【零風味】 「人ノ夢ノ愛」  【一節  破人 -ハジン- その一】


「? これは…?」
先程までは閉まっていたはずが、どう考えても不自然に開いた扉をおそる
おそる開いて言葉はその先の廊下へと足を進めた。廊下といっても長さは
そんなになく、10メートルほど行けばすぐに次の部屋へと通じるものだろう
扉が見えたが、言葉はすぐにはその扉に手をかけなかった。何故なら…

「これは…、ノート? 誰がこんなものを…?」
…そこに落ちていたのは、古びた屋敷には似合わないノート紙の一枚で
彼女も最初は一体誰がと思ったが、すぐにここに迷い込んだ人間が残した
ものだろうと判断、拾い上げてみるとその内容はやはり予想通りのものだった。


『10月3日
 あの人が消息を絶ってから、もう何日が経っただろうか。当然、未だに
 何の知らせも入っていない。失踪に関して何か気付いたことはないかと
 何度も聞かれたが、私の方が聞きたいくらいに何もなかった。
 
 本当に、あの人はどこに…? 民俗学の研究とかで家を何日も空ける
 ことは何度もあったけれど、何の連絡もなしにいなくなるなんてことは
 一度もなかったのに…。心配で不安で、夜もろくに眠れない……』


『10月5日
 何かなかったかと聞かれ、今日一つ…彼の部屋を探していたときに
 紙切れが机の上に置いてあったことを思い出した。
 それには何も書いてなかったけれど、その紙が相当に古びた和紙で…。
 民俗学者という職業ではあったけれど、私生活では好みの傾向として洋風を
 好んでいたあの人は絶対に持たないようなものだったので、冷静になって
 思い返してみると、これはかなり不自然なことだ。
 
 …あの人の失踪と、古びた和紙。この二つが関係している証拠は何もないが
 今のところ、手がかりはこれだけしかない。
 明日、図書館に行ってみようと思う。何か記録があるかもしれない…』


 10月10日
 古びた資料と何日も格闘していた甲斐があり、遂に記録を見つけることができた。
 その数はさほどのものではないが、やはり私の他にも同じように…誰に何も
 言わず、ただ部屋に古びた真っ白の和紙だけを残して失踪してしまった人がいた。
 この失踪に関して怪しいとされているのが 『空亡邸』 という場所のようだ。
 場所も苦労はしたが、何とか見つかった。明日から行ってみようと思う』

 
「これは、誠君と同じ…! それに民俗学者ってことは、この人は多分……」
おそらく文面から察するに、このノートを残した人物はあの時持国から見せて
もらった新聞記事に出ていた者だろうと思われ、言葉が持ってきていた鞄から
その記事を取り出して確認したその時。彼女の視界に玄関とは反対側の、次の
部屋へと通じる扉に人影のようなものが通り過ぎるのが見えた。


「!? 誰!? 誰かいるんですか!?」
自分以外の者の気配を感じて言葉は体を振り向かせるが、そこには何もおらず
また扉が開かれた音もしなかったので移動があったというわけでもないが、思わず
言葉は小走りでその扉に駆け寄って開こうとした。しかし何故か開く気配がない。

「何で…? 鍵付きの扉でもないのに…? あっちで何かが塞いでいるの…?」
鍵もないのに開かない扉とくれば、その開かない原因は他にあると考えられ…
これだけ古い邸宅ならば、向こう側から何かが崩れ落ちて扉を塞いでしまったの
だろう。そう考えて言葉が別の道を探そうとした瞬間、腰に下げていた古青江が
再び青白い光を発し始めたのだ。

「ま、また…!? で、でもどうして…!?」
それはあの時の、誠の部屋で発生したのと同様で…。古青江の光は時間が経つに
連れてまばゆくなり、ついに真っ白に弾けると彼女の頭に映像が流れ込んできた。


“この屋敷のどこかに、あの人はいるはず…。どこかに……” 

