「ちょっと、リョウ! 起きなさ〜い! もうとっくに朝よ〜!」 吸血鬼DIOなら、棺桶を二重にして眠りにつきそうな良く晴れたとある朝のこと。 おそらく朝食でも作っていたのだろう、エプロンを着けたアリスがベッドの上で 未だに気持ちよさそうに眠っているリョウを起こすべくその体を揺さぶっていた。 しかし…… 「ふ、くく、くぅぅ……。 どんどんこいやぁ、くははぁ……」 「……! この、寝坊助! こんな体たらくで今まで危険のぎりぎり紙一重上を  生きてきたっていうの!? どんな夢見てんのよ…!」 あわよくばその彼女の揺さぶりも、揺りかごのような効果でももたらしている のか? どれだけ揺さぶっても起きる気配のない彼を前に、アリスはふぅと ため息を吐きながら、腰に手を当てて体を起こした。 「…まったく。こうなったら “爆弾” を使うしかないわね。…やれやれだわ」 …全く起きないリョウに対し、ついに業を煮やした顔でアリスが意味ありげな 一言を。それはどんな秘密兵器なのだろうか? 彼女はニヤリと笑みを 浮かべて寝室を出て行き…、そんな彼女の思惑など露知らず、リョウは 相変わらずだらしのないにやけ面をして夢の中にいた……。 ……………………………………………………………………… 「はーっはっはっ!! とうとう追い詰めたぜこのタコ野郎が!!」 その彼の夢の舞台は以前住んでいたサウスタウンの某地域で、高らかに笑う リョウの目の前にいたのは、スキンヘッドにサングラス、武器だろう棒を持って いる、通称Mr.ビッグと呼ばれているリョウの宿敵とも言える男だった。 「さぁ、命が惜しけりゃユリの居場所を教えな。それで二度と俺達に手を出すな!」 …その態度や喋っている内容から鑑みるに、状況はリョウの方がかなり優勢な ようだったが…、しかしMr.ビッグは何を臆した様子もなくニヤリと笑ったのだ。 「…貴様、何を言っている? この程度でお手上げするような男がサウスタウンの  支配に手を出せると思っているのか…!? 馬鹿も休み休み言えッ!!」 その口から紡がれたのはハッタリとも思われたが、しかし…違う。Mr.ビッグは 手にしていた棒を二つに分割すると、何とそれぞれの棒の先端が風船のように 膨らみ、ある程度まで大きくなるとリョウに向かって射出されたのだ! 「うごッ!! うぐうッ!?」 その射出された玉は彼の腹や腰に命中し、速度はさほどのものではなかったが しかし意外にあった重量が与えた衝撃は予想以上のもので、リョウは思わず 意識が遠のいていくのを感じた。 「ば…馬鹿野郎…! こんなところで、こんな……!!」 「ハッハッハッハッ! これで貴様もお終いよ! 所詮ヒーロー気取りの口先  野郎が迎える末路なんぞは、こんなものだ!!」 敵の前で気絶などすれば、その後の自分の運命など知れたもの。…自分の命 のみならず、愛する家族までも。リョウの意識は無念と共に暗闇へと消えて いった…かと思われた、しかし次の瞬間…… …………………………………………………………………………… 「おとーしゃ! おっき、おっきして〜!」 「おねぼう、だめー! おかーしゃ、怒っちゃうよ!」 …暗闇へと落ちていった彼が再び目を覚まし、そしてその目の前にいたのは… 3〜4歳のおそらく双子と思われる、顔かたちから服まで何から何まで同じの幼児が 二人で、リョウが起きたのを見るとその腹の上できゃっきゃとはしゃぎ、彼も半身を 起こしてふっと笑みを零した。 「く、くく…。そうか。あのタコ野郎の妙な攻撃はヒナ、ヒノ! お前達が正体だった  のか! そしてこいつらを俺に爆弾投下してくれたのは…!」 ひくひくとひきつった笑顔を浮かべながら、リョウが二人を抱きかかえてくるりと 振り向くと、そこには呆れた笑顔をして首を二三横に振るアリスの姿があった…。 「流石の寝坊助のあなたでも、この子達二人分の体重ならお目覚めでしょ?  まったく。少し前までは軽々と運べたのに、今じゃすっかり重くなっちゃって…。  ほーんとに、子供の成長って早いものなのねぇ……」 「…確かにな。今じゃあダンベル顔負けに重くなったと……。おい、二人とも  今度はお父ちゃんがだっこしてやるから、こっち来い!」 …揺さぶりで起きないなら、今度は更に大きな力で。