「…」  ふと、視線を感じて遊戯は顔をあげる。視線を手元のカードから目の前へ、そして、後ろへ。 「?」  が、誰もいない。  否、 「やっほー、遊びに来たよー」  青い髪の少女が扉からひょいと顔を出す。 「ああ、泉さんか」  遊戯は表情を警戒から笑みに変えると、キィと回転椅子を回して彼女のほうを向いた。 「あれ? お邪魔だった?」  散乱したカードを見て、こなたが 「いや。ちょっと気分転換しようかと思ってたところだ」  遊戯は手早くカードをまとめるとケースへと戻す。 「んー、じゃあ、ちょっと付き合ってよ」 「良いけど…何かあったのか?」  いぶかしげな遊戯を相手に、こなたはニヤッと笑うと、 「来てのお楽しみって奴だと言わざるを得ない!」 「あー、後、そっちの卵とって」 「何個だ?」 「2個」  数分後。食堂で奮闘する二人の姿を見て、思わず言葉とハルヒは足を止めた。  食堂といっても、調理場との一体型で、カウンターのように食事を受け取る場所と、 机や椅子が並んでいる食堂部分があり、遊戯とこなたはその奥、調理場にいたのだ。 「何やってんの? 二人して」  ハルヒが口を開き、こなたは遊戯から卵を受け取ると、そちらを見た。 「料理。いやぁ、ここのところやってないからさ」  そして、器用に片手で卵を割ると、ボールに次々と割りいれる。 ハルヒと同じようにカウンターから調理場を覗き込み、「わぁ」と感嘆の声を上げる言葉。 「で? 遊戯は?」 「気分転換に手伝いだ」  ハルヒの問いに遊戯は答え、こなたからそのボールと泡だて器を受け取ると、 シャカシャカとかき混ぜ始める。  こなたはその様子を見て、 「うんうん。やっぱり男手があると楽だねー。それ、意外と重労働で」 「泉さんって、料理お上手ですよね」 「まあ、うち、お父さんと従妹の子と3人暮らしだから。自然と色々出来るようになったわけよ」  言葉が言うと、こなたは答える。喋りながらも、彼女は手早く小麦粉をふるいに掛け始める。 「…何故だ…」  と、脈絡もなく声が聞こえて一同はそちらを見た。  台所の出入り口との方を見れば、暗い影を背負った谷口とKBCが。 「何故、俺を誘ってくれなかったんだ、泉さん…」 「い、いやぁ…。だって、二人とも忙しそうだったし」  こなたが冷や汗を流しながら、頬をかく。  言葉が二人を気遣ってか、 「あ、何かお仕事されてたんですか?」  尋ねる。が、何故か谷口とKBCはビクッとすると、 「あ、いや、その…」 「ちょwww」  言いづらそうにしていたが、突然それが遮られる。  バタンという音とともに扉が開き、谷口とKBCは扉と壁に挟まれたからだ。 「「ンギャンッ!」」 「!」  突然のことに全員が驚くも、海馬自身はそんなことに興味はないのか誰かを探すように台所をぐるりと見回す。  何故か、いつもの白いコートは着ずに手に持っていた。 「どうかしたのか? 海馬。あ、いや、それより、扉で挟んでるぞ」  遊戯が手を止めて教えてやると、海馬がそちらを見る。  そして、谷口とKBCを視線で捉えると、思いっきり扉を壁に押し付けた。 無論、間にいる谷口とKBCは、 「ギャアアアアアア!!!」 「痛い痛い痛い!!!! 挟まってるってええぇぇ!!!」  二人分の悲鳴が辺りに響き渡る。  何事かと全員が思う中、海馬が言った。 「貴様ら、よくもこの俺のコートに落書きしてくれたな…」  海馬は片手で押えているにもかかわらずものすごい力らしく、谷口とKBCの悲鳴は続く。 「何? あんたたちそんなことしたの?」  ハルヒが呆れたように言うと、 「た、ただの出来心www」 「そうそうww別に言葉さんに笑われてしまえとか全然考えてなイタイタイタイタイ!!」  海馬、両手で扉を壁へ押し付け始める。  力は2倍、悲鳴も2倍。 「墓穴を掘ったな、谷口君」  遊戯が呆れたようにつぶやく。無論、完全に自業自得であるため、全員助ける気は皆無である。 「もしかして、泉さん、それ、見てたんですか?」 「んー、まー、男物の洗濯物たたんでっては頼んだんだけど…」  言葉の問いに、こなたはさすがに冷や汗を流して答える。  そして、開いたままの扉から、悠々と古泉が入ってくる。 「僕が見ていて、教えてあげたんですよ」 「古泉ぃ、お前かあぁぁあああ」 「ちょwwwチクるなwww」  扉と壁の間の谷口とKBCがそれぞれ遺憾の声をあげるが、それは無視される。 「で? 何て書いたの?」  ハルヒが興味半分で尋ねると、海馬は彼女へコートを投げる。それを広げると、 背中の部分に、でかでかと、 『ドラゴン馬カ』 「えぇっと、どらごん、うまぢから?」  