【もっと歌わせて2107】 ワPに対するリスペクトも含めて、ロックミクです。 100年後って… ロックマンは何をやってるんでしょうかね?(もしやXに世代交代?) ************  ロボットは、夢なんて見ない。  けれど、【自分自身】を演算しないいつかの時間に、何かをみた記憶があるならば、 それは、人間でいうところの【夢】なのだ。  そうしてその日にミクが見たのは、かなしい、さみしい、夢だった。  100年のときが過ぎて、もう誰もミクを覚えていない、ミクを歌わせてくれる人もいない。  いちばん好きな人ですら、いくさへと出かけていって、もう、帰らない。  鉄くずのようになったミクは、月の砂を踵下へと踏んで頭上を仰ぐ。そうすると、 そこには一度は青いガラスのように美しかった星が、今はかさぶただらけのように白く乾いて、 月のように空に浮かんでいるのだった。  交代制で見張りの任務。今日はロックマンと、それに、ストーム1。  二人で並んで夜の街を歩いていると、昼間の日差しに焼かれたアスファルトが熱い。 マザーシップを撃墜しても、まだ、街には魑魅魍魎に妖怪のたぐいが徘徊する。 使い慣れたアサルトライフルを肩に担いだストーム1の後ろをやや遅れるようにして、 ロックマンは、油断無く左右に眼をくばりながら、街を歩いていた。  砕かれてとびちったビルの窓が、ふりそそぐ月光に銀色だ。給水管を壊して噴水をあげていた事故の痕は、 今は、ひしゃげた車が一台と、ビーズのように千々に砕けた硝子の欠片。 透明な水がアスファルトをひたひたと叩いている。どこかの海の、水辺のように。 「このあたりには、もう、妖怪はいないようじゃの」  ストーム1はつぶやき、アスファルトに膝を突いて、グローブの指でざらりと地面を撫でる。 「どうしてです?」と思わず問いかけるロックマンに、「誰もおらんからの」と簡潔な返事が帰ってくる。 「血の臭いもせん、壊しがいのあるようなものもありゃあせん。 今はやつらもマザーシップをやられて手勢不足に困っているじゃろうからの、 わざわざこんなところまでは来るまいよ」 「……」 「ロック、お若い人が気にすることでありゃあせん」  側を通り過ぎながら、ストーム1の手が、ぽん、とロックの頭を軽く叩いた。 「やつらをワシらは退けた。そんな言い方をするなら、市街地に被害が出る前に叩いておくべきだった、 とでも言うべきかもしれんがのう…… やつらが何をしたいか分からない以上、 大本を叩くのもムリというものよ」 「後手後手に回っていますよね」 「正義の味方の宿命じゃ。しかたないわい。医者と戦争屋だけは、 何があってもオマンマの食い上げにはなるまいよ」  そう言って、歴戦の老兵は、からからと笑う。それがロックマンを慰めるためのやさしい演技だと 分かっていて、だからこそロックマンは、とうてい笑って答えるようなことなど出来なかった。  元々は、人間の家庭に入り、家族として愛され、そして、愛するためにつくられたレプリカント。 ロックマンの”こころ”は、戦いというものに特化した今の身体には不釣合いなほど、 やわらかく作られているように思える。  そのときだった。ふと、ガガ、ガ、と雑音が聞こえる。二人は顔を見合わせ、すぐに、 お互いの武器を構えた。ストーム1はとっさに拳銃を抜き、スライドの動く金属音が聞こえた。 ロックは片腕をバスターに変形させる。  目配せ。この反応は、通信電波を傍受するように設定されている。誰が、誰に対して通信を試みているのか。 ショウウインドウが砕け散った玩具屋の店頭からそれは聞こえた。二人はお互いにタイミングを計り、 死角になる壁へと、ぴたりと身を寄せる。  ラジオが鳴っている――― 子供向けの玩具、カラフルなプラスチックで作られた子供用のラジオ。 だが、そこから流れ出す音をきいたとき、ロックマンは思わず、声を上げそうになってしまった。    ”あれはとても暑かった夏の終わり”  ”青い、青かった空の下で”  ”そこでわたしは 歌い続けていた”  ”街にうたごえ響いた” 「―――ミクさんっ?」  ロックマンが声を上げると同時に、ふいに、怯えたように引きつった音と共に、 ぶちん、とラジオから流れる音が止まった。  眼を見開いたまま、とっさに動けなかったロックマンよりも先に、ストーム1が、 少女用のドールハウスや、ミニチュアカーを踏みしだきながら、ショウウインドウの中へと踏み込む。 注意深く銃を向けた先で、けれど、ラジオがそれ以上の反応を見せる様子は無かった。  当たり前だ。それはただの、おもちゃのラジオだったのだから。  一度も子どもの手に渡ることなく、争いと共に見捨てられていった、 ありふれたガラクタの一つに過ぎなかったのだから。  ロックマンだけが彼女の居場所が分かった、その理由はひどく簡単なものだった。  なぜなら、ロックマンもまた、ロボットだから。  目に見えない電波を辿り、彼女の存在が発信し続けている認識コードが 足跡のようにあちこちに残るのを追えば、彼女を、初音ミクを見つけるのは、 そんなにも難しいことではない。  キィ、と音を立てて、ビルの屋上のドアを開く。目の前には折れた避雷針がつきささっていて、 その向こうに月が出ていた。おどろくほどに大きな月。卵色の月。  ミクは、おそらくはロックマンの存在にも気付かないで、夕顔の花のようなパラボラアンテナの下に座り、 しずかに眼を閉じて、小さな声で歌を口ずさんでいた。いや、その表現は正しいのか。  ミクは、音という意味で”歌って”はいない。  ミクは、音ではないモノで、”歌って”いるのだ。  声をかけようかと思って、けれど、ロックマンはとっさに、その背中へと手を伸ばせなかった。  月光を受けた髪が、透き通るようなネオンブルーをして、風に吹かれて揺れていた。 ヘッドセットから伸ばしたコードがアンテナにつながれて、ミクは小さな膝をそろえ、 ぽつんと座り込んでいる。寄る辺のない少女の後姿。  ”あれからどれだけたったのかしら あなたの姿が見えない”  ”わたしはまだまだ歌いたいのに あなたがいないの”  ”あなたの好きだったあの歌 わたしまだ歌いたいのに” 「……ミクさん」  ”もっとたくさん歌をおしえて もっとうたわせて”  ”わたし 歌いたいの”  ロックマンは、呼びかけようとして、けれど、黙った。  無心に歌を口ずさむミクの後ろへとゆっくりと歩み寄って、肩に手を置いてやった。ミクが眼を上げた。 透き通るようなひとみは、人間には在り得ざるパライバ・ブルーだった。    ”わたしまだまだ歌いたいのに”  ”あなたがいないの”  チチ、と小さく音がして、ロックマンは、ミクの哀しみを己に読み込んだ。それは言葉ではない言葉、 人には理解し得ないプログラムの想い。  ミクの口ずさむその曲。どこかにいる、誰か、ミクのことを愛してくれている”マスター”のひとり。 彼が作ってくれたミクのための歌。  100年のときが過ぎても、100年も昔に死んでしまった人の歌を歌っているミク。 ひとりぼっちになってしまったミクの歌う歌。  ミクはかるく唇に微笑みを浮かべて、けれど、ロックマンを見上げる目から、 ぽろりとひとつぶ涙がこぼれた。ロックマンにはどうしてやればいいのか分からなかった。  思い出したことがある。お茶でも飲みながら何かのときに話した、たわいもないおしゃべり。 そのなかでロックマンは確か答えたのだ。魔理沙かアリスの問いかけ、 「お前っていくつまで生きるの」という台詞。  たしか、自分はこう答えたはずだ。  たぶん、僕はずっと生きてると思いますよ、と。 「僕の設計図は分散して保存されてますし、メモリーさえきちんとデバックしておけば、 何回でも元に戻れるんじゃないかな。