭のみならず辺り一面に響き渡り
その彼女の泣き声に誘われるように竹林から一羽のカラスが飛び出してきて
大きな声でこう言うのが聞こえた。

「ああ、わざわいだ、わざわいだ、この地に住む人々は、わざわいだ。なおも
 破滅のラッパは吹き鳴らされるというのに」


竹の音も、虫の音も、何も、何も聞こえない…、静かになった。

続く

斜刺
http://2nd.geocities.jp/e_youjian/ld-rutubo
2010年04月11日(日) 10時00分31秒 公開
この作品の著作権は斜刺さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 今回出てきたキュウビは、某純和風アドベンチャーゲーム「大神」に出演した
中ボスの一人で、どういう奴かはこの話のまんまです。
悪役としてのキャラも立っていましたし、本編での演出もかなりのものだったので
お気に入りの悪役キャラの一人です。

 さて、次回はミスパが出てきます。と言っても私んとこではよく使う銀DIOじゃ
ありません。さて誰でしょうか?

この作品の感想です。
ミスパ…以外性を突いて番長に一票(え

鈴仙の悲しみは、計り知る事が不可能なくらいに、
とてつもなく深いのでしょうね…彼女が不憫でなりません。

白菜も魔王候補だったとはいえど、これでは…いや、或いは…?

とにかく、第二話お疲れ様です。
50 遊星γ ■2010-04-13 03:00:17 59.135.39.140
なんてこった…まだ白菜の安否が分からないなんて…
続きを待つより他ないこのもどかしさッ…!

次回はミスパの誰かが参戦ですか。
じゃあ予想してみよう………よし!水色だ!

……ないかな、さすがに……でも出てきたら自分的には嬉しいですw
あと、うどんげをあんまりつらい目にあわせないでやってくださいね?
50 しゅん ■2010-04-11 18:58:40 116.89.212.113
合計 100
過去の作品なので感想を投稿することはできません。 <<戻る