no title


「なぁ、相棒。今日は交代してみないか?」
「え?」
 そろそろ昼時と言っても過言ではない時間に、起床後、身支度を整えていた『遊戯』に声をかけられ、彼の相棒であるもう一人の遊戯は目を丸くした。
 彼が驚いたまま『遊戯』を見やると、提案した本人は既に代わる気でいるらしく、さもいい提案をしたと満足そうな顔で遊戯を見ていた。
「相棒のことは俺が話したからみんな知ってるんだ。だから気兼ねしなくてもいいんだぜ!」
「……うん、そうだね」
 しかし、と遊戯は考えを巡らせた。
 今行動を共にしている仲間たちは皆『遊戯』とは面識があっても遊戯とはほぼ無いに等しい。一部は事情を知っていても、遊戯について何も知らない者たちがいるのもまた事実だ。みだりに交代してもいいものだろうかという思いが脳裏をよぎり、遊戯は曖昧に頷いた。
「……それじゃ、甘えさせてもらおうかな」
「おう!」
 それでももう一人の自分の厚意を無下には出来ず、また自分の存在を知ってもらえるいい機会だと前向きにとらえ、遊戯はもう一人の自分に向かってほほ笑んだ。

 そういや、前もこんなことなかったっけ?

 交代し、昼食と呼ぶべき食事をとるために移動している最中、ふと遊戯は懐かしさを感じた。
 『遊戯』の存在を感じ始めた当初、その存在を周囲が認めてくれるかどうか怖かった時期があったことを思い出し、あの時とはちょっと立場が違うよね、と考えながら、食欲をそそる匂いに惹かれるようにそのドアを開けた。
「おっ、武藤君おはよー」
 間延びした声。
 エプロンをつけてキッチンに立っていたのはこなただった。遊戯は以前に普段の生活サイクル上起床は遅いのだと本人が言い訳していたことを思い出した。
「おはよう、泉さん」
 遊戯は笑顔で挨拶をして、こなたの傍まで歩いて行った。
「おや、武藤君いつもと雰囲気違うねぇ」
「……やっぱり、わかっちゃうよね」
「もしや、君が噂の相棒君?」
「もう一人の僕がなんて言ってるか分らないけど……。はじめまして、って言った方がいいのかな?」
 苦笑する遊戯にこなたはいやいやと笑う。
「ま、もうちょっとで朝ごはんできるから待っててよ〜」
 その笑みに促されるようにして遊戯は空いている席に腰かけた。
「分かりにくいから、君のことは遊戯君って呼んだ方がいいのかな?」
 こなたの声を聞きながら、多分それは逆の方がもう一人の僕は喜ぶと思うけど、と遊戯は思いつつ
「僕は一緒でもかまわないよ。……と言うか、敬語は……なくてもいいん、だよね?」
「あはは、私は敬語でもかまわないよ〜?」
 こなたに似たような口調で返されて、遊戯は笑った。
 こなたはすぐにキッチンから出てきて、お盆に載せていた皿を机に並べた。ひとつはパンの上に目玉焼きが載っていて、もう一つは小さなガラス製の皿にサラダが盛ってあった。
「こなたさん特製・ラピュタパンとサラダだよ〜。すぐに作れるものでよかったよかった!こっちが相棒君の分ね」
「わ、ありがとう」
「ドレッシングはお好みでネ」
 こなたが牛乳の入ったコップをおいて席に着くと、どちらともなくいただきます、と声が出て二人は朝食を食べ始めた。
 暖かいトーストをかじりながら、こなたはまじまじと遊戯を見る。
「体は一緒なのに目つきとか雰囲気とか全然違うんだね〜」
「そうだなぁ……自分ではよくわからないけど。もう一人の僕は僕から見ても凄くかっこいいと思うよ」
 少しはにかんで笑う遊戯に、こなたはふんふんと頷いて見せた。
 そう言えば友達以外の人間関係の中でこうして二人の存在を同時に認める人間がいることは今までなかった、と遊戯は思う。――一部のデュエリスト達は省くとして。
 そうして公然と一つの体を二つの魂が共有しているということを、あっさりと受け入れてくれる恵まれた環境に遊戯はうれしくなった。異なった世界の人間たちが行動を共にしているのだから当たり前と言ってしまえばそれまでだが、目の前のこなたのようにまるで友達の友達と初めて対面したような自然さで言葉をかけてくれるのがひどく幸せに感じられた。
「相棒君は武藤君と違ってなんだかおっとりって言うか、優しそうな感じだよね」
「……そう、かな?」
「うん」
 そこでこなたはトーストをかじって一呼吸置く。それを咀嚼し終えると、また口を開いた。
「あと、武藤君はメンタル弱いけど相棒君は強そう。」
 勝手なイメージだけど、実際君が戻ってから武藤君の精神力上がったからねぇ、とこなたは続けた。
「それだけ武藤君に頼りにされてるってことだよね」
 人差し指を立ててこなたは笑う。遊戯はふと口元をゆるめた。
「そんな風に言われたの、初めてだよ」
「そう?」
「うん。僕は、もう一人の僕のおかげでいろんなことに自信が持てたんだ。友達も出来たし、人見知りも前よりしなくなったし。頼ってるのはむしろ僕のほうだと思うな」
 頼りない自分というイメージを払拭できない遊戯はそうこぼすと、最後のトーストの一欠片をすべて口に含んだ。
 こなたは遊戯の言葉にちっちっち、と立てていた人差し指を振る。
「それは成長って言うんじゃないのかな?」
 まさしくそれだ、とでも言いたそうな自身に満ち足りた顔でこなたはそう言った。
 前向きに捉えてくれるこなたに遊戯は噛んでいたトーストを飲み込むと、ありがとう、と笑む。
「……う〜ん、やっぱり笑い方ひとつとっても違うよね」
 これで腹黒キャラって言われたら納得しちゃいそうなくらい白い笑顔だよ。
 と、それは心の中でしまつつ、こなたはトーストをかじる。
 遊戯ははにかむだけに留めて、サラダを食べ終えると、牛乳を流し込んで席を立った。
「ごちそうさま」
「あ、食器は洗っておくから置いといてよ」
「ありがとう。すっごく美味しかったよ」
「いえいえ〜大したものじゃなくてごめんね」
 遊戯は食事を続けるこなたに手を振って別れを告げると、ドアをあけて部屋を出た。