そこには、若い女性が一人…あちらこちらを振り向き、振り返りながら歩いている
姿があった。よほど大切な人なのだろう、せっぱ詰まった顔をしながら……

「ッ!! …い、今のは…」
頭に映像が流れてくるのは、これが二度目。しかしまだ慣れない感覚に言葉が
頭を抑えて首を振ると…、目の前の扉に異変が現れた。先程までは何もなかった
のに、急に青白い煙のようなものが扉を覆うように浮かび上がってきたのだ。
一体何だと手を伸ばしてみると、それに触れた途端彼女の手は勢いよく弾かれた。

「これは…? もしかして、扉を封印している…の? それなら…!」
先程弾かれた手を空中で振りながら、言葉は今度は、先程から様子のおかしい
古青江ならばと抜刀してその刃を近づけてみたが…

「やっぱり、これも…!? それじゃあ、どうすれば……」
その結果は、同じ。やはり弾かれてしまい、到底この扉を開けられるようには
見えなかった。…引き返すわけにはもちろんいかないが、かといって他に先に
進めるような扉はなく、早速途方に暮れる羽目になったが…

「! そうだ! 確か駐屯地を出る前にもらった……」
しかし直後、何かに気付いたような顔で持ってきていた荷物を漁り始め、しばらく
後に取り出してきたのは、非常に年季の入ったカメラと思われる機械だった。
何故そんなものをとも思われたが、当の言葉は一心にそれを組み立てていった。

「これがどう役に立つかは分からないけど、こんなところで立ち止まってたら
 誠君が…。考えられることは、何でも試さないと…」
それからすぐにカメラを組み立て終わった言葉は、それを手にしつつ
駐屯地を出る直前に起こった出来事を思い返していた……。

……………………………………………………………………

「みぃ…。どこに行くのですか、言葉?」
「え、り、梨花ちゃん!? ええと、どこって…」
持国のところから情報や多少の道具をもらって帰り、いざ空亡邸へ赴く準備を
整えてこっそり出て行こうとしていた言葉を呼び止める声が、一つ…。
見つかってはいけないのにと動揺する言葉を前に少女・梨花は首をかしげて
立っていたが、すぐに言葉に近寄ると何かを差し出してきた。

「? 梨花ちゃん、これは…?」
「…言葉。これを…“射影機” を持っていくのです。必ずあのお屋敷では言葉の
 役に立つはずの道具なのですよ…。大丈夫。ボクは誰にも言わないのです。
 だから安心して行ってきて、二人で帰ってくるのです…」

“!? 私は誰にも何も言ってないのに、どこからこんなことを…?”
梨花が今口にした一言に、言葉は驚きを隠せなかった。確かに誠が失踪したのは
周知の事実ではあったが、それと空亡邸の関連などを知っているのは今のところ
言葉本人と持国しかいない。自分はもちろん誰にも喋っていないし、持国にも
なるべく口外しないようにと言っておいた。つまり今現在彼女たち二人以外に
詳細を知る人間はいないはずなのだが…、

“確かに以前から不思議な雰囲気は持っていたけど、まさか超能力でも…!?”

だが、目の前の少女は違った。それも “お屋敷” と、言葉の目的地について
はっきりと言い当てたのである。疑問が頭に渦巻く彼女は思わず梨花にことの
真相を訪ねようと一歩近づいたのだが…、梨花が自分を深みを帯びた目で
見つめているのに気づくと、そこで彼女の動きはぴたりと止まった。

「…大丈夫、なのです。どんなに大きな困難だって、乗り越えられないものは
 ないのですよ。必ず、帰って来れますです。絶対に……」
「…………………………………」

…………………………………………………

「梨花ちゃんがどうしてこうなることを知っていたのかは気になるけれど
 今はそんなことを考えてるときじゃない! こっちを……」
頭に中には尚も疑問が浮かび続けていたが、それを今は振るい払って。
言葉はカメラ…射影機にフィルムを装填すると、扉に向けて構えた。

「お願い! これで…!」
これで何もなければ、完全に振り出しに戻ることに。しっかりと目標の扉を
青白い煙のようなものを撮影窓に納めると、ぐっとシャッターを押し…
直後、ぱさりという音と共に撮影された写真が床に落ちた。

