【零風味】 「人ノ夢ノ愛」  【二説  裏支 -ウラシ- その一】

「…言葉の調子は、どう? まさかもうやられたとは思えないけれど…」
「あうあう。今のところは大丈夫なのです。僕が古青江の柄の中に仕込んでおいた
 霊力を持たせる霊符や射影機を駆使して、怨霊を見事に撃退したのですよ…」
「! やるわね。やっぱり射影機だけじゃなくて、得意の刀を持っていったのが
 よかったかしら。カメラの扱いに慣れてる富竹ならまだしも、言葉じゃ
 あの射影機だけで戦うのは危険だもの…。わざわざ苦労して霊符を探した
 甲斐があったわ…」
場所は、ニコニコ世界某地区の神社の中。そこで梨花はもう一人…桜色の髪に
角を有して巫女服に身を包んだ少女、羽入と話をしていた。

「それにしても…、いくら誠が “あの場所” にさらわれたのが偶然だとは
 いっても、言葉に行かせるなんて…。本来なら私が行くべきなのにね…」
「あうあうあう! それは仕方ないのですよ! あの場所…空亡邸に宿る瘴気は
 僕たちの持つ霊力を遙かに超えているです! 僕たちやピコ麻呂たちみたいに
 なまじ霊力がある者があそこに行くと、すぐに頭がおかしくなってしまいます
 です! だから……」
「だから私がどうにかする手段があったとすれば、雛見沢の一件みたくこうなる
 前に “儀式” を阻止すること…。それが最善で、またそれしかないんだけれど…」
…その二人の話は空亡邸の…誠と言葉に関するものであるが、話している梨花の
表情は険しく、羽入もまた不安そうな顔をしている。

「私も “百年を生きる魔女” なんて呼ばれて、実際に百年以上を生きてきたわけ
 だけれど…、でも。時間軸の意味では私はこの世にまだ十年足らずしか存在
 していない。その限られた時間の枠内で繰り返し百年を生きてきただけで…」
「そ、それはそうなのです。僕の時間逆行の力が及ぶのはあくまで梨花が生まれて
 から今に至るまでの間なので、タイムマシンみたいに梨花が生まれる前の時間
 まで梨花を飛ばせるわけではないのです…」
「分かってる。だから尚更に悔しいのよ。…同じ百年の生存でも、“百年間生きている”
 ということと “百年前から生きている” ことは全くわけが違う…。だから百年前に
 起こったあの “儀式” には干渉する手だてがない…。雛見沢での事件とは違って
 こちらはもう “全てがもう終わってしまったこと”。諦める諦めないの次元じゃない
 どうあがいても手の届かないところに位置してしまっているわ……」
…苦い表情をする梨花に、おろおろと不安そうに話しかける羽入。そしてそれを
聞いた梨花がまた一層苦み走った表情を浮かべ、深くため息を吐き出す。

「…だからもう今できるのは、これしかない。頼んだわよ、言葉…!」

……………………………………………………………………


「それにしても、広いお屋敷…。一体どれだけ部屋があるの…?」
一方。怨霊を撃退した言葉はその怨霊から入手した兜の文様が描かれた鍵を
使って、先程は鍵のかかっていた扉を開けた。開けた先は箪笥や机などが
置かれ、しかし階段や扉もある。名をつけるなら物置廊下といったところか。
…そして机の上に、数枚の紙が。彼女はやや小走りに駆け寄って拾い上げた。


『-空亡邸に関する調査記録及び考察 2-

 迷ったり、あるいは霊に導かれたりして屋敷のあちこちを彷徨ったが、その
 甲斐あってこの屋敷に関して分かってきた点があるので、以下に記す。

 この屋敷は、これだけの広さだけあってかつては相当の人数が住んでいたよう
 だが、彼らが使っていたものだろう、この屋敷にある寝具について奇妙な点が
 見受けられる。どの部屋にある寝具も北を向いている、いわゆる縁起の悪い
“北枕” 状態になっており、しかもその枕の位置が固定されているのだ。

 またこの屋敷の窓という窓には、同じく縁起が悪いとされる烏(カラス)の像が
 設置されている。外に通じている窓なら、大窓から勝手口に至るまで全てにである。

 最初は何かの悪趣味かとも思ったが、この屋敷内で見つけた文献によると烏の
 像も枕も定期的に点検や修復がなされており、数の管理もしっかりなされていた
 らしいので、かなり重要視されていたように思われる。

 わざわざ縁起が悪いとされるものを重視するところに不気味さが感じられるが
 これが何かしらの意味を有するなら、更に調査を進める必要があるだろう』


「烏の、像…? もしかしてこれのこと…?」
記録を読んだ言葉が窓に目をやると、今までは気付かなかったが確かにそこには
烏の像が。質感からすると鉄製で、像の表面や台座には錆止めだろうか? 何か
黒い塗料まで塗られた非常にしっかりした造りになっていた。

