夕暮れから夜に至る、一日が終わっていく時間帯……。 特にこの季節では顕著で、人々が足早に家路につく時間帯…。  そんな中で一件、いつものガード下にその店はあった。 決して華やかではないが、来る者に暖かみを与えてくれる 仕事帰りの者が酒を飲み談笑をしてくつろげる、いわゆる 「ガード下のおでん屋」  …本日もまた、賑やかな声が聞こえてくる。 ただし今日は、いつもと客の様子が違っていた。すなわち… 「とーさん! この卵、すっごい美味しいよ!」 「あのちくわ、もう一回食べたいの! 取って!」 「ああ分かった分かった。分かったから大人しく待ってな」  …通常、この店に来るのは仕事帰りの男が大半であるのだが 本日の客はどういうわけか、年齢が5歳くらいの、見た目から 服まで何から何まで瓜二つの女児二人と、その父親であろう 金髪を逆立てた男という、この店に来るには珍しい組み合わせで……。  女児達がきゃあきゃあ騒ぎながらおでんを頬張るのを、父親の男が 苦笑いしながらおでん種を取ってやり、そんな微笑ましい光景を 店主も目を細めながら眺めていた。 「いやぁ、リョウの旦那。賑やかですねぇ。…しかしいつもはDIOの旦那や  ユダの旦那と一緒に来られるのに、今日はどうしたんです?  その子達…、旦那のお子さんですよね? 名前は確かヒナちゃんと  ヒノちゃんで…。お子さんがいるって話には聞いていましたけれど、実際  見るのは初めてなもんでしてね……」 「ああ。…まぁ実を言えば今日嫁が…アリスが一日がかりで遊びに出て  いっちまって、子守を担当することになってな…。夕飯をどうしようか  考えていたところに、せっかくだからこいつらにもこの店のおでんを  食わせてやろうと思ってな…」  男…リョウが双子の娘達と一緒の子連れという、おでん屋に来る客層と しては珍しい組み合わせで来たのには、そういう理由があったわけで。 店主も相変わらずの笑顔で何度か頷くと、先ほどヒナ達がほしがっていた 卵とちくわを皿に乗せると、二人の前に差し出した。 「ふふ、そいつは光栄ですねェ…。…さて、ヒナちゃん、ヒノちゃん?   お望みの卵とちくわを取ってあげたからね。熱いからよーく冷まして  食べるんだよ?」 「わー! ありがと、おじさん!」  そしておでん種を目にしてヒナたちは一層目を輝かせ。美味い美味いと あっという間に口の中に消えていき、また新たなおでん種をねだりだした…。 「はっはっは。えらく旺盛な食欲ですねェ……」 「だろう? アリスの奴がこいつらを “まるで幽々子みたいね” とか言ってたが  何となく分かる気もするんだよ。最近のこいつら見てると……」   西行寺幽々子…言わずと知れた大食らいの代名詞であり、さすがに そこまで食べるようになったら異常だと言わざるを得ないが、成長期の子供の 食欲はそれ並みに旺盛なもので…。リョウが双子の頭を撫で、店主がまた 次のおでん種を取ってやった、その時であった。のれんをかき分けて男が一人 店に入ってきた……。 「おや、いらっしゃい。何にします?」 「……とりあえず、一本。後は適当にやってくれ……」  男は…一人。リョウと同じように髪を逆立てたまだ若い男であった。 一人でこの店に来たようだが、それも決して珍しくはないのだが…… しかしやけに険しい表情をしていて、口数もやけに少ない。店主が注文通りに 酒を出した後も、相変わらず苦み走った顔でいる。 “親父さん、これは……” “ま、何かあったんでしょ。静かに飲ませてあげるとしますか……”  …おそらく、仕事か何かで嫌なことでもあったのだろう。リョウと店主は 目配せをして、無言の会話をした。大人の配慮というやつである。 しかし  「ねぇ、とーさん? あのお兄ちゃん、何であんなに怖い顔してるの?」 「ここのご飯はこんなに美味しいのに、あのお兄ちゃん、どうしたのかな?」 「ッ!! ば、馬鹿! …い、いや悪い! 子供らの言ったことだ、大した  意味はないんだ。気にしないで……」  …KY。 しかしこれはある意味では仕方のないモノかも知れないが…… とにかく発してしまった、爆弾発言。