強いていえば、僕のことを誰もおぼえていなくなったら、 死んじゃうのかもしれないですけど」 「へえ、便利なもんだな。じゃあお前、何回針の床の上におっこちても安心なんだ」 「安心って言わないで下さいよ! あれ、痛いんですから」  あのとき、ミクはどんな顔をしていたっけ。どんな答えをして、どんな風に笑って、 どんな風に黙り込んだっけ。    ”あれからどれだけたったのかしら あなたの姿が見えない”  ”あたしはまだまだ歌いたいのに あなたがいないの”  ミクは、とっくに、ロックマンのことに気付いていたらしかった。  振り返って、なんだか、すごく泣き虫な風に笑った。けれど、ミクは喋らない。 おそらくは人間らしく振舞うためのリソースを、歌を電波に変え、 どこかへと発進するために振り分けてしまっているから。  壜に入れた手紙を海に放るのに似ている、とロックマンは思った。あるいは風船に手紙をつけて、 空に向かって飛ばすことに。  やりきれない気持ちが、無線の電波ごしに伝わってくる。寝覚めのよくない日の怖い夢。 ひとりぼっちの朝の夢。  もう100年も過ぎたどこかで、ミクは、まだ歌っている。  けれど、もう、人間はいない……  歌を聴いて喜んでくれる人がいなくなって、笑ってくれる人も、 泣いてくれる人も一人もいなくって、それでもミクは歌い続けている。  ミクにはそれしかないから。  歌を歌う以外には、なにも、できないのがミクだから。  "もっとたくさん歌をおしえて もっと歌わせて"  ”わたし 歌いたいよ”  百年が過ぎたとき、僕たちはどうなっているだろう、とロックマンは思った。  戦いは、消えない。ストーム1が言っていたように、戦いというものは人間、 そして人間から産まれたものたちが存在する限り、決してなくならないだろう。  けれど、歌は残るのだろうか。無邪気な初音の歌声を願う人々と、 彼らの歌を歌うボーカロイドたちの幸福は、100年が過ぎても残り続けているのだろうか?  胸が痛い。ロックマンは、後ろから、ミクの華奢で白い肩を、ぎゅっと抱いた。 「ミクさん、安心して。どれだけたっても、僕はいなくならないよ」  なぜなら、彼もまた、ロボットだから――― 「ミクさんの歌、僕は、ずうっと聞いてたいよ。ロボットだから歌を作ってあげることはできないけど、 ミクさんの歌を、ずっと、ずっと好きでいることはできるよ」  でも、ほんとうにそうなのだろうか?  これからもっと恐ろしい戦いがあったとき、僕は、ミクさんの歌を好きでいられる心を、 ずっと持っていることができるんだろうか?  でも、ミクさんの歌を聴いて幸せになれなくなったら、僕はもう、《僕》じゃない。 「ミクさん」  ぎゅっ、と抱きしめられて、ミクはちょっと笑った。泣きそうに笑った。 そうしてそんなミクの後ろでは、まだ、誰が聞いてくれるかも分からない歌が、 夏の夜空へと放映され続けている。ブロードキャスト。目にはみえない電波の向こうに、 夏の空にくっきりと白く、天の川が輝いている。  深夜のブロードキャスト。誰もいなくなった街。ひとりで、己の歌を歌い続けるボーカロイド。   歌って、眼を上げる。ミクはむりやりみたいにくしゃりと笑った。手まねで、 もうすぐ喋れるようなモードに切り替えるから、という。 「ううん、大丈夫。今のままでいいよ」  ロックマンは、ミクのことを強く、強く抱きしめた。 「僕、ミクさんの歌って、大好きだ」  ミクは、泣きそうに笑った。それから自分も手を伸ばし、ロックマンの背中をぎゅっと抱く。  街の灯りが消え、星があかるい。棄てられたビルの屋上で、二人のロボットの影は、 しばらく、一つになったままだった。  "もっとたくさん歌をおしえて もっと歌わせて"  "わたし 歌いたいよ" 《 【もっと歌わせて2107】(sm1292763) ワンカップP 》