「どうして…? 烏なんて不幸の象徴にもされてる鳥なのに、その像をこんな窓に
 つけていたら…。それとも何か、別の意味合いがあるのかしら…?」
…いわゆる “通常の感覚” で考えるなら、北枕の固定も烏の像の設置も奇妙極まり
ないものではあるのだが、入った当初から異様な雰囲気を醸し出していたこの空亡邸
ならば、外には知られていない特別な信仰のようなものがあるのかもしれない…。
ますます募る不安に言葉が身を震わせたその時、突然射影機が光り出した。

「! 射影機が…! っていうことは、どこかにまた…?」
射影機或いは古青江が異変を見せるときは必ず近くに霊的な存在があり、今回は
件の烏の像に射影機を向けると、最も強く反応した。もしやとシャッターを切って
出てきた写真を見てみれば、やはり。烏の像とは別のものが映り込んでいた。

「床の漢字に、黒い祭壇…。これはさっきの…」
そこに映し出されていたのは、先刻蜘蛛の文様の鍵を見つけた部屋。…あの時は
先を急いでいたのですぐに出てきてしまったが、今考えればあの部屋は内装から
しても他の部屋とは異なった造りで、何かの儀式に使われていそうな雰囲気は
あった。ならば誠の元へ辿り着く手がかりも何かあるかもしれない。言葉は
はやる気持ちを抑えながら扉を開けて出て行った…。


「…さっきはほとんど何も見てなかったけど、改めてこうして見てみると…」
映り込んだ写真を片手に、言葉は来た道を戻って先程の部屋に着き…
浮かない顔をしている彼女の目の前にあるのは、やはり黒い祭壇。それぞれ
床に書かれている漢字の動物の像が祭壇の中心に置かれており、それらは
普通の動物の形をしているのだが、表面に烏の像と同じものだろう塗料が
塗られて黒色になっているので、どうにも不気味さを感じずにはいられない。

「それで…、この場所が写真に映ったってことは、ここに何かあるはず……。
 梨花ちゃん、信じてますからね……」
…実際のところ、撮影したものとは別のものを映り込ませるという常識外の
射影機の力には、混沌のニコニコ世界に入り込んで久しい言葉でも戸惑いを
隠せないところもあった。しかしこれは梨花がわざわざ手ずから自分に渡した
ものなので、不利に働くとは考えにくい。…根拠など何もないが、彼女は
ひたすらに部屋の探索をした。すると……

「あ、これ…、このお屋敷の地図…?」
やはり、あった。祭壇の裏に隠されるように挟まっていた古紙を見つけた。
広げてみるとそれはこの屋敷の地図で、見ると赤い墨で丸印が書かれている
部屋が何カ所かある。

「ええと、位置的に今いるのがこの部屋だから、ここからこう行けば……」
その地図を見る限りでは、予想通りこの屋敷はかなり広大で。もしこのまま
闇雲に進んでいたら間違いなく迷っていただろうから、道しるべが見つかった
のはこの上なく心強い。もちろん丸が打ってある箇所に何があるかは全く
分からないが、当面の目標がこれで出来たと言葉は意気揚々と部屋を
出ようとした、が。


「あ、あれ? 扉が…開かない…? 鍵も付いていないのに…?」
…先程までは開いていた扉が、いつの間にか閉ざされて。彼女が体全体を
使って精一杯押しても、わずかにも動く気配がない。
「……これは、ひょっとして……」
…見えない力で急に閉ざされた扉。普通なら気が動転してしまうだろうが、言葉が
その正体に気付くや否や、腰の古青江や射影機も反応を見せ…。背後に僅かに
感じた不穏な気配に振り返ってみると、いた…。古風な衣装を着て、敵意に
満ちた表情で刃物を片手に言葉を睨み付けている男の姿が…。

「この人…! さっきあの女の人を…!」
その霊の姿に、言葉は見覚えがあった。…紛れもない。今目の前にいるのは
先刻女性の怨霊を撃退したときに脳裏に流れ込んできた、彼女を殺害し、怨霊に
した張本人。…さて、扉が閉ざされて閉じこめられた状態で、目の前に敵意だらけの
者が現れたとなれば…?

“まだ、破人がおったか…! 儀式に害なす未練がましき者よ…!
 一人残らず、皆殺しにしてくれるわッ!”