「写真は、撮れた…。それじゃあ、ここに何か……、!!」
さて写真を撮影をして、そこに何か異変がないかを確認するべく出てきた
写真を手に取ると…、大当たり。言葉はぴくりと眉を動かしてはっと息を
呑んだ。そこにはいわゆる “あり得ないもの” …。青白く透き通った人影の
ようなものが映り込んでいたからだ。

「この射影機、本当にこんな力が…。一体、どういうものなの…?」
言葉ももちろん心霊写真のことは知っていたが、本心から信じていたわけ
ではないので、まさか自分がそれを撮影することになるとは夢にも思わず
彼女は射影機と写真に交互に目を向けていたが…、しかしそこで急に
また表情を変えると、その “あり得ないもの” が映り込んだ写真に視線を
釘付けにした。

「…でも、この顔…。この人はさっきの…?」
…思い返すまでもなく、その顔には見覚えがあった。映り込んだその顔は先程
古青江が光ったときに見た女性のそれで。ならばまさかと思わず扉の方を向いて
みたが、もう青白い煙は消えて扉も自由に開くようになっており、ならば先に進もうと
したその時…、しかしそこで言葉は足下にノート紙が落ちているのに気付いた。
さっきまではなかったはずなのだが、とにかく拾い上げてみた。


『10月11日
 思ったよりも時間がかかったが、空亡邸には到着することが出来、早速探索を
 始めることにした。しかし私は特に霊感があるとかそう言うわけではないのだが
 この場所は何か重苦しい…嫌なものを感じる。特にここに入った当初から、誰も
 いないのに誰かに見られているような気がする。

 なるべく早くあの人を見つけて、ここから立ち去りたい。強くそう思う…』


「…一体何が起こっているのか、全く分からないけれど……
 とにかく今は、これで先に進める……」
回りで起こるのは、不可思議なことばかり。しかし右も左も分からないなら
今はとにかく前進あるのみ。言葉は扉に手をかけて中に入っていった…。



「今度は、広間…? そんなに広くはないけれど…」
扉を開けたその先に待っていたのは、応接間ほどの大きさの広間だった。
辺りには他の部屋に繋がっているのだろう襖や箪笥、屏風などが置かれて
いたが、言葉が広間を見回していていると、その広間の中心に人影が…
女性が立っているのが目に入ってきた。

「あ、あなたは!? すみません! ちょっとお話を…!」
先程から感じていた妙な気配の正体はこの人かと、話を聞こうと声をかけて
駆け寄ろうとしたが、しかし彼女の手が届く前に人影はふっと消えてしまった。
…またしても目の前で起こった、異変。言葉はしばし呆然と立ちつくしていたが
ふと足元を見てみると、…先程の人影が残していったものだろうか? ノート紙と
それに重なって紙が数枚落ちているのに気付いた。


『10月12日
 あの人を見つけることは未だ出来ていないが、代わりに彼の残したメモ書きと
 研究資料を広間で見つけた。何故こんな所に落ちているのかは分からないが
 とにかくこれで、彼がここにいることは間違いがなくなった。
 
 研究資料の内容は、この空亡邸に関するものだったが
 資料自体はともかくとして、メモ書きの文面に少し乱れたような部分がある。
 流石のあの人も、私と同じような感覚でいるのだろうか……』


「…研究資料に、メモ…。多分、これのことね……」
見ると、そのノート紙に何枚か別に紙が下に重ねられていた。“研究資料” と
なれば、何か探索のヒントになるような情報が書かれているかもしれない。
言葉ははやる気持ちを抑えながら、その資料に手を伸ばした…。


『この屋敷に私のように迷い込んだ?者がいるかもしれないので、また
 私自身にも何が起こるか分からないのでこのメモを残す。
 
 以下に記したことを見ると、狂人が書いたと…正気を疑われるような部分も
 あるかもしれないが、全て事実である。私は確かな意志を持ってこれを
 書いたことをここに記述しておく…。


 9月29日 
 この日…、この屋敷に来るまでの経緯をまず書いておく。
 私の研究室に帰ったときのこと、机の上に古びた和紙が置いてあったのだ。
 そこには何かしら唄のようなものが書かれており、それを読んだ途端周囲に
 人影のようなものが現れて声が聞こえたと思ったら意識を失い、気がついたら
 この屋敷の中で目を覚ましたというわけである。
 