言葉がそのまま読むと、こなたはイヤイヤと首を横に振って、 「ドラゴンバカじゃないかなぁ、たぶん、鹿って書けなかったとか」 「アホね」  ハルヒが断定する。図星らしく、谷口は「生き地獄だぁああ」と言っている。古泉が口を開くと、 「どうやら、赤い油性ペンで書いていたようです。僕が気がついたときはもう、書き終わっていましたが」 「ちょっと見せて」  こなたが小麦粉の入ったふるいを置いて、コートを受け取り、 「ありゃー、これはしっかり書いてあるねぇ」 「落ちないのか?」 「んー」  遊戯に尋ねられ、こなたは裏表見て、 「まあ、大丈夫かな?」 「だそうですよ、海馬君。それくらいにしてあげたらどうでしょうか?」 「海馬、まだ挟んでたのか…」  古泉と遊戯の言葉を受けてか、海馬は扉から手を放す。その陰からオワタ二人が床へと倒れこんだ。  こなたはニヤリと一瞬だけ笑い、 「そうだ。桂さんしつこい汚れの落とし方知りたいって言ってたよね。 このコートで実践してあげようではないか」 「え、本当ですか?」  言葉の表情が輝く。それが聞こえたのか、海馬は少し複雑そうな表情をする。 「うむ!」  と、こなたは力強く言った後、言葉に聞こえるように小声で、 「(ついでに、彼の服の趣味も教えてあげよう)」 「(い、いいいいいいです!!)」  それに対しては、言葉は顔を赤くして首を横に振る。ハルヒは「どしたの?」と、聞いて 「な、なんでもありません!」と慌てる言葉を怪しみ、海馬はそんな会話は聞こえなかったのか、 眉をひそめている。 「(フラグを立てる女! 泉こなた!)」 「(自重しような、泉さん)」  小声でそう言ってガッツポーズを決めるこなたに、遊戯は同じく小声で笑顔ながらも、 しっかりと釘を刺すのを忘れない。 「それで、二人は何作ってたの?」  ハルヒの興味が移ったのか、再び調理場を覗き込む。 「あ、これ? ホットケーキだよ」 「ホットケーキって…そんなに本格的でしたか?」  言葉が調理場を見回す。  そこには、料理の本や秤、計量スプーンや計量カップなどなかなか本格的な道具が並んでいた。 「まあ、『ホットケーキの元』から作ってるからね。どうしても、こうなるよ」  こなたがどうってことなさそうに再びふるいをボールの上で振りながら答えた。 遊戯も卵をかき混ぜるのを再開する。 「桂さんもやってみる?」 「え? でも…」  一瞬言葉の顔が輝くが、すぐに暗くなる。タイガーモス号内での爆発事件が脳裏によぎったからだ。 「大丈夫大丈夫。ちゃんと私も見てるし。それに、失敗は成功のもとだよ」  こなたが励まし、結局は言葉は頷く。 「じゃあ、私達もやるわよ!」  ハルヒもなぜかやる気になり、古泉がいつもの笑顔のまま、 「『私達』ということは…」 「あんたたちもに決まってるでしょ!」 「なっ!」  無論、驚きと遺憾の声を上げたのは海馬だった。が、すぐさまこなたもハルヒの思惑に乗ると、 「海馬君ー、手伝ってくれないとコート洗ってあげないよぉー」 「くっ! この俺を脅迫するとはいい度胸だな」  海馬もメンバーの中でまともな洗濯ができ、かつ、 自分の呪われた針金コートを洗えるのはこなただけだと理解しているため、頭ごなしに反対はできない。  遊戯はさすがに同情したのか、 「まあ、そう怒るなよ海馬。なにするのだって経験だろ?」  うまくまとめる。  結局、全員が調理場に入ることとなった。 以下、その間の会話。 「ゲホゲホッ! 桂! 粉を舞いあがらせるな! ゲホッ」 「ご、ごめんなさい。ハ、ハクシュン!」 「桂さん、ふるいって振り回す必要はないよ…」 「泉さん、重曹ってこれか?」 「ああ、ありがと。それを小さじ1杯ボールに入れてちょんまげ」 「小さじ…小さじ……って『ちょんまげ』!?」 「古すぎよ!」 「フ。ツッコミ速度がまだまだだね、遊戯君」 「そこは威張るところなんですね…」 「くうっ」 「こっちはこっちで悔しそうですよ」 「本によるとそこに牛乳を入れるのよ」 「…やけに牛乳が少ないみたいだぜ」 「誰かたくさん飲んだのでしょうか?」 「ま、まあ、それよりはやく入れよう!」 「泉さん…」 「そうそう。そんな感じでかき混ぜて空気を入れると、膨らみやすいんだよ」 「意外と器用だな、海馬」 「すごいですね」 「ふぅん」 「ちょっと、このフライパン小さいわよ!」 「ああ、生地は少しずつ入れて…って遅かったかぁー」 「き、生地がフライパンから溢れてます!」 「応用力のない女だ」 「う、うっさいわね!」 「落ち着け二人とも」 「とりあえず、どうしましょうか」 「一回ボールに戻そう、うん」 「「ホットケェキィィ」」 「貴様らはさっさと出て行け」  などと大騒ぎをすること1時間。