間一髪。男が振り下ろした刃物を古青江で受け止める。激しい金属音が鳴り響き
危険を感じ取った言葉は咄嗟に後ろに跳んで間合いを取った。

「ま、待ってください! 私が何をしたって言うんですか!? それに “破人” って
 何のことなんですか? お願いです! お話を…!」
相手の有無をいわさぬ攻撃に戸惑い、辛うじて避けつつも自分を攻撃してくる
理由を聞こうと彼女は声をかけたが…

“逃がさぬ! 貴様はここで果てるが…よい!”
「ま、待って! お願いですから、攻撃をやめて…!」
…もはやこの世のものではなくなってしまったからだろうか、男の霊は先程の女性
よろしく全く話が通じる気配がない。むしろ言葉が語りかけようと足を止めれば、これ
幸いと言わんばかりに勢いよく飛びかかってくる始末である。

「…駄目、ですね…。この扉も多分この人が封印したもの…。仕方ないです。
 話が通じないなら、実力行使で行かせてもらいます!」
もはや埒が開かないと、言葉は意を決した表情をして男の前で古青江を構える。
男の刃物はその力こそ凄まじいものが感じられるが、攻撃はよく見れば振り下ろすか
横になぎ払うか程度のもので、剣の修練を積んだ言葉からしてみれば避けるのは
造作もなく。時間が経つにつれて男の刃筋を見切るようになっていた。

“右腕を振りかぶった! 今だ!”
…そして男の霊が刃物を大きく振りかぶり、胴ががら空きになったところに一閃。
電光石火の一文字で見事に切り抜いた直後に男はその場に崩れ落ち、間髪
入れずに言葉は射影機を取り出して、撮影。断末魔の悲鳴をあげながら男は
その場に消えていった……。

「…“破人”が何を意味するかはまだ分からないけれど、要はあの女の人と同じで
 私もあの人達にとっては邪魔者ってことみたい…ですね」
刀と射影機を納め、一段落付いたとふぅと息を吐き出す言葉。この屋敷における
自分の立場は分かった。そしてそれ即ちこの先も進み続けるなら、更に今の
ような亡霊が立ちはだかるということになり。…まだまだ前途多難だなと彼女が
祭壇にふと目を向けると、…祭壇の上に、あの男が残していったものだろうか?
古い書物が一冊、置かれていた。


『支管人(トカンビト)白書 一

 子より始まり亥にて終わる十二支は、時の刻みだけではなく方角をも司る。
 それ即ち十二支はこの世界をくまなく覆っているということになり、故に人が
 気付く気付かないにかかわらず、そこには大きな力が宿る。
 
 ここ空亡では、その十二支の有する力を扱う。 “裏支(ウラシ)” と呼ばれる
 この力の管理は、我ら一族に科せられた責務の一つである』


「…この “支管人” っていうのはさっき襲ってきた人のことなんでしょうけど…
“破人” に、“裏支”…。こんなのは今まで全く聞いたこともないもの…。
 一体ここでは、どんな儀式を…? それと誠君と、どんな関係が…?」
屋敷を進むにつれて、僅かずつではあったが…徐々に明らかにされていく
この屋敷での儀式。その正体がどんなものかまだ分からないだけに
巻き込まれた誠の身が一層案じられたが…

「…でも、焦っちゃ駄目です。早く進まないといけませんけど、焦っては…」
急がねばならないが、焦りは禁物。言葉は今一度深く息を吸うと入手した
書物や地図を整理して、今度は封印のかかっていない扉を開けて
目的地へと足を進めていった。…大丈夫。今までだって危険には何度も
遭遇してきたけれど、それを全部切り抜けてきたのだから、今回だって
きっと上手くいくはず。誠と一緒に皆の元へと帰れるはず…。

言葉は、そう願わずにはいられなかった。


続く

斜刺
http://2nd.geocities.jp/e_youjian/ld-rutubo
2009年09月13日(日) 09時12分25秒 公開
この作品の著作権は斜刺さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
背景ちょっといじってみました。雰囲気出たかな?

少ーしだけ明らかになってきました、空亡邸の儀式。この時点で全部分かった
という方は多分おられないでしょうが…(没。進度によってネタバレをどこまで
やるか、それに関わる古書など小道具の使い方はやはり難しい…。

この作品の感想をお寄せください。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア(ry

な、なななッ、 何をするだぁーッ!?
こんなに恐ろしい背景の不意打ちなんて聞いていないですぜ!?www

支管人とやらもそうですが、
狂信的な宗教団体の香りが漂い始めましたね。
鴉の像や北枕を重視し、
裏支なる事柄を信奉している様にも思えます。
まぁ、彼等は事柄では無く『力』と称している様ですが・・・
中でも屋敷内の所々に点在する十二支の存在が余計に謎を深めます。

此処までは旨く進めている様ですが、
不吉な予感が拭い去れ無い雰囲気ですね・・・
次回、期待してお待ちしています。
50 遊星γ ■2009-12-25 21:25:06 59.135.39.132
真夜中に見るんじゃなかった……本気で今、後ろ向けません……。
雰囲気というかそのものですってば!

やっと支管人を倒したものの、展開読めませんね。
次回も期待してますが……怖いです。
50 千鳥 ■2009-09-16 02:50:54 113.146.10.175
ちょwwwwwww斜刺さん!?
背景にこんな本気出さないでください!!
これじゃ本当に陰陽師とか呼ばないと読めないっすwwww

次回も楽しみにしてますが、これ以上怖い背景にはしないでくださいね?
50 しゅん ■2009-09-14 19:27:57 119.148.229.162
合計 150
過去の作品なので感想を投稿することはできません。 <<戻る