 全く見も知らぬ旧家の屋敷とくれば、通常ならば何かないかと研究意欲が 
 湧いてくるものなのだが、どうにも今回は違った。屋敷全体から寒気がする
 ような感覚を覚えたので、すぐにこの屋敷から出て行こうとしたのだが…
 しかしどうにも奇妙なことに、屋敷から脱出が出来ないのだ。扉にどれだけ
 体当たりをしかけても棒などで殴っても、果ては火をつけようともしてみたが
 全く何の効果も見られない。 

 …どうなっているのか皆目見当もつかないが、とにかくこの屋敷から強硬
 手段で脱出を試みるのは無駄だと分かったので、ならば何か他に手段が
 ないか探してみることにする』
 

『-空亡邸に関する調査記録及び考察 1-

 この場所に関しては、民俗学者の私すらここに来るまで存在を知らなかった
 ほどに記録が残っておらず、また周囲も屋敷の中から確認した限りでは
 深い木々(森?)に覆われて、到底人目につくような造りではなかった。

 この屋敷を少し探して見つかった資料からすると、ここでは何かしらの
 神事や儀式を行っていたらしいが

 ・人目を避けるような立地条件で建てられている 
 ・屋敷の名に “空亡”(全ての妖怪を踏み潰すという最凶の妖怪で、干支
  では零番目を意味する) という不吉な名前をわざわざ冠している。
 ・空亡邸に冠する記録は、外部にはほとんど一切残っていない。

 以上の点からして、その神事や儀式は我々が通常想像するようなもので
 あったとは考えにくい。この屋敷には、まだ何か秘密が隠されていると判断
 される。それもまず間違いなく、悪い方面の…』


「…誠、君……」
…これがただの一般人が書いたものならまだしも、専門家の見解とあっては
ただでさえ不安でいっぱいだというのに、それが尚更のものになり…
言葉は震える自分の手を握ると、目を閉じて俯いた…。


続く
斜刺
http://2nd.geocities.jp/e_youjian/ld-rutubo
2009年09月06日(日) 13時03分44秒 公開
この作品の著作権は斜刺さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
まずは零シリーズ序盤のお約束で、屋敷に迷い込んだ方々の登場です。
まぁ歴代その全部が悲惨な末路を辿っており、当然この話でも……

この作品の感想をお寄せください。
霊的なものが相手なら、
古青江を振るっても
意味が無いと言わざるを得ない!?

それにしてもお屋敷の名に最凶の妖怪の名を冠するとは・・・
この場所でかつて何があったか知らせようとする先達の言葉、
そして梨香に託された謎のカメラ(?)・・・
事あるごとに解ることは、

此処がただのお屋敷では無い事・・・
こんな所で死んだら流石に誠も気の毒だ。
早く助かると良いのだが・・・嫌な予感しかしない。
50 遊星γ ■2009-12-25 19:56:36 59.135.39.133
おおお、先に迷い込んだ方々のご登場だ……!
こういう方々ってヒントを残してくれるのに、登場の仕方が遠回しな分、恐ろしいんですよね。
さぁ、どういったカタチで出てくるのでしょうか……。

古青江に力があるのかな、と思いきやまさかの梨花ちゃんから……。
配役がぴったりはまり過ぎてて怖いぐらいです。

これからの展開も目が離せませんね。お待ちしております。
50 千鳥 ■2009-09-01 12:38:20 113.146.10.175
元ネタを知らないので、事前情報0で買った
ゲームのOPといったところですね

これからの展開に期待してます
30 黒帽子 ■2009-08-24 01:10:56 221.188.210.67
射影機を持参している言葉様。
ということは、トミーの出番はたぶんないんだね……orz

でも梨花ちゃまがその射影機をさずけたのなら、それはきっと「運命を打ち破る力」も込められているのですよね?
零シリーズは本当に悲しい物語だけど、どうか言葉たちには笑って元の世界に戻ってほしいです。
50 しゅん ■2009-08-18 10:29:54 119.148.246.203
合計 180
過去の作品なので感想を投稿することはできません。 <<戻る