まぁその手段に子供を使った ことにリョウは苦笑いを浮かべたが、しかしすぐにヒナ、ヒノと呼んでいた娘二人に 手を伸ばし、二人が腕の中に収まるとそのまま立ち上がった。 「わっ! おとーしゃの抱っこ! たかい、たかーい!」 「おかーしゃより、たっかーい! おとーしゃ! もっと! もっと!」 「おう! お父ちゃんの抱っこは高いぞー! ほれほれ、どうだ!」 リョウは立ち上がると、続いて一人ずつをそれぞれ肩に乗せ、肩に乗せられた 二人はやや興奮した様子で父親の顔や耳を掴んではきゃあきゃあ嬉しそうな 声を出し、…そんな父娘達の戯れる光景を目の前に、アリスはふっと穏やかに 微笑んで見せ、ぱんぱんと手を叩くと二人の娘のうち片方の、ヒナだけを リョウの肩の上から抱き上げた。 「やれやれ、相も変わらぬ娘馬鹿ね。…さ、早くしましょ。あなたはヒノを頼むわね?  さーて、ヒナ? 今日もお母さんが美味しいご飯作ってあげたから、いっぱい  食べるのよ? ふふふ……」 「わ! ヒナ、おかーしゃのご飯だいしゅき! はやく、はやく!!」 24人で行動していた在りし日のころから、“言葉の料理” と聞けば皆が青ざめ “アリスの料理” と聞けば皆が嬉々としたものだったが、それは今も継続されて いるようで…。喜ぶ娘を一人抱え、アリスが寝室を出て行った後には…… 「おとーしゃ! はやく行こ! ヒノもご飯食べたいの!」 「ははは! そう慌てなくてもご飯は逃げないさ! 焦るな焦るな!」 …もちろん、もう一人の娘も例外ではなく。よく聞けば、その腹からきゅるきゅると 可愛らしい音をたてているあたり、彼女はリョウをせかすとおりに空腹なようで… そんな娘にリョウはにこにこと微笑みながら、頬をぷにぷにと突っついていた。 「はっはっは! マシュマロやハンペンなんかより遙かに柔らかいもんだなッ!」 「むー! おとーしゃ、くしゅぐったい! きゅー!」 自分の頬を突いている父親の指を、ヒノはその小さな手で本人としては 精一杯なのだろうか?しかし傍目には実に可愛らしくぺちぺちと叩いていた。 …………………………………………………… 「さて、さて。今日はお人形を作ってみようか?」 それから、しばらく。朝食を終えたリョウとヒナたち三人がリビングでくつろいで いると、そこにアリスが布や裁縫道具を小脇に抱えながら入ってきた。 「わぁ! おにんぎょ! ヒナ、がんばる! しゃんはーいみたいなの、作るね!」 「ヒノも! ヒナおねーちゃがしゃんはいなら、ヒノはほらーい作る!」 人形を作る、ということで本人達はまさにやる気満々の様子だったが、しかし まだ彼女らはほんの3、4歳の幼児であるのに針仕事など出来るのかとも 思われたが、そこは流石にアリスの娘と言うべきか。まだおぼつかない手つき ながらも、何とか針や糸を操って作業に取り組んでいた。 「んしょ、んしょ…。むー。しゃんはい、おてて見せて!」 「シャンハイ、シャンハイ!」 「ほらーいも、見せて! おリボン、かわいい!!」 「ホライ、ホラーイ!」 …人形作りのお手本として、或いは補助として。上海と蓬莱の両人形は各々 ちょこまかと二人の周りを飛び回ってはヒナたちの要求に応えていた。 「でもしゃんはい、こんなちっちゃなお羽根で飛べるの、しゅごいね!」 「ほらーいも! ヒノたちお羽根ないから、うらやましい!」 上海と蓬莱の移動手段はもっぱら背中の羽根による飛行であり、自分たちは 持たないそれに好奇心旺盛なヒナたちが興味を持たないはずもなく。上海達の 羽根を掴もうとしたその時、アリスが二人共を抱き上げた。 「…ふふ。二人とも、大丈夫よ。もうちょっとあなた達が大きくなったら、魔力を  使ったお空の飛び方を教えてあげるからね?」 「はは。なら俺ら家族の中で空を飛べないのは、唯一俺一人だけということになるか?  空が飛べりゃさぞかし気持ちいいんだろうが、こいつばかりはどうにもならんな…」 娘達をその手に抱いて優しく笑うアリスと、苦笑いするリョウと。…確かにアリスの 血を引いているのならば、魔力も当然その身に有している。今は自覚がなくとも 将来的には空を飛ぶことなど容易いものとなるだろう…。 「…さ。もうちょっとで出来そうね? 