それを受けて彼らの方をゆるりと振り返った 男に向かって、リョウは娘達の口をふさぎながら、頭を何度も下げたが…… 「…ハハ。いや、いいんだ。その子達の言うとおりだからよ……。  ……すまんねぇ。こんなシケた空気を持ち込んじまってさ……」 「………。…あー、そういってくれるとこっちも助かるが……  しかし、どうしたんだい? よかったら聞かせてもらえるかな…?」    …どうやら状況は、自分たちの危惧していたようなモノにはならなかったようで… リョウはひとまずほっと息をつくと、男と自分のコップに酒を注いで 男もそれを一気にあおると、しかし変わらずどこか暗い表情で…リョウと その横に座っているヒナとヒノを見つめながら話し始めた……。 「その子達は…、兄さんの娘さんだよな…? とすると、結婚してる…?」 「! ああ。見ての通りの双子で、今五歳で…。だからあんたの言うとおり  結婚もしてるが、それがどうかしたのか…?」  おそらく仕事関係の悩みだろうと思っていたが、もしかして家族関係か? リョウが男の方に身を乗り出すと男はふっと笑い、懐から小さな箱を 取り出した。その中身は…… 「わ、きれー! これって、こんぺーとー?」 「違うよ、ヒナお姉ちゃん! これあめ玉だよ!」  …その中身は、指輪。紅い宝石のついた見事な一品で…。 全く外れたことを口にして騒ぐ子供達は、店主がおでん種を出してふさぎ。  リョウは指輪を手に取ると、しばし光にかざして眺めた。 「へぇ、こいつはまた…、俺もこの手の鑑定が出来るわけじゃないけど  でもこいつが結構いいものだってのは分かるぜ…。  で、こんなものを持ってるっていうことは…、あんたには婚約者が  いるってことだよな?」 「ああ、そうなんだ。…かれこれ付き合いは五年くらいになるか……。  関係は…俺が言うのも何だが、すこぶる良好。いわゆるヴァカップルって  いうのかな。俺なんかにべたぼれしてくれちまってて、そいつは現在まで  続いてるんだが……」 「へぇ。ってことは別に、その彼女と喧嘩したってわけでもなさそうだが……  だとすると、一体何が悩みなんだ…?」  婚約者がいて、こんなに深刻な顔をしているとすれば喧嘩でもしたのが 考えられるが、どうやらそれではなさそうな様子であり。リョウが指輪を 箱に戻すと、男はその箱を手に取ってふうと息を吐き出した。   「…こいつなんだ、こいつ…。…さっきも言ったとおり、五年も付き合って  きたから、もうこういうモンを渡してもいい時期かな…と思って用意は  したんだけれどよ……。   それがいざ渡して “告白” するとなると、何故か出来ねぇんだ。言葉が  出なくなるというか、体が動かねぇというか……。ははっ…」 「あー、なるほど…な」  婚約者への告白、いわゆるところの “プロポーズ” であるが、確かに 人生の一大事であるだけに、これの敢行には多大な決心が必要となる。  自分も当然ながら過去に経験があるため、リョウはとてもよく分かると 言わんばかりに頷いて見せた。 「俺もな、あんたと同じだった…。長いこと付き合ってた今の嫁と結婚するに  あたって指輪を意気込んで用意したまではいいんだが、いざ渡すとなると  どうしても、その一歩が踏み出せなくてな……」 「…ああ、やっぱり兄さんもそうか。やっぱり皆そうなるのかねぇ……   …それで…、どうやって渡したんだ?」  思わぬところでいいものに出会ったと、男の目は輝いた。ひょっとすれば このある意味人生最大の壁を乗り越える事が出来るかも知れない、と。  …だが、そんな彼に対して返ってきたのは…… 「いや、こいつは何というか…事故だな!    というのもよ、ある日俺が外から帰ってきたら…どういうわけか指輪を  入れた箱が机の上に置いてあったんだよ。ちゃんとしまっておいたはず  だったんだけどな。それが嫁に見つかって 「あらそれ何?」ってことに  なって…、もうそこまで来たら逃げようがなかったから、そのまま箱開けて  指輪見せて……、ってな感じかね」 「はぁ…。なるほど、そんな感じか……」  どんな答えが返ってくるかと思いきや、出てきたのはそれかと男は 少し落胆したような顔を見せたが…、そんな彼にリョウはにこやかに微笑み ながら肩をぽんぽんと叩いた。 