(尚、谷口とKBCはハルヒの神人と海馬の青眼によってつまみ出された)  当初より大きく予定からずれたものの、何とか人数分のホットケーキが焼きあがった。  全員に大体同じ大きさで切り渡し、食べ始める。 「いやぁ、何だかんだで完成してヨカッタヨカッタ」  こなたが重労働を終えたあとのように、こなたは額の汗をぬぐう動作をする。 「まあ、それに、なかなか美味しいじゃない」  ハルヒも嬉しそうに切ったホットケーキを口へ運ぶ。 「自分たちで作ったものですから、やっぱりそう感じるんですね」  全員に水の入ったコップを渡す言葉からも、思わず笑みがこぼれる。 「そうですね。良い経験でした」  古泉も言って、言葉からコップを受け取る。 「たまにはこういうのも良いんじゃないのか?」  遊戯が言うと、 「たまにはだ」  海馬が付け加える。ハルヒはニヤリとすると、 「ふーん。そう言う割には、楽しそうだったけど」  いつもならそれに対して海馬の異論の叫びがあがるはずだが、 余裕があるように海馬は「ふぅん」とだけ言ってその言葉を聞き流す。 「何か逆に腹が立つわね」 「まあ、そう怒るなよ」  カチンときたらしいハルヒに、遊戯は手早く言葉から受け取った水の入ったコップを渡して静める。  そんなこんなで和やかにおやつの時間は終わり、それぞれが食堂から出ていく。 「いやぁー、すまんね、手伝ってもらって」 「別に構わないぜ」  こなたがカチャカチャと皿を洗い、遊戯がふきんで水気を取ってそれを並べていく。  結局、それぞれやることがあるらしく、二人で後片付けをする羽目になったのだ。 「それに、結構楽しかった」 「ん、まあ、あれだけ大騒ぎになればね」  遊戯とこなたは苦笑しあう。 「俺、ちゃんと料理したのって初めてだったしな」 「あ、そうなんだ」 「ああ。いつもは相棒がやってるのを見てるだけだったし…」  わずかに遊戯の目がさびしげに細められ、こなたは一瞬言葉に迷う。 「あのさ、遊戯君…」 「うん?」  こなたは皿をカチャカチャやりながら、口を開く。遊戯は、世間話の続きのつもりなのか、軽い返事をした。 「私、思うんだけど…」  続けられた言葉に、遊戯はふと手を止めてこなたを見た。 「やっぱり、私――――」 「WAWAWA忘れものぅわ!」  が、その言葉はいつものごとく乱入者によって遮られる。  思わず遊戯とこなたがそちらを見ると、まあ、いつもどおり谷口が二人を見てかたまっている。  なんだかいい雰囲気で、皿洗いなんかしている遊戯とこなた。  谷口は、ひきつった笑みを浮かべ、 「ご、ごゆっくりいいいいいいいっ!!!」  しばらくポカンとしてそれを見ていた二人だったが、 「ぷっ」 「ククッ」  同時に吹き出し、笑い出す。 「あははははっ、お、お約束すぎる!」 「そ、そうだな! ははっ。ま、まさか本当に来るなんて」  こなたはバンバンとシンクをたたき、遊戯も皿を落とさないようにしながらも腹を抱えた。  しばらくそうやって笑いあった後、「あー、苦しかった」とこなたは何とか背筋を伸ばす。 遊戯もまた、皿を落ち着いて扱えるようになった。 「えっと、それで、すまない。なんて言ったんだ?」 「え? あー、いいよいいよ、別に大したことじゃないし」 「そうか」  こなたがはぐらかすと、遊戯は深く突っ込まずにつみあがった皿を食器棚へと持っていく。 (まあ、いっか。このイベントはもうちょっと先ということで)  その後ろ姿を見ながら、こなたは笑みを浮かべると、 「そだ。これ、片付けが終わったらちょっと私のデッキ見てよ」 「ああ、良いぜ。ついでにデュエルもするか?」 「お、良いねー。でも、お手柔らかに頼むね」 「ははっ。泉さんは手加減しなくても十分強いぜ」  そんな会話が食堂に響き渡る、ある昼下がりだった。  おまけ 谷口「クソッ、海馬に続き遊戯にまでが!」 ???「お、おまちなさいそこのひと!」(棒読み) 谷口「…へぇあ?」 言葉(白いメイド服でコスプレ中)「え、ええっと、ひとのこいじをじゃまするやつは!」 海馬(カイバーマン中)「桂に切られて」 言葉(覚醒)「死んじゃえ」  断末魔。 ハルヒ「良い! 行けるわ! 新たなメイドヤンデレ戦闘少女と謎の男! 映画の次回作はこれで決定よ!!」 古泉「では、早速プロットに取り掛かりましょう」 言葉「あの、服、着替えてもいいですか?」 海馬(何故俺はこんなことにつき合っているんだ…)(頭痛) 谷口(桂さんに切られるなら本望だ…ガクッ)(ティウンティウン) === 高校生メンバーで日常編で。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!