二人とも頑張りなさいよ?」 「うん! ヒナ、頑張るね! かっこいいのちゅくるよ!」 「ヒノもー! かわいいおにんぎょ、できるよー!」 そして、作業再開。アリスの手から床に降ろされた子供達はまたぷちぷちと縫い 物に集中し始め、そんな彼女らを目を細めてしばらく眺めた後、アリスはリョウの 座っているソファへと歩を進めた…。 「…こいつらが生まれて、早数年。いやはや、時間の経過は早いもんだな…」 「うん…。本当、そうだよね……」 娘達が楽しそうに人形作りに集中し始めたその一方では、そんな二人をアリスと リョウがソファに腰掛け、今度は二人して微笑ましそうな顔をして眺めていた…。 「しかし、ま、あれだな。今までの人生、俺は妹以外にゃ女には全くと言っていい  縁がなかった…、デートすることすら今までなかったってのによ。それがどうだ?  お前とあいつらと、こんなきれいな嫁と可愛い娘が出来て…、…マジで “無欲の  勝利” ってのはあるのかもしれねぇなぁ…」 …少年時代は、ひたすら生きることに精一杯で。かといって生存に余裕が出てきた 青年期に入ったら入ったで、次から次へと現れる敵の討伐に負われて。結果彼の 人生では、自身が言っているように全く女性と遊んでいる時間など存在せず、そのまま 生涯独り身で通っていくのかと思われたが…、結果はこの通り。孤独や独り身など とは無縁の生活を手に入れることができ… 「ふふ。ありがと。でも私も…、いつかは誰かと結婚して子供を…っていうのは  大きな夢だったけれど、それがこんなに頼れる主人と可愛い子供達で…。  あなたと巡り会えたのは、本当に良かったと思ってるわ…」 生まれてからニコニコ世界に参入するまで、その意味では幻想郷のとある森の中で 一人きりで生活してきただけに、そういう望みも人一倍強かったようで。アリスもまた 心から言葉通りに幸せそうに微笑み、リョウの腕に自分の手を滑り込ませると彼は そのまま引き寄せ、しかしどこか悲しげにふっと笑った。 「…唯一惜しむべくは、お袋…かね。せっかく自慢の娘が出来たってのに、それを  見せる前にと思うと、な……」 「……。成る程、お義母さま、ね……」 直接の面識はなくとも、話を聞いたり在りし日の彼女の写真を見たことがあるので アリスとてリョウの母親については十分知っていた。故に彼の言葉の意味も重々 理解しており…、曇ったリョウの顔を覗き込むようとその肩を優しく叩いてみせた。 「…大丈夫よ。お義母様のお墓参りするときは、きちんとこの子達も連れてお参り  してるじゃない? きっとあちらの…、あちらの世界でも喜んでくれてるわよ」 「ああ、そうだよな…。…そう願いたいものさ…」 そのアリスの言葉を聞いて彼の曇った顔は少しばかり晴れたが…、その時同時に 娘達が自分たちの方をじっと見ているのに気付いて、…何を照れているのか 急に二人共がはっとなって体を離した。 「な、何だ? 何かまずいことでも起こったか…?」 「ど、どうしたの? もうお人形が出来たの…?」 大人のこの二人からしてみれば今の状況は、思わず赤面してしまうようなもので あるのだろうが、当然幼児の娘達がそんなことを理解しているはずもなく…とも 思われたが、興味津々な目つきで口を開いた。 「ふぇ? ちがうよ? …ね、おかーしゃ、おとーしゃのこと、しゅきなの?」 「おとーしゃも! おかーしゃのこと、しゅきー?」 「!」 …どうやら子供達のおつむは、親の想像よりも遙かによろしかったようで…。 アリスは一瞬驚いたような顔をしたが、しかし少しばかり考えた様子を見せると 安心したように顔を緩めると娘達の方へと歩いていき、実に優しい…子守歌でも 歌うような口調で話し出した。 「…そうよ。お母さんはね、お父さんのことが大好きなの。それがどうしてかって  言うとね。…あなた達が自分の作ったお人形を大事にするみたいに、お父さんも  お母さんのことをすごく大切にしてくれたからよ。例えば、魔獣…モンスターね  これの強いのがお母さんに攻撃してきた時に、お父さんはいつでもお母さんを  護ってくれたのよ。本当に…いつもね」 そう言うアリスの脳裏に浮かぶのは、やはり在りし日の激戦の日々。