「だけどよ、そんな程度なんだよ。ほんの一歩ぽんと出ちまえば、後は流れに  乗せて進めるからな。その一歩は…酒でも何でもいいさ。とにかく最初さえ  やってしまえば、後は……な!」 「……………………」 ……………………………………………………………… 「さて、これにて一段落……かな」 「あのお兄さん、ちゃんと渡せるといいんですけどねェ。こればっかりは  本人次第ですからねェ……」 「ねぇとーさん? 何のお話ししてたの?」 「ん? …はは。まぁまだお前たちには、早すぎるお話かな……」 「むー! 内緒なんて、ずるいー! かーさんに言いつけちゃうよー!」 「はっはっは。こらこら暴れるな。…それじゃ、勘定頼むぜ!」   …………………………………………………………… “最初が肝心…か。そりゃ確かにそうなんだよな。  そいつが乗り越えられりゃ、後はなるようになる……。  …分かっちゃいたけど、それがなかなか出来ねぇ…、が  それをどうにかするしか、方法はねぇんだろうなぁ……” 「よっしょっと。ただいま……と」 「あ、おかえりなさい!」  帰路についた男が到着したのは、和風の巨大な建物で…… 帰ってきた男を出迎えたのは…、長い銀髪で兎の耳を有した…女性! 「その顔からすると…、今日は外でお酒でも飲んできたの、白菜?」 「ああ、鈴仙。ちょっとまぁ、付き合いでな……」  今までにもそういう理由で外で飲酒してくることもあったのだろう、鈴仙は 何を疑うこともなく白菜の横について一緒に歩き出した。…もちろん知っての 通りに酒を飲んできた本当の理由は違うわけだが、それをその張本人の 彼女に言えるはずもなく…。 “…しかしまぁ…、そうだよな。いつまでもウダウダやってるんなんて俺らしくも  ねぇ…。ここらで一気にやっちまうか。   だが、やっぱりいざ言うとなるとなぁ…。鈴仙のやつ、兎らしいと言うべきか  突発的な驚きとかに弱いからな。気絶しねぇだろうなぁ…?”  酒の酔いも手伝って、頭の中に色々な考えが浮かぶ。とはいえとりあえず 水でも飲むかと台所に来た白菜だったが…、入ったその時点で動きを止めた。 何故なら…… “な、な、な、な、何ィィィィッ!?  ど、どどどうしてこいつが、机の上にぃぃ!?”  …そこにあったのは、紛れもない…先ほどリョウに見せたあの指輪の 入った箱。ポケットをまさぐると、何故かない。どういうわけで、確かにさっき まで持っていたモノが何故ここにと、いくらも考えたが答えは一向に出てこない。  そうしてまごついていると…… 「あれ、白菜? この箱って何なの?」 「! はうあッ!?」  やはり、見つかった。…初めて見る “それ” を鈴仙は興味深げに見つめており 白菜も最初はどうしたものかと目をぐるぐるさせていたが…、しかし、こうまで 来てはもはや逃げられないと悟ったのか、鈴仙の方へと向き直ると箱を開けた。 中身は当然、真紅の宝石のはまった指輪……。 「わぁ、きれい! …それで、この指輪は何? 白菜のアクセサリー?」 「違う。…あー、この辺もお前たちは知らないことなのか。まぁいい……。  …お前よ、“結婚” って聞いたことあるか…?」 「結婚? …う、うん。あるよ…、って、え? まさか…?」    白菜らの住んでいた現実世界とは、習慣が違う幻想郷に住んでいた鈴仙だが 結婚の習慣がないというわけでもない。  …当然、愛する男からそれを口にされることが、どういう意味を有するかも…… 「…こいつも、いつぞやのクリスマスと同じように…、いや、あっちよりも  意味合いは比べものにならねぇくらいに強い。つまりは、な……  こいつを渡すってのは、お前と結婚しようって意思表示だ。だから……  受け取って、くれるよな…?」 「……………………………………」  ついに行われた、白菜の “申し出”。それを受けた鈴仙は…… 何も、答えなかった。ただ指輪を彼の手へと渡し、直後に顔を俯けたまま指を 伸ばして左手をすっと前に差し出す、紛れもない了承の意志を示し…… …勿論それに対する彼の行動も、言わずもがな。 