 時刻はすでに昼を回りかけていた。
 遊戯はこれと言ってすることもなく外に出て足を動かしていると、ふと見たことのある特徴的な姿をとらえた。
 特徴的なシルエット。青いロボットと、同じく青と黒を基調にした服を着た長いツインテールのボーカロイドだった。
 確か、ロボットの名前はロックマンで、ツインテールのボーカロイドがミクだったよね。
 遊戯は曖昧な記憶のなか名前を思い起こす。
 おそらくはミクのものだろう荷物を持たされているロックマンに、自分も似たような経験があるせいか遊戯は自然と苦笑していた。それと同時に、仲良く歩く二人の姿に素直に微笑ましい気持ちが浮かぶ。
 杏子、元気かな。
 もう一人の僕がいなくなったから、きっと心配しているんじゃないかな、と遊戯は少しばかり眉を寄せた。
よく考えたらもう一人の僕って杏子のことどう思ってるんだろう?まさか嫌いなわけないし、でも最近泉さんと楽しそうにしてるよね。
 周囲の人間環境的には幸せだろうことは間違いないであろう『遊戯』の思いをはたと考えて、遊戯の足は自然と止まってしまった。
「あれ、遊戯じゃない」
 そのまま複雑な心境で思案していると、不意に背後から声をかけられて遊戯は振り向いた。
「……えっと……アリスさん、と、リョウさん」
 恐る恐るその名前を口にすると、いかにもと体格のいい金髪の男が答えた。その脇には同じく金髪の、青いロングスカートをはいた少女の姿。
「なにか普段と雰囲気が違うと言わざるを」
「あ、もしかしてあなたが遊戯が言ってた相棒?」
 自分たちが知っている遊戯とは違う様子に、アリスがリョウの言葉を遮って合点がいったように声を上げた。
 遊戯がうなずくと、今日は交代してるのね、とアリスは納得して遊戯に手を出した。
「よろしくね」
「よろしく」
 遊戯は出された手を握り返すと、二人は何をしていたのか尋ねた。アリスはひとつ息をついて、
「これから武器類の買い物に行くのよ」
 少しばかり肩をすくめ、そう答えた。その脇にいるリョウもやや憮然とした様子で口を開く。
「荷物持ちと言わざるを」
「魔理沙が逃げちゃって困ってたのよね。リョウがいてよかったわ」
 にこりと申し訳ない気持ちなどおくびにも出さず、やはりリョウをさえぎってアリスは笑う。ロックマンやミクと同じ状況なんだな、と遊戯はあいまいに笑って、そのまま彼らとは別れた。
 半ばリョウを従えるように歩いていくアリスの背を見送って、遊戯はふとパズルを持って『遊戯』に話かける。
「……ねえ、もう一人の僕」
「なんだ?まだ代わってからちょっとしかたってないぜ」
 するりとパズルの中から出てきた『遊戯』はひどく不思議そうな顔をしていて、遊戯は少しおかしそうに笑った。
「僕はもう十分だよ。これ以上君と代わってると、はじめましてが多すぎて、きちんとみんなの顔と名前を覚えられないし。君のそばでちゃんと覚えてから、代わってもらった方が楽だしね。それよりも、今日はいい天気だし泉さん誘ってどこかに出かけたらどうかな」
 瞬きをして首をかしげる『遊戯』に遊戯は言って、早々にパズルの中に引っ込んでしまう。
 半強制的に交代させられた『遊戯』は何のことかわからずにパズルに声をかけたが、
「ゆっくり楽しんでね!僕邪魔しないから」
 というやけに力強い言葉が返ってくるのみで、『遊戯』は仕方なく相棒が来た道を戻り始めた。唐突な遊戯の言葉の意図を測りかね、首をかしげながら。
 交代した遊戯は、ゲーム以外でのもう一人の自分の鈍感さにこっそりと息をつく。

 ――好きなら好きってはっきりしといてもらわないとなぁ。まだそんな自覚はないんだろうけど。……もう一人の僕の鈍さって絶対短所じゃないからちょっとくやしいよね。





2008/05/20