極端な話を すれば、今の彼女があるのはリョウのおかげであるとも言え…、二人もそれで 話が理解できたようで、ぱっと顔を輝かせながらはしゃいだ様子で父親の方を 向くと、リョウの体を器用によじ登り、肩の上に乗った。 「わー! おとーしゃ、かっこいい!!」 「おとーしゃ、えらい! なでなでしてあげる!」 「こ、こらこら。くすぐったいぞ。はははは……」 そして、頭をくしゃくしゃとなで始め。リョウも口ではどうあれその顔はこの上なく デレデレと緩んでおり、お返しと肩の上の娘達の頭を優しくなでながらアリスの 所へと向かわせるべく二人を床に降ろし、二人が再び母親の元へ駆け寄るのを 見ると、ふっと一つ息を吐き出した。 “…きれいな嫁に、可愛い娘…と。あのくそったれのタコ頭とかマフィアの連中と  ドンパチばっかりやってた俺が、こんなものを? さっきも考えてたけれど  本当に信じられねぇよな…。  …本物の金みたくきらっきらの、俺の持ってる金髪とは全く別物の金色の髪…。  西洋人形そのものに整ってる可愛らしい顔に、透き通った白さの柔らかい肌…。  しっかりと一本筋が通り、自分を支えてくれている…” 「…それで、二人とも? お人形は出来たのかな?」 「あ! うん! できた、できたよー! 見て見てー!!」 「ヒノも! おかーしゃ! おとーしゃ! ほらーいに似てる?」 “そして、そいつを受け継いでいるあいつらが二人…。DIOの言葉じゃないが  あいつに…アリスに似てくれて本当に良かったな……” 彼女らが母親に嬉々とした様子で自分達の作った人形を見せ、頭を撫でられて いる光景を見ると、リョウは天井を仰ぎながらふぅともう一つ息を吐き出して立ち 上がり、アリス達のところへ行き… 「あ! おとーしゃ! おかーしゃ! おとーしゃも来たよ!」 「くふふー! おかーしゃも、ほめてくれたの! しゅごいでしょ?」 彼が来たことに気付くと、ヒナたち二人はとことこリョウの足下へ近寄って作った 人形を見せに来て、対する彼も笑って娘達を抱き寄せた。 “…真っ黒な地獄をはいずり回ってた俺の前に、現れてくれた女神…。  これで恵まれてねぇ、不満なんて言ったらそれこそ罰が当たるよな……” 「…辛いことがありゃ、良いことがある。人生、そういうものなんだろうな…」 抱き寄せた二人を一層強く抱きしめて、リョウは心の底からそう感じた。 オワタ おまけ:タクマさんと二人の孫 「たくまおじーちゃ! こにちは!」 「おじーちゃ! おしさしぶり!」 「おお、ヒナにヒノよ! また一段とお喋りがうまくなったな! えらいぞ!」 時間は、とある日の昼下がり。ニコニコ空間の某場所に位置する空手道場の タクマを尋ねて、リョウとアリスが二人を連れてやってきたのだが…… 「あーあ、何だあのとろけきった面は? …Mr.カラテなんて呼ばれて、各界に  その名前を轟かせたタクマ・サカザキも孫の前じゃこの様か。…はっはっは  見てられねぇなぁ…」 「ふふ。孫っていうのは子供とは違った愛しさを感じるってどこかで聞いたことが  あるわ。タクマさんがああなるのも無理ないわよ。ふふふ…」 その顔に、厳格な武闘家の影はもはや微塵もなく。好々爺を地でいっている タクマを見てリョウは呆れた笑顔を浮かべ、アリスはくすくすと笑っていた。 実にほのぼのとした平和な空気が流れていた、しかしその時! 「よし! そんなお利口さんな二人には、爺ちゃんが特別に新しい言葉を教えて  やろう! …いいか? 朝起きたときはな、“お覇王!” と挨拶するんだ!  いいな? “おはおう!” だぞ? さぁ、言ってみろ!」 「うん! おはおう! だね!」 「おはおう! おはおう!」 「おい親父! 何こいつらに変なこと教えてんだ!」 …結局最後は、こうなるようでした(没 …カプ小説の行き着くところはこれかなー…ということで(没  別ジャンルでも昔やって結構好評だったので、こちらでもやってみますた。 名前の由来は…ヒナの方は昔チャットをしていたときに遊星γ氏から アイデアを頂きました。ヒノの方はヒナという名前と関連がある名前を 探していたら、丁度エネルの「雷鳥」が見つかったのでこいつにしました。 まぁガキんちょ作りましたが、今後もこのカプで話を作っていく…予定。 (まだストック一個アリマス)