「……ま、仲人も立会人もいないけど、これでいいよな? 永琳さんとかに  やってもらってもよかったが、個人的には邪魔の入らない二人だけで  やりたく…て……?」  しかし彼が言い終えぬうちに、彼が自分の薬指に指輪をはめてくれるや 否や、鈴仙は白菜の胸に飛び込んで “しっかりと” 抱きついた。 「…嬉しい……! 私、…今、すごく…、これ以上ないくらい…、すごく嬉しい!」 「お、おい鈴仙!?  あ、アバラが圧迫されてすごい痛ぇんだが…!?」  若い男女が抱き合う、傍目からすれば実によき光景なのだが…… どうも様子がおかしい。白菜が…見れば鈴仙が抱きしめている彼の体から 嫌な音が聞こえてきた。 「私たち二人以外の誰が見てなくてもいい! 誰も知らなくてもいい! 私たち  二人だけが知っていればいい! …私、白菜と夫婦になれたんだね?   やっと! やっと! …とうとう私、白菜の奥さんになれたんだね……!!」 「お、お、お前の華奢な体のどこに、こんなとんでもない力が……!?  鈴仙! 分かったから放せ! このままだと、お前に潰されちま……!」 「……大好きだよ、白菜……!! 大好き!!」  もはや鈴仙の方は感激が頂点に達していたようだが、白菜はそれどころでは なく…、必死に体をじたばたと動かすも、そんな抵抗は所詮 “嵐” 前の灯火に 過ぎなかった。 …………………………………………………………… 「やれやれ。やっとここまでこぎ着けたのね。本当に時間がかかったこと…  これじゃ二世の誕生には、これからまたどれくらいかかることやら……」 「時間がかかりすぎですよねぇ、師匠?」  さて、そんな二人の様子をモニター越しに眺める影が二つ。…おなじみの? 師匠こと八意永琳と、鈴仙の妹分の因幡てゐである。  二人としてもこの光景を心待ちにしていたのか、祝いものの酒まで持ち出して グラスに注ぎ、乾杯までしている始末である。となるとあの一件もこの二人の 仕業によるモノかと思われたが…… 「…それにしても、師匠もやりますよね。指輪を一瞬にして白菜兄さんのポケット  から机の上に移動するなんて。一体いつそんな、どこかのメイドみたいな  技を習得したんですか?」 「え? …な、何言ってるのよ。あれってあんたのやったことじゃなかったの?  てっきりあんたが新しい罠か何かを開発したものだと思ってたんだけれど…?」 「…それって、本当ですか? 嘘とか言ってないですよね?」 「それはこっちの台詞よ。あんたこそ……」 「………………………」 「………………………」  永琳がやったことでも、てゐがやったことでもない。まさかメイド長がわざわざ こんなところまで来たり、或いは姫君が動くはずもない。  …だとすると、一体? 二人はそのまま黙り込んでしまったが、その正体は… ……………………………………………………………… 「フフハハハハハハハハァァッッ!! …甘い! 甘い甘い甘すぎるわッ!  愛する女に指輪一つも渡せないで、何が “ミスパ最強”、“時期魔王候補”だッ!  今日から “芽キャベツ” とでも改名するがよいわッ! ハハハハハハァッッ!!」  …特徴的な笑い声としゃべり方、そして何より “アレ” が出来る者…… ニコニコ世界の一角、古城にて城主のDIOが、それはそれは楽しそうに スクリーンで二人の姿を眺めながら笑っていた……。 「フン! それにしてもリョウにしても白菜にしても…、戦闘は抜群だがこの方面に  関してはへたれも同然とはな。 登場早々に “ズッキューン! や、やった!(ry  のこのDIOを見習えと言うのだ……」  にやにやと笑いながらアレな事を口にしていたDIOの横に、ザ・ワールドが 姿を現した。今更言うまでもないだろうが、主に向かってびぃっと親指を立てると DIOも大きく笑いながら親指を立てて返した。 「…うぅむ。しかし最近はこういうヘタレが増えてきているようだな……。  この手の副業でも始めてみるか……?」 終幕  一体誰が!? …その黒幕はDIOでした(爆 リョウとアリスの結婚宣言(プロポーズ)も、需要があったらやろうかなとは考え中…。